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悪食  作者: わたっこ
20/45

勅使河原と炉が中央付近で交戦している中、

金二郎は中央よりやや左方面で火達磨幹部と相対していた。


パアンッ!


肉を叩く音が鳴る。

金二郎の体が傾き、膝をつきそうになる。


「痛えなぁ~。お前、うろちょろ逃げんじゃねえよぉ」


「誰がお前みてぇな図体のデカい野郎と正面からやるかよ。

 ヤクザもんってのは頭わりぃのか?」


「でも俺、ケンカのやり方とか知らないんだよ。

 掴みかかって投げ飛ばせば終わりだから殴り合いっての知らねぇんだよ」


「殴り合いが出来ないって、大したヤクザもんだな。

 だったら俺に一方的に殴られてろ、デカブツが」


「お前、口の悪い奴だな。

 ストレスが溜まってんのか?あのボスのせいか?」


金二郎は身を屈め、両腕を前に出し、攻撃を受け止めるような姿勢を取った。

ステップを踏む火達磨幹部は警戒を強め、攻撃の手を止める。

金二郎は戦いの最中において、笑顔を浮かべていた。



金二郎の更に左方面。

桃也は襲いかかる火達磨幹部の嵐のような猛攻を

巧みな足取りを使い、涼しい顔で躱している。


「ヘイ、ダルマ~。そんな攻撃じゃあ亀も捕まえられねぇぜ」


「クソッ!てめぇ、ボクシングか。うざってぇ野郎だ!」


「シィッ!」


桃也がステップを踏み、動く。

焦燥する男の顔面へと素早いジャブが一発、二発と入る。

火達磨幹部はジャブを受けはしたが大きなダメージはない様子で、

そのまま強引に前へ出て攻撃を繰り出す。

意図を読んだ桃也は横にスウェーして躱しつつ、続く一打を放った。


「あらよっと!」


スパンッ!


牽制の軽いジャブから左ストレートが決まる。

火達磨幹部は、鼻から出血を始めた。


「ワンツーって知ってるか?ダルマくん。

 喧嘩自慢のトーシロじゃあ見切れねぇ拳闘の粋だ」


火達磨幹部の男は、赤黒い血を校庭へ垂らしながら歯軋りの音を立てた。



勅使河原から見て右方面。

極道としての初陣である雅史は勢い込み、目の前の敵へと真っ直ぐに突っ込む。


「ドラァッ!」


「くっそヤクザがァ!」


殴り合い、取っ組み合い、時に噛みつく。

技法も作法も無い純粋な喧嘩勝負である。

雅史は振りかぶり、火達磨幹部の頬を殴り付けながら叫ぶようにして言った。


「お前よ、怒百目鬼どどめきの特攻隊長だろ?

 あのクソな頭にやられて火達磨の傘下にでも降ったか?」


「あ?知ってんのか。そうだよ、悪ぃか。

 負けちまったんなら仕方ねぇだろが。

 大体、俺らは小せぇ族だったんだ。

 規模がでけぇトコには所詮敵わねぇ」


「やっぱ情けねぇな。

 進んでワルの道に入っておいて、ちょっと負けるとへり降るのかよ。

 俺の地元じゃ、そんなダセェ野郎いなかったぜ?」


「はん、てめぇも族だったクチかよ。

 しかし知らねぇ顔だな。お前、どこだよ?」


魔義那まぎなだよ。名前くらい知ってるだろ?

 地元じゃ結構有名なー」


「いや、知らねぇ。どこだよ、それ?」


「三重県だよ」


火達磨幹部は呆気に取られたような顔をしたかと思うと、突然に笑い出す。


「三重県だぁ!?

 んなド田舎の族知ってる訳ねぇだろ!お前、馬鹿だろ!」


煽られた雅史の顔は、見る見る赤身を帯びる。

怒りに全身の筋肉まで固くなっていくのを雅史は確かに感じていた。


「こんの三流族がァ!

