謀略
「神父…極道の兄貴が神父!?」
梨夏が涙する夜、勅使河原の仕事振りを見学させて貰っていた雅史の
驚く声がオリンポス事務所に木霊していた。
パソコンを前に目を点にしている雅史に対して
勅使河原は微笑むと自慢気に言う。
「まあ神父っていうか、俺の場合、
もうほとんど神と言ってもいいくらいだけどな。
喧嘩はもちろん、サイト作りの実力も。
ほらほら、こうやって迷える子羊が飛び付いて来るくらいには」
パソコンのディスプレイには天使の羽根が舞う
チャットルームが映っている。
そこには、勅使河原がさっきまで話していた少女、
梨夏の心の叫びが足跡のように残っていた。
「しかし、こういうサイト本気で信じる奴がいるんですね。
それにしてもこの話、マジで洒落にならないんじゃないんすか。
ガチで犯罪ですよ」
「だから神の使いである俺が出るんだろうが。
天罰覿面、大金頂戴の機運到来ってやつだ。
神である俺も金は大好物なのだ」
「神じゃなくて、神父じゃ…」
「細かい野郎だな。似たようなもんだろが」
先程のチャットで梨夏から得られる情報を全て引き出した勅使河原は、
ディスプレイを眺めながら改めて情報を整理、調査に移る。
私立 星之宮学園中等部二年生・原田梨夏。
今回、Webサイト【救済の小部屋】へアクセスし、
悩み苦しみを吐き出していた少女の名前だ。
相談内容は、いじめ。
学校ではよくある話だ。
星之宮は世間的にはお嬢様校として有名な中高一貫女子校だが、
餓鬼の集まる所にはいじめは常に付いて回る。
しかし今回の場合、梨夏が受けているそれは、
到底いじめという言葉で片付けられるものではなかった。
勅使河原は僅かに考える。
大分前の事になるが梨夏の悩みが最初にサイト掲示板に書き込まれた時点では、
それ程大きな事態ではなかった。
その時は、いじめの内容も集団での無視、物を隠されるといった類のもの。
女子校らしく陰湿な手口ではあったが、
少なくとも身に危険が迫るような激しい暴力などは無いようであった。
始めは、大きな仕事にはならないと思った。
誰にも打ち明けられず、一人で抱え込んでいるようなので
担任教師へと訴えるよう返信するだけに終始した。
だが、梨夏が勅使河原の助言通りに担任教師へと相談すると、
いじめは大きくエスカレートしていく。
≪裸にされて、写真を撮られたの≫
勅使河原は、梨夏の告白を見返す。
≪あいつら、みんなで画像を共有しているの≫
≪逆らったりチクったら、ばら蒔くって≫
≪ネットにばら蒔くって…≫
「ヤバくないですか?
中坊のガキにしてはえげつねぇっすよ。
マジでやる事が卑劣すぎますって」
横からパソコンを覗き込むようにして雅史が言う。
「ヤクザ者がそれを言うなよ」
そんな雅史に対して、ぼやくように返事をする勅使河原は
サイトを閉じると別のソフトウェアを起動する。
「しかしマジなんですかね、この話。
幾らなんでもぶっ飛んでるんじゃないんですか。
よく知らないけど、あそこ、いい学校なんじゃ?」
「雅史、いい学校とやらに幻想抱くなよ。
そういう所こそ、やり方が陰湿なんだ。
あと、これは十中八九、本当の話だな。
このガキの顔見りゃわかる」
「顔って、会った事あるんですか。
あれ、これー」
画面上に表示された映像に雅史は驚く。
そこには、俯き、目に涙を溜め、
縋るようにキーボードを叩く少女が映っていた。
「人間、顔を見りゃあ嘘も本当もわかるってもんよ」
「なっ…何ですか、これぇ!兄貴、何やったんですか!?」
「神の御業だ。現代人はこれをWebカメラハッキングとも呼んでいる」
「パソコンって、こんな事出来るんですか!
もはや、すげぇを越えて怖いです」
「お前って、本当に何も知らないんだな…
悪い大人に騙されるなよ」
勅使河原は、やや呆れたような表情を見せるが
次の瞬間には満面の笑顔でパソコンの操作に戻る。
すると先程のチャットルームが表示され、
一人の生徒名が書き込まれている部分を指し示して言った。
「宝条 叡姫。こいつは大きい魚がかかった。
上手く行けば組の資金源に出来るかもしれねぇ。
迅速に行くぜ」
笑顔で言う勅使河原はパソコンを操作しつつ、
懐から携帯を出すと雅史に投げ渡しながら続けた。
「里琴の奴に電話しろ。それから工作部隊にもだ。
俺はちょっと出てくるから話を通しとけ。
いいか、これからなー」
雅史は勅使河原の立てる作戦を一言一句逃さず聞くと、一言だけ呟く。
「はい、わかりました!
それで、兄貴。俺の出番は!?」
「ない」
興奮する雅史はあんぐりと口を開くが、
勅使河原は全く気にする素振りも見せず、風のように事務所を出て行った。




