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悪食  作者: わたっこ
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顛末

「相変わらずシケたジジイだな。

 もうちっと出せねぇのかよ」


都内に建つ評判の高級料亭。

大きな窓からは日本庭園を臨める立派な奥座敷で

小切手を受け取る男が不機嫌そうに言う。


傲岸な態度を取っているその男こそ、

天堂組・組長 天堂 泰山たいざんであった。


「ジジイが他人の事をジジイって言うモンじゃねぇぞ。

 警察の懐具合は厳しいんだ。

 ついでに言えば権力の行使範囲は更に厳しく、出来る事も限られる」


対面で返す初老の男は、

怖じける様子もなく不機嫌そうな組長・泰山へと返す。


泰山の隣では、若頭である九鬼幸四郎が黙って二人の会話を聞いている。


「まあテメェの権力と懐事情じゃあ、その程度が限界だろな。

 なぁ、署長様よぉ。

 しかしあの暴れん坊が今では三烏みがらす署の署長なんだからな。

 偉くなったもんだ。

 なぁ、郡山(こおりやま)よぉ」


「テメェ、泰山。

 俺をおちょくってんじゃねぇぞ。

 誰が色んな所に根回ししてやってると思ってんだ。

 このご時世、俺なくして暴力団が飯食ってくのは至難だろが」


「すっかり髪の毛がなくなっちまったテメェ程、至難じゃねぇよ」


「お前の白髪に比べりゃあ、髪の毛なんて無ぇ方がマシだ」


組長である泰山と郡山と呼ばれる男が豪奢な会席料理を挟んで睨み合っている。


そんな二人の小学生のようなやり取りを見ている九鬼は、

無言で料理へと箸を伸ばし始め、

ローストビーフ、アワビ、鯛の姿煮と次々に口に入れ始めていた。


「ああっ!テメェ、九鬼!

 何でお前が一番乗りに食いにいくんだよっ!

 泰山、テメェは若頭に対して、どういう教育してんだ!?」


「とりあえず昔から食いモンを粗末にするなって言ってある。

 後はそうだな…特に何も言ってねぇ」


言いながら泰山も料理に箸を伸ばしていく。


「いや、何か言えよ!放任主義かよ!」


「うめぇぞ。冷めちまう前にテメェも食えよ」


郡山は困惑するような顔を浮かべ、右手で耳元を弄り出す。


「また煙草たばこかよ。

 その耳にかける癖はどうにかなんねぇのか。

 みっともねぇったらありゃしねぇ」


「仕事の時は外してらぁ。

 まあ、たまにはかけっぱなしになってる事もあるが。

 お、うめぇ」


郡山は煙草の煙を吐き出しては料理を口元へ運び、

食べる側から煙を吐き出し始めた。


「全く、行儀の悪い野郎だ。

 で、どうだったんだよ。放火野郎の件はよ」


「どうもこうもあるかい。

 野郎、あちこちの県に跨がって火ィ付けやがって。

 タダでさえ放火は捜査に難儀するってのに、相変わらず各県警の連携が遅ぇ。

 あのクソガキ、もう直接消すしかないわな」


「毎度毎度、お前はそれだな。

 切れるとすぐ殺しにかかりやがる。

 よくもまあ、それで警察署長が務まるもんだ」


「そうは言うがな、泰山。

 俺ら警察がまごまごしてる内にも善良な市民に被害が出るんだぞ。

 俺が手を汚してでも、そんな事はさせねぇ」


「そのために人殺しに手を染めるたぁ、大した正義漢だよ」


「人殺しじゃねぇ、鬼狩りだ。

 第一、法を遵守して検証だ手順だ言ってる間に、

 善良な市民が死んでいくんじゃあ、本末転倒だろが」


郡山は日本酒を飲み干し、新しく取り出した煙草を再び耳にかける。


若頭の九鬼は相も変わらず黙々と豪奢な料理を食べ続けているが、

その顔色は微かな笑みを湛えていた。


「それより、郡山よ。

 あの腐れ外道ー

 何か他に不審な点はなかったのか?

 もう検死は済んでるんだろ」


「ああ、毒物の事なら心配すんな。既に握り潰してあるわ」


「そりゃ知ってる。

 ウチの補佐役が喰らわせたやつだろう。

 他におかしな所はなかったのかよ」


「他に?

 まあ、筋肉がちょいとばかり不自然な発達をしてたくらいだな。

 最も、九鬼の肉体美には敵わねぇだろうが」


「ふん。まあいい。

 追々、ウチでも調査してカネになりそうなネタが出てくりゃあ、

 そいつは組の方で頂くぜ」


「好きにしろよ。俺は金のためじゃねえ。

 市民の安全のためにやってんだからな」


「なら、その件はもういい。

 他にネタはねぇか。もっと強力なネタがよ」


「そんな急を要する外道(ネタ)が、次々に現れてたまるかよ。

 自分テメェで探せ。

 暴力団の得意分野だろ」


「手に負えねぇ外道(ネタ)が現れる度に泣きついて来る癖に、

 丸く収まった後は不遜なもんだな」


「手に負えねぇんじゃねぇ。

 警察はとにかく腰が重くて、

 逐一、上からの許可を取らなけりゃ動けねぇだけの話だ」


「だから手に負えないんだろが…

 さて、話が長くなったが、後はゆっくりと料理と酒で舌鼓を打つとー」


言いかけた泰山は並べられた皿を見て目を丸くする。

そこには、もう何の料理も残されていなかった。


「ご馳走さんです」


沈黙を守っていた若頭・九鬼の第一声が静かに放たれると、泰山も郡山も仰天する。


「九鬼ィ~。

 お前、もう全然残ってねぇじゃねえか!

 俺が警察の予算をちょろまかして用意した鯛の姿煮・山海コースがァ~」


「よくやってやった、九鬼。

 しかし全て残さず綺麗に完食たぁ、オメェはホント美食家だな」


「本当に何もねぇ…

 ああっ!お前、鯛の頭まで食っちまったのよ!」


驚く郡山に対し、若頭・九鬼は口に残った鯛の頭骨と目玉を噛み砕きながら言う。


「冷めると不味いんで」


「そういう問題じゃあねぇだろ。

 お前、頭なんか食う奴があるかい!」


「鯛の頭ってのは兜煮にして喰えますぜ、郡山署長」


「お前、馬鹿言うな!

 そりゃ残った頭だけ下拵えして、じっくり煮込んで食うモンだよ!」


「俺ァ、このままでも一向に構わねぇ」


「ったく、うるせぇ署長もいたもんだ。

 しかし九鬼よぉ、お前は美食家っていうよりは、悪食だな」


「せっかく獲った命ですから。

 骨まで喰わにゃあ損ってもんですぜ」


九鬼は、見開かれ、赤味を帯びていた鯛の目玉を飲み込むと、

それだけ言って秘密の会合はお開きとなった。



※※※



極道とは、かくも悪食。


千の艱難かんなん、万の辛苦しんくも何のその。


地獄の煮え湯を飲まされたって、背負った大紋に反骨の心得は譲れねぇ。


先憂せんゆうあらば一罰百戒いちばつひゃっかいたぁ、


筋者すじもの如きが言えねえが、悪の世界にも節度というものはありましょう。


外法者げほうものの皆々様、お控えなすって。


骨身に染み付いたそのけがれ。


手前ら天堂組が一切合切、払い落とさせて頂きます。

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