単対戦
廃校舎の校庭。
逃げ帰ってきた幾人かの火達磨メンバーからの報告を受け、炉は溜息を付き考えた。
ー全く使えない奴らだ。
そろそろ潮時だな。
この土地を出て、また新天地で暴れよう。
だが、このまま逃げるのも癪に障る。
せめて、あの筋者の頭だけは、この手で葬ってやろう。
廃校舎裏門付近には、いざという時のために
逃走用の小型バイクが打ち捨てられたスクラップのように置いてあった。
危ない橋を多々渡って来たその男は、幾らか存在する隠れ家からの逃走経路を確保していた。
炉は、追撃に出さなかった四人の幹部を見やると相手を迎え撃つよう指示した。
この四人は炉が火達磨を乗っ取る際、最後まで抵抗した元総長とその幹部であった。
正門付近で見張りをしている数人の残党兵が、ふいに大声を上げて炉の元へ走りながら言う。
「奴ら、来ました!五人です!」
※※※
大光量のキャンプ用提燈が校庭を包む。
灯りの中で外法者が睨め付けるようにして、前を見据える。
見据える先の正門には、五人の極道。
威風堂々といった佇まいで本丸へと侵襲の歩を進め出す。
静かな夜の月明かりが闊歩する無法者たちを控えめに照らす。
先頭を歩く勅使河原は不敵な笑みを湛えながら炉の腕を見て語りかけた。
「よう、変態放火魔ヘッドくん。お前の部下、弱いな。
それはそうとお前、いい時計してんな。豚に真珠感がいいぜ。」
「…報告は受けてるぜ。
ヤクザってのは、大した卑怯者だな。
体一つじゃ喧嘩も出来ないと見える」
「ところで、変態は恐怖政治の非合理性の話って知ってる?
民を恐怖で縛り付けると革命や内乱を誘発し、
挙げ句の果てに外敵まで招き寄せちまうんだぜ」
「何の問題もないな。俺は王という立場にこだわっていないからだ。
その例で言えば、俺は国を捨てる事に躊躇いがない。
だからこそ俺は捕まらない訳だ」
「だが、俺に捕まった。
しかも頭が足りないから警察にさえ、足を残している。
例えば放火容疑で捕まった雑魚とかな」
「お前はこれから黙らせてやるし、
警察に捕まった馬鹿な身代わり共も俺に焼かれるのが怖くて何も話せねぇよ」
勅使河原は炉の前まで来ると立ち止まる。
後ろに控える四人の極道は勅使河原を中心に扇状に広がり、
里琴を除く三人が周囲に存在する残党へ睨みを効かせた。
勅使河原は鼻で笑いながら続ける。
「変態の上に馬鹿なんだな。
お前が死んだら誰も怖がってくれねぇってのを忘れてるだろ。
つまり、ここでお前が俺に殺されりゃ、事実は白日の元だ」
極道と暴走族。
二人の頭の応酬に空気が震える。
炉の後ろからは四人の火達磨幹部が動き出す。
桃也、金二郎、雅史、里琴の四人は応戦のため、各々が見据えた敵へ動き出す。
戦いの最終局面は、奇しくも単対戦となった。
※※※
無法地帯と化した校庭で向かい合う極道と暴走族。
一触即発の中、最初に動いたのは巨漢の金二郎であった。
勅使河原の左方面に立つ金二郎は馬鹿正直に一人の幹部へと一直線に襲いかかる。
「お前、チビだなぁ。なあ、加減してやるからさ。
俺の事、誰にも言わないでくれよぉ」
一番乗りに動き出す金二郎に触発されたのか、
間を置かずに勅使河原の右方面にいる雅史が構えながら動く。
「お前、元メンバーだろ?
情けねぇな。俺もガキの頃は族やってたけどよ。
こんなダセェ族は見た事ねぇぞ」
金二郎の左方面へ立つ桃也は、
落ち着き払った態度で前にいる幹部を見ようともせず、伸びをしている。
「何だよ?早く来いよ。やる気ないんなら俺は帰るけど?
あ、タイム。ラジオ体操してからでもいいか?」
そして雅史の右方面へ立つ里琴は乏しい表情で俯き、
頼りない足取りでじりじりと後退しつつ、絞るような小声を上げた。
「すみません。私、ケンカとか無理なんです。
でも、私がやらないとお父さんの借金が返せなくて。
あの…させてあげますから私に負けたフリをしてもらえませんか?」
勅使河原を中心として扇状に広がっていた四人の極道が思い思いに動き出す。
校庭の中央で勅使河原を睨む炉は口角を上げて言った。
「お前、タイマン出来るんだろうな?
随分逃げ回って小賢しい真似してくれてたようだがー」
勅使河原は挑発を繰り返す男へ、黒光りする拳銃を素早く抜くと狙いを定めた。
「何がタイマンだよ。ド変態を殴る手が勿体ねぇっての。
手上げろ、この屑が」
「…やっぱりタイマン張るのは怖いんだな。
だが残念。それは水鉄砲だって報告は受けてるぞ」
「試してみるかよ」
「試してみろよ」
拳銃を突き付けられた炉は、動じる事なく戦闘態勢を取り、動き出す。
ピシューッ!
炉が一歩、動くか動かないかの所で拳銃から放たれた水が、その顔面を濡らす。
合わせるようにして勅使河原は地を蹴り、炉の懐へ飛び込んだ。
が、その攻撃を読んでいた炉は両腕で勅使河原の肩を掴むと頭突きを入れる。
「ーッ!」
「目潰しの放水から不意打ちだろ?
お前みたいな野郎がやる事はわかってる」
炉は勅使河原の両肩を強く掴んだまま、
頭を大きく振り上げ、決定打となる全霊の頭突きを繰り出そうとする。
ーこの野郎。何だ、この腕力は。
腕に力が入らねぇ。
強力無比な腕力で両肩を押さえ付けられた勅使河原は、
頭突きが来る瞬間に右足で炉の左膝下を狙うカーフキックを撃つ。
蹴りを撃たれ、バランスを崩した炉の頭突きの軌道が反れる。
勅使河原はすかさず力の入らない左腕を伸ばし、その長い指を炉の両目に向けて放った。
「チィッ!」
反射的に掴んでいた手を離し、飛び退く炉。
対する勅使河原も腕を上げ、距離を取る。
「目突きとは大した卑怯者だな。ヤクザ野郎」
「火炙りに比べりゃ子供の遊びだろ。変態野郎」
校庭を照らす提燈が二人の悪を照らす。
夢のようなその灯りの中、二人の目には激しい炎が灯る。
悪と悪による最後の潰し合いは今、始まった。




