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悪食  作者: わたっこ
22/45

天使

無法地帯と化した校庭で男と男がせめぎ合う。


強引に。

あるいは力任せに。


己の肉体強度を頼りに前へと出て行くいろり

それを迎え撃つ勅使河原は薄っすらと笑みを浮かべ、左の足で一歩半踏み込む。


二人の距離は次第に近付き、激突するー


怪しげな橙色に染まった校庭に、勅使河原の三日月蹴りが冴え渡る。

風を切り裂く音が鳴ると同時と言っていいくらいに、

放たれた蹴撃は炉の水月すいげつへ的確に打ち込まれた。


「ごふぉッー!」


人体の急所となる水月。

鳩尾(みぞおち)へと補強されたブーツがめり込むと

炉は、ついに苦悶の声を上げ、堪らず屈み込んだ。

勅使河原は呻く男を見下すようにして意地悪げに微笑む。


「頭脳、戦術、技巧、そしてルックスー

 俺の能力は、お前の全てを上回る。

 良くわかっただろう?

 理解したなら、いい加減に死んでくれ」


勅使河原が扇動するかのように言う。

対面で屈み込む炉は、動きを止めて全身を震わせている。



雌雄は決したかに思われたー



「ふっ…くくっくっ。」


全身を小刻みに震わせる炉が唐突に笑い出す。

その震えは、痛みによるものなのか堪えるように笑う動きのせいなのか。

判別さえ出来ない。


「くくっふふっ…ひひひぃ…」


「まだ動くのかよ。

 テメェの身体、一体どうなってやがんだ?」


「ひひひっ…痛ェがー

 やっぱ効かねぇよ。

 痛ェくらいにしか効かねぇぜぇ」


筋肉で覆われた体が小さく震える。

緩慢な動作で炉が顔を上げる。

視線が、勅使河原を捉える。


その目は大きく見開かれ、真っ赤に充血し、顔の筋肉は浮かび上がっていた。

その異様さは、傍目に見ても怪物そのものであった。


「とうとう人間やめたか。

 変態も行きすぎると性癖だけじゃ済まなくなるんだな」


「ぐぐっふぅ…ヤクザッ!ヤクザ野郎ーッ!

 打撃家ストライカーはァ、殺す!」


「バケモンが!」


勅使河原は、素早く炉の左側に回る。

こめかみへと裏拳を撃った時に、

炉の視力は一時的に落ちていると推察出来たのが左側であった。

その予想は的中し、炉の反応は一瞬遅れる。


「そらよっ!」


勅使河原は軽快な動きから速打を打ち込み、連続攻撃へと移る。


左ジャブから右フックを外し、そのまま右の肘を炉の顔面へと打ち込む。

炉は全く怯まないが、勅使河原の左手は更なる致命の一打を狙っていた。


"虎口(ここう)"


勅使河原の空いた左拳は独特の形を取り、

怪物と化した男の喉元へ放たれた。


ゴリイッ…!


肉体の壊れる不快音が鳴る。

喉元へ放たれた虎口。

それは、人体を貫く勢いで真っ直ぐに炉の頸部へと伸びたが、受け止められた。


炉の、口によって。


「ーッ!」


直後、電撃的な痛みが勅使河原の左手に走る。

勢い良く放たれたその指を炉の鋭利な歯が、強靭な顎が、

勅使河原を捕らえて苦しめる。


「ぐっ…うおおあっ!」


指を挟み込む歯が、きりきりと音を立てる。

炉は、噛み付いた指を食いちぎらんとばかりに顎の力を入れる。


「こ、の…変態野郎がー

 今度はカニバリズムでも始めるつもりかよッー!」


「ぎひひっ、ひひっひぃ…」


勅使河原は窮地を脱するため、右の手で目付きを放とうとする。

だが、それを即座に察知した炉は左腕で両目を防御し、顎の力を強めていく。


「放せ、や…このー

 ド変態がッ!」


勅使河原は瞬時に攻撃を切り替え、

右の手を2本指から1本指に構え直す。

その指は、すぐさま炉の左耳へ向かって放たれ、耳の穴まで食い込んだ。


「ぎおっ!」


神経へと繋がる攻撃を受けた炉は、

奇異な呻き声を上げると、瞬間的に顎の力が弱まる。

勅使河原は、その隙に捕らえられた左手を強引に引き抜くと、

目の前の怪物から距離を取る。


「放火の次は、食人か?

