除草
小さな校庭の中央付近に停止した軽トラを不良たちが遠巻きに眺め、
やがて囲むようにしてトラックへ歩を進める。
火達磨の頭、炉はその場を動かず勅使河原の目を
ねっとりとした冷たい目で真っ直ぐに睨んでいた。
僅かな静寂と小さな混乱が校庭を霧のように包む。
その静けさを最初に破ったのは、
助手席側のドアを大きな音を立てて開けた勅使河原であった。
勅使河原はそのまま長い足を屋根側にかけると滑らかに移動し、
続いて屋根から荷台へと跳ぶ。
荷台に飛んだ勅使河原は除草剤散布機に繋がれたホースを握り、
微笑みつつ声を上げた。
「有限会社 天堂組で~っす!草刈りに来ましたーッ!」
言い終わると同時に、勅使河原はくるくる回りながら除草剤の散布を始める。
猛烈な勢いで放水される有害物質を含んだ除草剤は、
トラックの周りにいる不良たちの顔面を次々に濡らして行く。
「おわあっ!」
「んだこりゃあっ!」
「水か?何だこりゃー」
不快そうな声を上げる不良たちへ勅使河原は、放水を続けながらもう一度叫んだ。
「やっべぇ~!目に入った奴、早く洗わねぇと失明すんぞ~!」
トラックを囲む不良たちは青ざめ、その多くが後退り、距離を置き始める。
少し離れた場所から勅使河原を睨み続ける炉は、
眉間を寄せ、その表情を僅かに歪めた。
「ほらほら。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!
ベトナム戦争でも使われた特性除草剤だよ~!」
勅使河原の言動を受け、
後退していくメンバーを忌々しげに見回す炉は口を開き、檄を跳ばす。
「ハッタリに決まってんだろ!
ビビってんじゃねぇよ、クソどもがァ!」
勅使河原は薄く目を細め、つまらなそうな顔をするとホースを捨て、
棒状の先に電動の刃を付けた芝刈り機を荷台から持ち出し、言った。
「やるぞ、てめえら!」
勅使河原が荷台から跳ぶと同時に、
雅史を含める三人の組員が颯爽とトラックを降りて荷台に積まれた芝刈り機を握る。
先ほどの除草剤散布に、長く武骨な芝刈り機に動揺する火達磨メンバーたちへと
切り込み、一斉攻撃の体で殴り付けていく。
「落ち着け!囲め!攻撃は何人かで同時にしろッ!
おい、逃げんじゃねぇッ!」
「はいはい、草刈りの時間ですよ~!
ただし、刈るのは悪童という根なし草だけどね」
叫ぶ炉を尻目に四本の芝刈り機が弧を描き、闇夜に光る。
ある者は失明の恐怖に怯え、水を求めて走りだし、ある者は悲鳴を上げ、倒れていく。
火達磨は恐慌状態に陥り、堪り兼ねた炉が再び叫ぶ。
「失明なんかする訳ねぇだろ!
んな危険な除草剤、日本じゃ売ってねぇよ!
囲んで一斉にやれよ、四人しかいねぇんだぞ!」
苦虫を噛み潰したような顔で炉が叫ぶが、
逃げ腰になっているメンバーたちの耳へは届かない。
響く芝刈り機の打撃音と、次々に倒れていく手駒たち。
やがて炉は冷めた目付きになると、
ガソリンの携行缶に手を伸ばし酷く冷たい声音で言った。
「失明すんのと今から焼け死ぬー
お前ら、どっちがいいんだ?」
パニックに陥っていたメンバーたちは一瞬、
足を止めたかと思うと恐怖と怒気を交えた顔で改めて戦闘態勢を取った。
勅使河原は、芝刈り機を振り回しながら軽く舌打ちをする。
ー恐怖支配による特攻に踏み切るか。
こうなっちゃあ突破は難しいな。
こちらを見据え、徐々に態勢を整え出す火達磨を見回し、勅使河原は悔しそうに叫んだ。
「作戦失敗だ!てめえら逃げるぞ!」
言うが早いか、勅使河原は重たい芝刈り機を投げつけ、
身を翻すと正門へ向けて全力疾走する。
三人の組員も同様に全力で逃げ出す。
走りながらも雅史と二人の組員は言った。
「やっぱ、そんな上手く行かないんすね!」
「勅使河原さん。奴ら、まだめっちゃ残ってますよぉ」
「そういや他の組員はどうしたんですか?
あと12人、軽トラ三台で来てるはずですよね?」
「てめえら、文句ばっか言ってないで俺を信じて逃げろ!
これよりゲリラ戦を開始するッ!」
余りにも潔い極道の遁走ぶりに炉を含めた火達磨メンバーは
暫し呆然としていたが、やがて怒号を上げると追撃へ走り出した。




