告白
「失礼しますっ!」
やや大きめの足音を立てて勅使河原が教室に入り、教壇前へと立つ。
「ちょっ、ちょっと、あなた。
私は、そんな話は伺っておりませんよ!」
「多嘉良先生。これを」
慌てる多嘉良に勅使河原は、
学校理事の判が押された一枚の書状を見せた。
「教員候補の学校見学…?それにしても突然ですね」
「急な話なんですが、学校から特別に許可を頂いて。
事前にご挨拶も出来ず申し訳ないです」
突然の来訪者に教室がざわめき出す。
刺激に飢えている女子生徒たちは一様に物珍しそうな視線を教壇側へ向ける。
「あっ」
クラス中の好奇の視線を一身に受ける勅使河原は、
惚けたような声を出すと言った。
「うおっ、みんな可愛いすぎて緊張してきた!
多嘉良先生、ここってアイドル養成学校?」
どっと笑い声が響く。
恥ずかしそうに頭を搔く勅使河原は叡姫へと視線を向け、続けた。
「さすがは有名私立女子校!
可愛い上に賢そうな子が揃ってるなぁ~。
特に君、普通にアイドルになれるんじゃない?
今夜、お兄さんとどう?」
「はぁっ?それ、私に言ってるの?
いきなり来て学校でナンパとか、有り得なくない?」
警戒する叡姫は冷たい反応を見せるが、
勅使河原はその冷淡な反応を気にする様子もなく懐に手を入れると、
一輪の薔薇を差し出し言う。
「俺と付き合って下さい」
より大きな笑い声が教室に鳴り響く。
「ひゅう~!」
「出会っていきなり告白~!?」
「薔薇とか出す人、現実にいるんだ!」
「ていうか、あの薔薇すごーい。黒薔薇だよ~」
「叡姫~っ!どうすんの!?」
「勅使河原って、少女趣味~!?」
口々に囃し立てる女子の声で教室は一層騒がしくなるが、
叡姫は表情を変える事もなく冷たく言った。
「私、彼氏いるから」
世の男たちが最も聞きたくないであろう返答を即座に返される勅使河原は、
オーバーアクションで項垂れて見せると再び女子たちの声が上がる。
「もう振られたぁ~っ!」
「勅使河原、残念賞!」
「てかOKされても犯罪的すぎるっしょ~!」
一層騒がしくなっていく教室内。
大多数の女子が笑っている中、
騒ぎの元である勅使河原の発言が人気取りのように見えるのか
叡姫だけは面白くなさそうな顔をしている。
梨夏は、相変わらず暗い表情で俯くばかりで
教室の喧騒も耳に届かないかのようであった。
「ゴホンッ!」
笑い声が響く中で、眉をしかめる多嘉良がわざとらしい咳をしながら勅使河原に言う。
「あなたねぇ。理事の何なのか知りませんけど、もっとちゃんとしなさい。
いい年して、みっともない」
「うっ、申し訳ないです!
私、緊張すると本当の事を言ってしまうタイプなんです」
ぴくぴくと眉間を震わせる多嘉良であったが、
『理事』という単語を聞き取った叡姫は、途端に態度を軟化させていた。
「勅使河原先生って、凄く面白い人なんだぁ♪
実は、私の彼氏ちょっと怖くってぇ。
あんまり他の男と仲良くすると怒るから…
さっきは生意気な態度を取ってすみませんでした~」
「いいよ、いいよ。
俺は可愛い子に振られるのは慣れてるからね。
それに俺、まだ先生じゃないよ」
「いいえ~。
子供の私からしたら勅使河原さんだって先生みたいなものですから♪」
「ありがとう、叡姫ちゃん。
そんな立派な事を言える君の方こそ、俺よりもずっと大人だよ」
突然に良い子を演じ始める叡姫を眺める女子たちは
相変わらず笑ってはいるが、その目にはどこか暗い光が宿っていた。
「……………」
多嘉良が眉を芋虫のように動かし、勅使河原を睨む。
「おわっ、すいません!
つい、調子に乗っちゃって…今度はしっかりやります!
改めて、自己紹介をさせて下さい」
壇上に立つ勅使河原は、前を見据えると大きな声で自己紹介を始めた。
「本日、理事からの紹介で学校見学に参りました教育学部生の勅使河原です。
実習という訳ではないので今日一日だけの見学になりますが、
よろしくお願いします。
ちなみに彼女募集中ですので、そっちも出来ればよろしくっ!」
微笑み、ポーズを決める勅使河原に、くすくすと笑いが立ち込めた。
「はいはい。じゃあこれで挨拶は終わりね。
あなた、もう行っていい…」
「あ、そうだ。ちなみになんですが、
私が教員を目指すようになったきっかけはー」
多嘉良の言葉を遮るように勅使河原は続けた。
「実は私、学生時代はいじめに遭っていまして…」
想定外の出だしを受け、女子たちに動揺が走った。
叡姫も多嘉良も、その告白を聞き、ぎくりとする。
一方で、俯いていた梨夏は目の覚めるような思いがして僅かに顔を上げた。
「あの頃は殴られたり無視されたり、
それはもう、数々の暴力に辱しめを受け、
一時は死ぬ事さえ考えたものです。
いやぁ、今思い出してもトラウマものですね」
語り出した勅使河原は視線をそっと叡姫へ向け、更に続ける。
「特にきつかったのは、
裸にされて写真を撮られた上にネット上に放流された事ですねぇ。
あの時は誰にも相談出来なくて、でも死ぬ勇気さえ出せなくって」
平静を装う多嘉良の額に汗が滲んだ。
「でも、そのおかげなのかな。
いじめの苦しみに耐えて学校を卒業した私には夢が出来たんです。
自分が立派な教員になって、いじめゼロの学校を作るという夢がね」
視線を受け続ける叡姫は、作った顔で憐れむような表情を浮かべていた。
「夢が出来た私は、それまで暗い日々を送っていたにも関わらず、
力が湧いてくるように頑張れました。
その結果、こうして有名校で挨拶が出来る程にもなれました。
その一方で、私をいじめた奴らは…」
「勅使河原さん、そろそろ時間ですのでー」
堪り兼ねた多嘉良が割って入るが、勅使河原はお構い無しに言葉を紡ぎ続けた。
「えー。その一方で、ですねぇ。
私をいじめた奴らは卒業後、謎の変死を遂げてしまいました。
そう、驚くくらい不思議な怪死をしてしまい、原因は今でもわかっておりません」
静まり返る教室の中、徐々に顔を上げていく梨夏は
その視線を真っ直ぐに勅使河原へと向ける。
澱んでいたその目には、僅かながらも輝きが宿り始めていた。




