詐欺
東京都 真黒区三烏町。
オフィス街からやや外れた道路脇。
そこには天堂組 若頭補佐役・勅使河原が管理運営する事務所、
株式会社オリンポスが存在していた。
朝一番に掃除を終わらせた雅史は、パソコンに向かい合って唸っている。
「全然見つからねぇ…
何でこんな意味のわからない並び方になってるんだ?」
雅史はパスワードの入力に苦心し、
いつまでもパソコンを立ち上げられずにいた。
「兄貴に教えて貰ったパスワードってやつ、長いんだよなぁ…
しかもこのキーボード。何でパソコンってやつはこうなんだ。
Qって、どこにあるんだよ。
せめて左からアルファベット順に並べろよな。
まあ俺、アルファベットの順番わかんねーけど」
食い入るように手元を見つめ英字を探す雅史の額に汗が滲み始めた時、
後ろから唐突に声がかかる。
「雅史ィ~」
「うわっ、兄貴!いつからそこに!?」
「お前がUのキーを探し始める頃からだよ」
勅使河原は携帯のストップウォッチを見せつけながら言う。
「お前はパスワード打ち込むのに、一体何時間かかるんだよっ」
「すいません。俺、ハイテク機器とか苦手で。
いや、それにしても兄貴。今日は早いですね」
「ったく。その分じゃ、俺の与えた宿題はまだ出来てねぇみたいだな」
「掃除の後にすぐやろうとしたんですけど、
起動するのに時間かかっちゃって。
本当ですよ、朝の七時には来てるんですから!」
「言い訳すんじゃねぇ。
お前、若いんだから小中学校で少しくらいパソコン触ってんだろが。
有り得ねぇ野郎だな」
「面目ないです…」
勅使河原は軽く説教しながら雅史を押し退けると椅子に座り、
素早くパスワードを打ち込んでデスクトップを立ち上げるとマウスを滑らせる。
「わかるか?わかるよな?
ここからインターネットに繋げるの。
そしたらブックマークから、ここを選択して飛ぶんだ」
「お、覚えます。
それで、そのページに行くと一体何があるんですか?」
「それが宿題だろうが。
その目ン玉見開いてよ~く見とけ。
感想文の提出は明日までだからな」
「マジですか!それ系の宿題もあるんですか!
俺、感想文なんて生まれてこの方、一度も書いた事ないですよ」
「お前って、学校行った事あるのか?」
勅使河原は呆れ顔でサイトを開くと、
天使の羽根が舞う荘厳なデザインのページがパソコンに表示された。
その胡散臭げな見出しを見た雅史は目を丸くしながら言う。
「なんですか、これ?」
「さて、雅史。お勉強の時間だ。
とりあえずトップページだけでも読んでみな」
「何かコレ…怪しげな感じっすね」
雅史は恐る恐るといった体で、その長い文章を読み始めた。
※※※
【救済の小部屋】
心に傷を負いし全ての迷える子羊たちへ。
あなたは今、傷付いていませんか?
あなたは今、傷付けられていませんか?
学校、会社、家族、あるいはそれに類するコミュニティ。
私たちは、常に人との関わりを持ちながら社会生活を営んでいます。
しかし、多くの場合、人は人との関わりの中で傷付き、傷付けられ、
時には自害に至ってしまう事さえあります。
人は幸せになるためにコミュニティを築き、
寄り添い合うのにも関わらず結果として果てなき不幸へと堕ちていく。
何とも痛ましい事です。
この悲しい現実を打開、是正する事は
有史以来、我々人類が背負ってきた命題とも言え、
立ち向かうべき難題として常に在り続けています。
カトリックの司祭である私は、
幼き日よりこの苦しみの円環を断ち切りたいと思っておりました。
そんな大志を抱き続けた私は中学卒業と同時に神学校へ入学し、
司祭修了過程を終え、念願叶って神父となる事が出来たのですが、
私に出来る事はまだまだ少ないと感じています。
充分な実力も実績もありません。
そこで、私はこのサイトを立ち上げ、
迷える子羊たちが抱える心からの悩みに真摯に向き合う事としました。
誰にも言えない悩み。
誰にも言えない苦しみ。
心を覆い尽くしてしまいそうな恨みつらみ、そして悔恨。
このサイトへ辿り着いたあなたも、きっとお持ちの事と思います。
そこで、私からあなたへお願いがあります。
誰にも言えないその苦しみ。
一人で抱え込まず、ここで話してみませんか?
吐き出すだけだって構いません。
もちろんお金は頂きませんし、秘密は必ずお守りします。
司祭として、神父として…
私からあなたへ。
幸せになるお手伝いをさせて下さい。
さあ、少しだけ勇気を出して。
神の福音は、いつもあなたの側にあるのですから。
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※※※
画面に表示された長い文章を読み終わった雅史は目を擦りながら語り出す。
「これ、詐欺サイトってやつですよね?
よく意味わかんないんですけど、ぶっちゃけ綺麗事ですよね」
「詐欺ねぇ…」
「こうやって甘い言葉をかけて後から会費とか取るパターンっすよね!
俺、知ってます!本当、汚ぇ野郎もいるもんだ」
「………」
「わかりましたよ、兄貴!
今度はこのド汚ぇ腐れ外道をシメるんですね!
出撃いつにします?俺、今回も活躍しますから!」
勅使河原は何も言わず固まっている。
「兄貴?どうしたんすか?急に黙り込んじゃって。
もしかしてヤベェ奴なんすか、コイツ?
でも火達磨だって余裕だったし、
こんなパソコンでちまちま悪巧みする奴なんて敵じゃないっすよ!」
「………」
「えっ?兄貴、何か言って下さいよ。
早くコイツとっちめて、ふんだくってー」
「俺の…」
さっきから黙ったままの勅使河原は肩を落とし、俯き加減で声を絞り出した。
「それ、俺の作ったサイト…」
「マ、マジっすか…」
やっとの思いで言葉を紡ぐ勅使河原の返事を聞いた雅史は、
オリンポス事務所の気温が急激に下がっていくような感覚に襲われていた。