 三重県を馬鹿にすんじゃねェェェッ!」


怒りに震える雅史はあらん限りの力を込め、殴りかかる。

拳と拳が立てる音が校庭へ響いた。



雅史から更に右方面。

火達磨幹部と相対していた里琴りこは、

そろそろと後退し、錆び付いた正門付近にまで下がっていた。


「私、ヤクザに言われて仕方なく戦いに来ただけなんです。

 戦果を上げないと風俗に売るって脅されてて…

 お願いですから私に負けて下さい」


「さっきからゴチャゴチャとうるせぇガキだな。

 どうせ家出でもして悪ぃ奴らに捕まったんだろ。

 この街じゃよく見るぜ、お前みたいな馬鹿な女」


男がじりじりと追い縋る。

後退を続ける里琴の背中に、赤茶色に変色した正門が当たる。

里琴は、追い詰められる形になっていた。


「ううっ…うわぁーっ!」


退路を失くした里琴は叫ぶと、

火達磨幹部の男へと拳を振り上げ、向かっていく。

自棄っぱちの攻撃は、男の胸へと繰り出された。


「…はぁっ?」


女の細腕で繰り出される拳は不良として慣らした男へは何の効果もない。

痛みさえ殆ど感じる事もなく、男は気が抜ける思いがした。


「このっ!このっー」


尚も殴り続ける里琴に対し、

男は下卑た笑みを浮かべつつ、その体を両腕で抑え込こんだ。


「うっ!痛いっーッ!」


「おおっと!

 マジでちょっと力込めただけで折れちまいそうだなぁ」


小さな体と、その温もり。

そして女特有の鼻腔をくすぐるような香りを受け、

里琴を抑え込む男は思わず鼻の下を伸ばす。


「んんんっ!くう~っ!」


「まあそう暴れんなよ、別に殴りゃあしねぇさ」


里琴の放つ蠱惑的こわくてきな色香を前に、

男はやがて、その華奢な身体を抱擁するように扱い出した。

里琴は抜け出そうと力を込めてもがいているが、女の力では、まるでびくともしない。


「なぁ。お前、どうせ行くトコねぇんだろ?

 だったら、しばらくウチに来いよ。

 寝る場所くらいはあるからよ。

 ヤクザに捕まってるよりは幾らかマシだろ?」


「確かに行く所なんてない。

 わたしには貯金もないし、友達もいない。

 でも、家にだけは帰りたくない」


涙ぐむ里琴は、抵抗をやめて語りだしていた。

己の体に身を寄せて項垂れる女へ、男の力も自然に緩む。


「私、東京の事はあまり知らない。

 だから、しばらくは援助交際とかパパ活とかして、

 漫画喫茶で寝ようと思ってたんだけど」


「お前、潰される女の典型だな。

 そんなんだからヤクザに捕まるんだろ。

 しばらくウチに来いよ。俺の女にしてやるからよ」


男は盛り上がった下腹部を里琴の下半身に押し付けながら言う。

その息遣いは大きく乱れていた。

抱かれる里琴は、相変わらず無抵抗でいる。


やがて興奮する男の腕は女の上体へと移り、口付けを行おうと顔を近付ける。

迫る男に里琴は、大きな瞳を潤ませながら呟いた。


「それ、格好いいパーカーだね…」


「えっー」


瞬きをする間の事であったー


惚ける男の胸元にいる里琴の腕が垂直に伸びる。

その手は、男の耳を掴んだ。


「痛っつー!」


小さな身体で下から男の耳を引っ張る格好になった里琴は、

そのまま身を捻り回転ー


掴まれた耳は回転運動により引きちぎれんばかりに捻られ、耳の端からは出血を始める。

さらに回転した里琴は、男の後ろを取る形になっていた。


「そのパーカー、頂戴」


背面に回った里琴が呟くと軽やかに跳ぶ。

その手がパーカーのフードを掴んだかと思うと、

里琴は全体重をかけて男を引き倒す。


ガツンッー!


引き倒された男が後頭部を強かに打ち付ける。

脳震盪を起こし、動けない男の首に女の掌が乗ると、その指は喉仏を押下した。


「おごえっ!ゲホッ!」


仰向けに倒れる男が咳き込む。

里琴はベルトに仕込まれた短刀を抜くと、

固い柄を男の鼻先に向かって勢い良く振り下ろした。


「あぎゃあァァァッー!」


短刀の硬い柄が直撃し、鼻骨を粉砕された男は

顔中を赤い血で染め、絶叫すると、両腕で鼻を抑えたまま全身を痙攣させた。


「ごめんね。

 私は未来の若頭の女になるから…

 あなたとは付き合えない」


返り血を浴び、セーラー服を朱く染めている女は、

倒れ伏し、戦意を喪失する男を見下ろしながら囁く。


揺らめく提燈ランタンの灯りと厳かな月の光は、里琴の短刀を照らす。

その白塗りの鞘に彫られた黒百合くろゆりの紋は、妖しく光っていた。

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