 俺の指はうめぇかよ、クソ野郎」


「あぁ~?

 ははっ、うめぇよ。

 悪食も、やってみると意外といいモンだ」


振り返り言う炉は、口元を気味悪く動かし、

勅使河原の血を飲み込むと言った。

勅使河原は、息を切らせ、後退りしながら返す。


「チッ、今度は吸血鬼の真似事か。

 つまらねぇ芸だけは多いんだな。

 ところで、知ってるか?吸血鬼ってのはー」


「時間稼ぎのつもりか?

 休ませねぇよッ、無駄口野郎ッ!」


「おいおい、コミュニケーションは人間の必須能力だぜ」


怪物と化した炉が猛進する。

疲労困憊の上、左拳が使い物にならなくなった勅使河原は、

身を翻すと校舎へ向けて走った。


「ひゃはっ!逃がさねぇよ!」


後ろから迫る怪物に対し、

勅使河原は校舎へ続く小さな石段を駆け上がると同時に、後ろ足で土埃を払いかける。


「くおっ!」


顔に土をかけられた炉が更なる怒りに震えるも

目を擦っている内に勅使河原は廃校舎内部へと逃げ込み、玄関の引戸を閉める。

その様子を見た炉は激昂げっこうし、玄関へ向けて走った。


「逃がさねぇっつってんだろォッ!」


叫びと共に轟音が鳴り響く。


追う炉が拳で引戸を強く叩くと木製の戸は下枠を外れ、

玄関奥を数メートルも飛んで行き、大きな音を立てた。


玄関口正面奥にある階段付近で息を整えていた勅使河原は、

派手に飛ぶ引戸を観察し、目を見張る。


ー蹴るでもなく、叩くだけで引戸を吹き飛ばすか。

 非常識な腕力と異常な筋量。

 そして、打撃を物ともしない筋肉の鎧。

 厄介な野郎だが…


「逃げてみろよ、ウサギァァァーッ!」


引戸を吹き飛ばした炉が玄関口から迫る。

勅使河原は背を向け、階段を駆け上がる。


「狩ってやるッ!焼いてやらァ!」


後ろから迫る怪物を背に、勅使河原はひたすら階段を上がって行く。

やがて階段を上がりきり、外へと通じるドアを見つけた勅使河原は、

古びたドアを蹴破って屋上部分へと出た。


「ぐらあぁぁーッ!ウサギィ~ッ!」


程なくして屋上へと辿り着いた怪物が、興奮の声を上げつつ辺りを見回す。

勅使河原は、すぐ右隣にいたかのように見えた。


「見つけたぜぇ、ウサギィ…

 殺すぅッ!」


炉は、抱き付くようにして勅使河原の体を両腕で抑え込み、鯖折りへと入った。

直後、めきめきと勅使河原の骨が折れる音が響く。


勅使河原の折れたあばら骨が内臓をも引き裂く手応えを、

その怪物は確かに感じていた。

炉が力を込めて内臓を潰していくと、

勅使河原は全身を痙攣させ、やがて動かなくなる。


「ひひっ…ざまぁねぇなァ!

 息の根は止めねェ。

 焼いてやる。

 火ィ付けて苦しめてッー

 あっ?」


勝ち誇る炉は凄まじい光景を見て驚く。

腕の中で動かなくなった勅使河原が、みるみる溶けていくのだ。


どろどろと溶解し、水分となった勅使河原は水溜まりとなり、

屋上スラブを流れて全面を覆っていく。


「魔法かぁ~ッ!

 確かにテメェなら使ってもおかしくねェ。

 いいぜ、魔女狩りの時間といくかァ!?」


炉は、焦点の定まらない目で床を見る。

溶けた勅使河原は四方八方に分かれ、移動し、何人もの勅使河原を作り出していた。


「本体はどれだァー!?

 潰す、潰す、潰すッ!

 異端審問官の俺が来たぞァッ!」


炉は、叫びながら何も無い空間へ一心不乱に拳を振るい始める。

怪物と化したその男は、錯乱状態にあった。


一方で屋上の外周を囲む赤茶けたフェンスに両手をかけ、

くつろぐようにしている男がいる。


それは、悠々とした態度で炉を観察する勅使河原本人であった。

勅使河原は、狂った怪物へ向けて静かに一言だけ呟く。


「エンジェル・トランペット」


その言葉は、ねっとりとした呪いのように廃校舎の屋上を包んだ。

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