いじめ
あれから三十分程かけてチャットを終えた梨夏は
ベッドに入り、布団を被っていた。
あの後、神父様には優しい言葉で慰めて貰い、助言まで受け、
少しばかり心が落ち着いたが、すぐに心がざわめき出す。
親には絶対に言えない。
かといって先生に言っても、何の解決にもならない。
以前、集団無視され続けていた時もそうだった。
それに、こんな事を言ってしまえば写真をみんなに見られる事になる。
神父様には登校拒否も考えるようにと言われた。
けれど、両親は登校拒否を許してくれるだろうか。
ただでさえ理由も話せないというのに。
「梨夏、早くご飯食べなさい!」
部屋の外から放たれる大きな声に、梨夏の体は一瞬震える。
「梨夏っ!」
続けて放たれる声に梨夏はたまらず跳ね起き、夕食の場へと向かった。
リビングルームには父親と母親が食卓に着いて梨夏を待っていた。
普段はもっと遅く帰る父が食卓にいる事に梨夏は不安を感じるも、
大人しく席に着くと父親は眉間を寄せてぶっきらぼうに言った。
「最近、学校はどうなんだ?」
「別に…普通だよ」
「普通って何だ、どういう風に生活をしてるんだ」
「……………」
どう答えたら良いのかわからず梨夏は沈黙する。
「せっかく良い学校に入れてやったってのに、
何でいつもつまらなそうな顔してるんだ、お前は」
沈黙する梨夏に父親は語気を強めて続ける。
「大体何なんだ、今のお前の成績は。
こんな成績じゃ幾らエスカレーター式でも高校にだって上がれないぞ」
「一年生の頃は平均以上の点数が取れていたのにねぇ。
二年生になってから、そんなに勉強が難しくなったの?」
母親が追従するように口を開く。
「公立とは違うし難しいんだよ。
授業だって普通の中学生よりずっと先に進んでるし。
私もちゃんとやってるから…」
「はあぁ~~~っ」
梨夏の言葉を受け、父親はわざとらしく大きなため息を付いて言った。
「他の学校の生徒なんか関係ないだろう。
お前自身が今、結果を出せていないんだぞ。
しっかりとこの現実に立ち向かう気があるのか。
せっかく俺が良い学校に入れてやったってのに、
暗い顔して、ボソボソ喋ってやる気があるのか」
「私だって、たくさん勉強して受験に受かったんだよ…」
「子供が勉強をするのは当たり前の事だろう!
そもそもお前は、誰のおかげで勉強が出来てると思ってる!
世界には貧しい国もあって、
そこに住んでいる子は勉強する環境さえないんだぞ!」
「…………」
「ちゃんとした家に住んで良い学校に行けるのは誰のおかげだ!
なのに、いつも暗い顔して親に感謝の言葉の一つもない。
だからお前は駄目なんだ!」
続く父の怒声に梨夏は俯き、諦めの表情を浮かべる。
こうなっては、もう黙って耐えるしかない。
その事を梨夏はよくわかっていた。
たっぷりと説教を受けた梨夏は部屋に戻ると再びパソコンへ向かう。
何気なく開くWebサイトを目的もなくサーフィンしていると、
ある記事が目に止まった。
【毒親に精神やられた件】
こういう人、結構いるのかな。
梨夏は少しの時間を使い、
記事を一通り読み終わるとコメント欄が賑わっている事に気付き、
このサイトに来た人々の感想を読む。
"養われてる分際で何言ってんだよ"
"扶養されている子供が親に逆らう権利はない"
"自分で稼いで生活出来ないガキが親を毒扱いとか笑えるわ"
"こういのって、大体社会を知らない子供の甘えなんだよな"
ほとんど荒らしに近い暴言が連なっているのを確認した梨夏は急ぐようにページを閉じる。
何だか心臓が苦しい。
頭がクラクラする。
もう寝たい。
でも、明日が来て欲しくないから寝たくない。
そうだ、宿題をやらないといけない。
早く、早く、宿題をやらないと。
「ーッ!」
教科書を取るために通学鞄を開けた梨夏は愕然とする。
「何これ…嫌だっー」
通学鞄の中には、数枚の写真。
そこには、全裸にされた梨夏が映っている。
中には画像加工により、背景が学校校舎にされていたり、
大自然の風景にされている物もある。
更に露出狂という文字で飾ったり、
吹き出しを作って卑猥な言葉を書いたりと、その手口は常軌を逸していた。
全身の震えが止まらない。
写真と共に一枚の紙切れが同封されているのを確認すると
梨夏は震える手でそれを手に取り、読んだ。
≪画像、ただ持ってるだけじゃつまんないしコンテスト開いちゃった♪
元画像をみんなで自由に加工して、優勝決めるの~♪
審査員はモチロン梨夏ちゃんだよ♪
明日開催するからゼッタイ来てね♪
P.S ダレカニイッタラ ワカッテルダロウナ≫
脅迫文を読み終わった梨夏は暫くの間、呆然とその場に立ち尽くす。
その顔からは、すっかり生気が抜けていた。




