下着
勅使河原は、軽トラの周りを虫のように転がっている火達磨たちを
踏みつけながらスマートウォッチを確認して言った。
「あらかた片付いたみたいだな。残るは雅史の野郎か。
さて、もう一踏ん張りするかねぇ」
「兄貴。そっちはもういいんじゃないんですか?
雅史にも応援部隊四人が合流して、その上、金の部隊も合流するんでしょう?」
「まあそうだけど。一応、雅史は新入りだしな。
そんなに遠い位置でもねぇし、攻勢に出るなら手早くやった方がいい」
「流石は兄貴。お優しい」
「そんなんじゃねえよー
お、電話か」
勅使河原の胸元が僅かに震えると、手早く携帯を取る。
それはケンジに付くはずの応援部隊からの連絡だったが、
その緊急報告に勅使河原は驚愕の声を上げた。
「はあっ!?そりゃお前、どういう事だよ!?」
※※※
無人の小さな商店街を抜け、緩やかな坂道を登った先には簡素な古民家が何件か並んでいる。
その坂道を十人以上の敵に追い立てられながら全力疾走で降る二人の極道がいた。
「き、金さん!なんで俺の所には援軍来ないんすかぁ!?
それに奴らのあの数、たまったモンじゃないっすよ!」
「でもなぁ~、俺が来たじゃんかぁ。
それより雅史君さぁ、もう走るの飽きたし二人でやっちゃわない?」
「金さん一人だけしか来ないじゃないですか!
金さんの部隊はどこ行ったんですか!?」
「お前を探して走ってたらさ、はぐれたぁ」
「何でですかぁ!二人でどう戦うんすか!」
「覚悟を決めて、正面衝突かなぁ」
「ノープランなんですか!
とりあえず、このまま商店街方面へ走りましょう、金さん!
兄貴たちと合流出来るかもしれねぇ!」
必死の形相で駆ける二人。
後ろからは火達磨が勢い付いて迫ってくる。
「ヤクザもんが逃げてんじゃねえよ!」
「大紋が泣くぞ、オラァ!」
逃げる二人に火達磨が罵声を浴びせながら追い立てていると前方から軽トラが走ってくる。
それを見た雅史は歓喜の声を上げた。
「え、援軍だ!援軍が来…
あれっ?誰か荷台に乗ってる?」
酷くゆっくりと走ってくる軽トラが止まると、
荷台に座り込んでいる人物に、雅史も火達磨も驚くと同時に唾を飲み、凝視する。
そこにいたのは、見目麗しい女子高生であった。
白く、美しい決め細やかな肌。
清廉さを思わせる艶やかな黒髪。
黒曜石のような輝きを放つ大きな黒目が、戸惑うように右へ左へ転がっている。
暴力の世界に現れた少女は、夜目にも麗しく、男たちの視線を一瞬にして奪った。
男たちが深まる闇に目を凝らすと少女はセーラー服を着用しており、
口にはテープを貼られているのが確認出来る。
その上、軽く開脚した姿勢を取って座っているため、
ミニのプリーツスカートからは下着が露になっていた。
場違いな女の姿態に、時が止まる。
皆の視線を一身に集めているセーラー服の少女は、
強引に口元のテープを剥がすと、荷台から飛び降りて叫んだ。
「お願い、助けて!
暴力団に拉致されてるの。助けて、助けて下さい!」
硬直する火達磨の一人へ女子高生は駆け出し、抱きつく。
途端に辺りはざわめき出す。
「お、おい。どうする?」
「拉致されてるって…ヤクザはマジでやべぇな」
「とりあえず炉さんに連絡しとくか?
そんで後でみんなでよ…」
想定外の事態に場は混乱し、下心を出す者も出始めた所で、
女に抱き付かれていた男が苦悶の声を上げる。
その短い呻き声が聞こえたかと思うと、
何事かと思う暇もなく、男は正体不明の女子高生に投げられた。
地べたに顔をつく男を見て驚愕の表情を浮かべる火達磨メンバーたち。
その隙を突き、金二郎は正面から体当たりを繰り出し、遅れて雅史も殴りかかる。
軽トラからは四人の組員も降りて来て、突然の大混戦が始まった。
「正面突破だぁーっ!」
「こうなったらやってやらぁーっ!
