檻
明くる日の朝、梨夏は青白い顔をして登校する。
重い足取りで教室へと入り、自分の席へと向かった梨夏は、
机の上に四枚の写真が並べられているのに気付き、嗚咽を漏らしていた。
「おはよっ、露出狂の梨夏ちゃん。
前はシカトしててゴメンねぇ~」
「ウチら、みんなで話し合ってさ。
やっぱシカトは大人げないって結論出してさ」
「だから、これからは一杯構ってあげるからよろしくねぇ~」
「大丈夫だよ、まだそんなにたくさんプリントしてないし」
梨夏の周りを取り囲み、口々に言う五人の女子生徒たち。
机の上には各人が独自のセンスで加工した梨夏の裸体写真が貼り付けられている。
煌びやかな文字や絵、スタンプ。
教室や自然の背景などに包まれる中、恐怖で震える裸体の少女。
それでも、それらの写真は肝心の部分が
動物やお面などのスタンプで隠されている分、まだマシな方ではあった。
「ふーん。みんな結構頑張ってきたジャン♪」
少し離れた所で偉そうにしている女子生徒が
嫌らしい笑みを浮かべて言った。
「叡姫ちゃん。あははっ、ウチらも結構やるっしょ~!」
「あたしの写真なんか見てよ。
キモいおじさんが鼻血出してる顔のスタンプでアレ隠してやった」
「チョー芸術的じゃん、それ!
実はうちも同じような事やったんだよね」
「てか、これプリントすんのマジ緊張したぁ。
こんなの持って歩いて補導されたらガチ逮捕だよぉ」
叡姫と呼ばれた女子生徒は、
口々に語る四人の女子を一瞥すると笑みを崩さずに言う。
「なにそれー?
補導されて見つかったって、
口を割らなければ見つかった人が捕まってソレで終わりじゃん。
それとも、みなっち。
捕まったら裏切るつもりなの?」
「えっ、そんな訳ないじゃん!
別に、そういう意味じゃないって!」
「ね、ねぇ。それより叡姫のは?
まだ写真、出してないよね?
叡姫の早く見たい!」
みなっちと呼ばれた女子が動揺していると、
グループの一人が横から割り込み話を逸らす。
「フッフーン。私のねぇ~。
ちょっとスゴいよ~、刺激的だよ~♪」
話を逸らされた事に気付かない叡姫は得意気に懐から写真を取り出し、
叩きつけるように梨夏の机へ置いた。
「ちょっ、叡姫、マジ!?これ、鬼ヤバい!」
叡姫が作ってきた写真が梨夏を含める六人の目に晒される。
その写真は、四人があの手この手で隠してきた部位を
全く隠す事もなく、彩度などを調整し、よりはっきりと見えるようにしてあった。
「うわっ、すごっ!
でもこれ、ほんと厳重保管しないとヤバくない?」
「叡姫のマジ受ける~!
名前まで入ってるし、露出狂って文字のデコも凝っててかわいい~」
「いい感じでしょー?
ちょっと気合い入れたら楽しくなっちゃって。
あんまりいい出来だから一枚、電話ボックスに貼り付けて来ちゃった♪」
小さく嗚咽を漏らしていた梨夏は、その言葉を受け号泣する。
「くすくす。梨夏ちゃん、感動して泣いてるの?
ジョーダンに決まってるじゃん。
いちいち本気にしないでよね♪」
号泣する梨夏と、心底楽しそうに笑う叡姫。
周囲にいる四人は叡姫に合わせるように笑い、
クラス内の女子たちは、我関せずと言った顔で思い思いに過ごしていた。
「先生来るよ~!」
足音を聞き付けた誰かが叫ぶように言うと、
叡姫を中心としたグループは写真を制服の中へ隠し、各々が席へと戻る。
程なくして大きな足音と共に女教師が入ってくるとホームルームが始まった。
「では、朝のホームルームを始めます。
と、言いたい所だけど…
あなた、どうしたの?どうして泣いているの?」
席に着くも涙が止まらない梨夏へ女教師が言った。
「多嘉良先生~♪
梨夏ちゃん、お漏らししちゃったみたいです。
それで泣いてました!」
すかさず叡姫が言うと、教室内が笑いに包まれる。
多嘉良と呼ばれた女教師も笑い出し、言った。
「あら、そうなの。でも、臭くはないわね。
本当に漏らされたら困っちゃうし良かったわ。
私たち教師は介護のプロではないのだからね」
「多嘉良先生、介護のプロってウンチ処理人の人なんですかー?
そういえば梨夏ちゃんの親って介護士じゃなかったー?」
「はいはい、無駄口はそこまで。
まあ、いじめって訳じゃなさそうで良かったわ」
「まさか~!私たち、誰もいじめなんてしませんよ~♪」
「わかってるわよ。
大切な私のクラスの子たちなんだもの。
いじめなんて起こる訳がないって信じているけれどー」
一つ息を付いて、残念そうに多嘉良は続ける。
「いじめ事件は騒がれやすいから。
実際は友達同士の悪ふざけなのに、
ちょっと被害妄想じみた子が騒ぎ立てて面倒な事になりやすいのよね」
「それ、分かります~♪
いじめは、いじめられる人間に問題があるってやつですよね!」
くすくすと囁くような笑い声が教室に響く。
体の震えが止まらない梨夏は、ただ俯き、黙ってその場を耐えていた。
ー学校を休む訳には行かなかった。
登校拒否も視野に入れるよう神父様に言われはしたけれど、
そんな事は到底叶わなかった。
梨夏の心に、朝の一幕が去来する。
≪何を言っているんだ、お前は!≫
父の怒鳴り声が聞こえてくるような気がする。
≪ちょっと調子が良くないくらいで休んでたら駄目よ≫
父に追従するように言う母の声も。
≪ただでさえ勉強に付いて行けてないのに、
甘えた事を言うんじゃない!
そんな事で社会に出られると思っているのか。
社会ってのいうのはな、もっとずっと厳しい所なんだぞ!
大体、お前は親の金で学校に通わせて貰っておきながら…≫
そうか。
父の説法を思い返す梨夏の体の震えは突如として止まった。
さっきから溢れてくる涙も、急に止まった。
そうなんだ。大人になって社会に出ると、もっと辛い思いするんだ。
クラスメイトの笑い声が、どこか遠く聞こえる。
みんなに笑われているのに、何故だか妙な落ち着きに包まれる。
死のう。
世の中がそんなに辛い所なら、私はもう、生きるのやめよう。
続く屈辱と抑圧に、自ら命を絶つ事を決心した梨夏の心は、
異常なまでに痛みに鈍感になっていた。
「はい。
何も問題はないみたいなので、ホームルーム始めますよ。
まず、出欠をー」
死さえ決心した梨夏を無視してホームルームが始まろうとした瞬間、
がらりと音が鳴り、教室の扉が開く。
多嘉良は驚き、扉側を見た。
それに倣うように女子生徒たちも一斉に扉側を見る。
そこには、ややカジュアルな出で立ちでスーツを着こなす若い男が立ち、
少しばかり緊張したような面持ちで教室の方へと大きな声を上げた。
「おはようございます!
本日、特別に学校見学の機会を頂いた教育学部生、勅使河原です。
よろしくお願いしますっ!」
透き通ったよく通る挨拶と共に極道が学校という名の檻に舞い降りる。
惨劇の幕が上がった事を、この場にいる誰もがまだ知らずにいた。




