終戦
「勅使河原ー」
廃校舎から肉の潰れる音を聞き付けた里琴は呟くと、駆け出す。
雑草だらけの植え込み跡周辺では、
火達磨の頭である炉が倒れ伏し、事切れていた。
この分では即死だろうと里琴は考えた。
「勅使河原、今度も勝ったんだね。
それにしても、この男ー
肉の付き具合が半端じゃない。これじゃ、まるで…」
「若頭みたい、だなんて言うなよ?」
不意に聞こえてきた声に里琴が振り返ると、
そこには勅使河原の姿があった。
「若頭の鋼の肉体は、こんなもんじゃねぇぜ。
多分、若頭だったら屋上から落ちたくらいじゃ死なねぇと思うね」
「そうかも。
私も若頭は一度だけしか見たことないけど。
でも、勅使河原の方が強いでしょ?
私は知っているから。
勅使河原は、どんな手を使っても最後には勝つ男だって」
里琴は勅使河原の顔を真っ直ぐに見つめて言うが、答えは返って来ない。
勅使河原は返事代わりに軽く微笑むと、校庭へと歩いて行く。
里琴も、その後をそろそろと付いていく。
「さて、俺の大切な弟分たちはどうなってんの?」
「金くんはとっくに終わってる。
雅史くんも勝ったけど、桃くんはまだ」
「ほう。雅史の野郎、勝ったのか」
言いながら勅使河原は、足元で大の字に寝ている雅史を軽く蹴飛ばす。
「痛っ!何すんですか。俺、勝ちましたよ!」
「だったら寝てねぇで鏡でも見ろ。
顔ボコボコだぞ、もうちっとスマートにやれよな」
「面目ないです。
でも正直、喧嘩よりマラソンの方がきつかったっつうか…」
雅史は心底疲れたといった様子でゆっくりと起き上がる。
そんな弟分に勅使河原はため息を付きながらも微笑むと、
雅史の手に何かを握らせた。
「えっ、兄貴?これ何ですか?
いや、これ、もしかして!?」
「初陣よくやったな。そいつは俺の気持ちだ」
「こ、これ…ロレックスじゃないですかァ!
いいんですか!?マジですかぁ!」
「大袈裟な野郎だな。
それ、発信器仕込まれてるからいっぺん修理に出せよ」
勅使河原は、飛び上がって喜ぶ雅史を見て言うと未だ交戦中の桃也の元へと靴を進める。
「桃、もういいだろぉ」
すぐに金次郎の諌めるような声が聞こえてくる。
桃也の返す言葉も聞こえてきていた。
「もうケリ、付いてるだろ。
勘弁してやれよ、なぁ?」
「金、黙ってろよ。コイツはまだ敗けを認めてない。
それはつまり、まだやれるって事なんだ」
「どう見てもやれねぇよぉ。
お前、性格に問題あるよぉ」
「それはコイツが決める事だ。
なぁ、まだやれるんだろ?これで終いじゃないんだろ?」
桃也は、膝を付いて息を切らす火達磨幹部の男を煽り立てるように言う。
金二郎は、それを間に立って止めている格好だ。
二人のやり取りを眺めながら歩く勅使河原は、
面倒臭そうな顔をして何やら喋る火達磨幹部の背面へ回り込むように近づく。
「お、終われるもんかよ。
負けっぱなしで…せめて、一撃くらいは入れてー」
「とうっ」
回り込んだ勅使河原が幹部の男の首元へ腕をかけ、力を込める。
すぐさま男は絞め落とされ、何も言わなくなる。
金二郎に阻まれながら、兄貴分を見る桃也は驚くように言った。
「兄貴!ご無事で何よりです。
ところで、ヤキ入れはいいんですか?
もうトドメ刺しちまうのは勿体無い気がします」
「長ぇよ、馬鹿。時間の無駄」
「いや。敗けを認めないもんでつい。
すいませんでした」
「ま、もう元凶の変態は殺っちまったからな。
残りの野郎は、有象無象の悪童だ。
放っておけって」
「流石は兄貴です。やはりお優しい」
「こう見えても俺は癒しの大天使と呼ばれる男だからな。
さて、ケリも付いたし帰るぞ」
「私は勅使河原が天使と呼ばれてるのは見た事ない」
冗談めかした返しをする勅使河原は里琴の突っ込みを無視し、
捨て置かれている四人乗り軽トラまで歩いて行く。
桃也も金二郎も慌てて後ろに付いて来る。
雅史は未だ、心ここにあらずでロレックスに魅入っていた。
「おいっ!
早くしねぇと置いていくぞ、雅史!」
軽く叫ぶ勅使河原に、
里琴まで目を輝かせながら何か呟き出す。
「ねえ、勅使河原。
私のは?」
「んっ?
私のって何だよ、里琴」
その宝石のような目を輝かせている里琴が猫なで声で続ける。
「ご褒美。
雅史にはロリックスあげた。
私もご褒美欲しい」
「ロリックスって、何だよ…
つうかお前は勝手に来たんだろ。
むしろペナルティもんだぞ」
「でも活躍した。手柄を上げた。
私も褒賞を授かって然るべき」
「はぁ~…わかったわかった。
そんで、何が欲しいの?」
「勅使河原の熱いキスと、未来の若頭の座」
「却下だ。
だってお前、胸小さいし」
「まだ育ち盛りだから、これから大きくなる」
「なんねぇよ!
お前、いくつだよ!」
二人のやり取りを見て桃也も金二郎も笑う。
大切そうにロレックスを抱えながら駆け寄ってきた雅史も半笑いしつつも困惑する。
「あの二人って、どういう関係なんすか?
しかも里琴さん、兄貴の事を呼び捨てだし…」
「兄貴と里琴か。
特に俺は何も知らないが」
「俺も全然知らねぇよぉ。
でも、いいんじゃねぇか?
兄貴の事だから、きっと何処かから拾って来たんだと思うけど」
「拾ってって…
そんな、ペットじゃないんすよ」
「雅史よぉ、そうは言うけどよ。
行く当てのねぇ人間なんて、動物以上にいるんだぁ。
俺も、そうだった。
きっと里琴ちゃんもー」
「金、やめとけ。
組員の過去の詮索はご法度だぜ。
特に女なんてのは色々あるんだ」
「ま、まあそうですよね。
しかし里琴さんか。
すっげー美人ですねぇ」
ばつが悪そうに雅史が言うと、既に軽トラへ乗り込んでいる勅使河原が叫ぶ。
「お前らこれ、四人乗りだからな!
一番遅かったノロマは荷台行きだぞ!」
目の色を変えた三人が一斉に走り出す。
里琴は、ちゃっかり勅使河原の隣へと既に乗り込んでいた。
そして校庭中央奥に聳える朽ち果てた朝礼台では、ケンジが泣いていた。
大泣きで何かを叫んでいるが、誰も気に留めない。
「何か泣き声聞こえるけど、アイツ誰だっけ?」
「通行人Aじゃない?
でなければ勅使河原のファン」
終戦の喇叭は、
未来のギタリストこと泣き虫ケンジくんの口より、いつまでも鳴らされた。
軽トラは、闇に溶けるかのようにゴーストタウンを走り去って行く。




