交差
明くる日の夜も、勅使河原は事務所でパソコンに釘付けになっていた。
眠そうな眼を擦り、大きな欠伸を一つすると、
勅使河原はマウスを滑らせタブを切り替える。
すると、事務所内に桃色の声音が響き渡った。
「もう…いけない生徒ね。下半身の授業にばっかり熱心なんだから。」
「桃子先生。俺、真剣なんだ。
進路決めたんだよ。俺はAV男優になるんだ!」
ディスプレイの上で、どう見ても学生には見えない頭髪の薄い男が
訳のわからない事を言い出すと勅使河原は目を潤ませる。
「今日こそは俺の磨いて来た寝技、
全部を先生にぶつけて感じさせてやるから。先生を越えて俺はAV業界に行く」
「もう聞き飽きたわよ。大口を叩くのは私の房中術を破ってから。
それが出来なければ大学へ進学してもらうからね」
頭髪の薄い男は、先生の挑発に乗るかのように口づけをし、
その右手はたわわに実ったココナッツのような胸に伸びていく。
いよいよ始まる大人の授業へ、勅使河原の興奮のボルテージも上がっていった。
「兄貴!こんなとこで何見てるんですか!」
大音量で流される桃色動画に驚いた雅史は、
思わず勅使河原の元へ駆け寄り叫び出した。
「うるせぇな、今いいトコなんだよ。
AV男優への道は前途多難の修羅の道なんだ。
これは先生との真剣勝負なんだよ」
「はあ…どんなストーリーなんすか。
せめてそういう動画観る時は音量くらい小さくしてくれません?」
「お前、ヤクザの癖に常識的な事を言うなよ。
大音量で観た方が映画館気分になれていいだろ」
「近所に聞こえますよ!」
桃色動画を前に常識をテーマにした議題が持ち上がった所で
パソコンが控えめな音を立て、ポップアップ通知を表示する。
目線だけを動かし通知を確認する勅使河原は、瞬時にタブを切り替え、マップに移った。
ターゲットが不自然な動きを見せ、ある一点へ向かい、進んでいく。
勅使河原の顔は、凄絶な笑みを孕んだ。
「出るぞ、お前ら。鬼退治の時間だぞ」
※※※
前部に勅使河原と雅史、後部に二人の組員。
合計四名の極道を乗せた軽トラが道路を滑るように走る。
荷台には草刈り用の道具が積まれ、一見するとそれは庭師か何かの業者のようであった。
後部に座る二人はご丁寧に作業着まで着ていた。
運転手の雅史は助手席に座る勅使河原に語りかけた。
「見つかったんですか?さっきのあれ、何だったんです?」
「泣き虫ケンジくんだよ。ほら、帰りに特注ギターくれてやっただろ?
あれ、中にGPS仕込んであんの。あれはガワは高級品だからな。
仕置きついでに徴収してぇんだろ」
勅使河原は膝上に乗せたパソコンのディスプレイを見せ、続けた。
「で、ここが目的地のクロムハーツ。
正体不明の変態ネズミにやられたシンの野郎にやったモンだ。
当然、この時計にもGPSが仕込んである」
「クロムハーツの時計!?そんなのあげたんですか!
俺には買ってくれた事ないのに!」
「俺に物を買って欲しければ手柄を立てろよ。
今時パソコンも触れねぇヤクザもねぇもんだぞ」
「でも、それだったらケンジに仕込むだけでいいんじゃないですか?」
「アホ。罠ってのは普通、何重にも張っておくもんだ。
金に興味のねぇサイコ野郎だっているし、
クロムハーツにしても下の雑魚が持ち逃げする可能性がある」
「じゃ、じゃあ…今回の場合、炉とかいう野郎が狙ってるのはー」
「クロムハーツとヘマをやらかした部下の火炙り。
ついでに特注ギター。
つまり、クロムハーツとギターが交わる点が変態ネズミの居場所。
あちこち拠点を移動して回ってたようだが、それも今日で終わりだ」
草刈り業者に扮する極道が乗り込む軽トラは、
街に蔓延る根なし草である外道を刈るため、闇を深めていく道路を颯爽と駆ける。
今、殲滅作戦は決行されようとしていた。