オラ、来い!スケベ達磨どもが!」
機を見るや、体当たりで一人を転ばせ、さらに隣の男へと掴みかかる金二郎。
金二郎に続き、火達磨の群れへと殴り込む雅史。
ここが勝負の分かれ目と言わんばかりに突撃する四人の応援部隊。
そして件の女子高生は、澄ました顔をして地べたに体育座りしているが
よく見ると金二郎が投げ倒した男の指を取っては弄くり回し、丁寧に折っていた。
鳴り響く怒号と悲鳴。
商店街へと続く緩やかな坂道は、阿鼻叫喚の地獄へと変わりゆく。
極道と暴走族による乱闘騒ぎの中、
倒れた男の指を握っては折っていた女子高生の後ろから手が回り、口を抑えられる。
「…むぐぅっ」
「なぁ、お嬢ちゃん。さっきから何やってくれてんの?
ちょっと悪戯が過ぎるんじゃねぇの」
火達磨の一人が屈み込むと女の口に右手を回し、左手で体を抑え付けた。
「へっ、へへへ…ちょっとこっち来いよ、お前。
悪いようにはしねぇからー」
「ふぐぐわぁら」
ついに捕らえられた女子高生は、首だけを動かすと中空を見上げる。
そこには、その身を天狗のようにして頭上を飛ぶ勅使河原の姿があった。
メキィッ。
飛ぶ極道の靴底が、女を捕らえる火達磨の後頭部へとめり込む。
男が崩れ、這いつくばると女子高生は歓喜の声を上げた。
「勅使河原ぁっ!」
「お前、何でいるの?しかも、その格好ー」
勅使河原は眉をしかめて言うと、すぐさま組員の加勢へと向かう。
遅れて走ってきた桃也も乱闘へと加わる。
極道にとって、もはや数的に不利な形でもなく、
暴力のプロである彼らが乱闘を制するのに時間はかからなかった。
※※※
程なくして、道端に倒された不良の群れが達磨のように転がった。
大混戦を制した勅使河原、桃也、金二郎、雅史と応援部隊の四人。
そして謎の女子高生。
合計九人が各々、倒れ伏せる火達磨の頭や体に腰掛け、一息入れている。
勅使河原は、機嫌悪そうに息も絶え絶えの火達磨を小突きながら正体不明の女へ言った。
「里琴…お前、何しに来やがった?
何で、いつからいるんだよ!」
「勅使河原が抗争するから応援に来た」
「抗争じゃねぇよ!
ちょっとした制圧作戦だっての。
お前が荷台に忍び込んでて、どうしたらいいかわかんねぇって、連絡来たんだぞ?」
「ちょっとした戦いなら私も充分に戦える。
さっきだって私は大活躍をした」
「はあ?寝てる男の指をコソコソ折って回るのが大活躍だってぇ?」
「その戦法は勅使河原に教わった。
学び取り、実践している私を褒めてくれても良い所だと思う」
「うぐっ…そうだっけ?
まあいい。それより何だ、そのセーラー服は。
そんな格好で戦ってたらパンツ見えるぞ」
「男相手に、こういう格好をして戦うと相手の集中力が散漫になって有利だから。
これも勅使河原に聞いた」
「すまん。全然言った覚えがない。
大体お前、19歳だろ。女子高生ぶるのもいいが、補導されたら面倒だぞ」
「男心を掴み取りやすいのは、いつだって制服女子高生。
勅使河原もセーラー服が好きだって言った」
「言ってねぇよッ!
まあ、嫌いじゃないけどー」
里琴と呼ばれる女と勅使河原のやり取りは延々と続く。
訳がわからないといった顔でそれを見つめる雅史に、金二郎が語る。
「ああ、雅史は新入りだから知らないよな。
兄貴直轄の組員は全部で二十人いるんだけどさ、
その内の五人は非戦闘員の女性なんだよ。
里琴さんは、その一人って訳」
「兄貴は女を戦闘に駆り出す事はないからな。
最も、里琴はそれが不満でもあるようだが」
桃也が補足するように言うと、雅史の困惑は漸く治まり安堵したようであった。
100人以上いた火達磨は、この時点で殆ど壊滅状態となり、
残す所は廃校の校庭に玉座を置く暴君のみ。
極道対暴走族による争いは、最終局面を迎えようとしていた。




