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悪食  作者: わたっこ
10/45

楽器

真黒区三烏町。

小さいが小綺麗なオフィスを思わせるその事務所に、

オーダーメイドの素晴らしいギターが届いた。

受け取ったのは新入りの雅史である。


「ギター?何か高そうなギターだな。

 何に使うのかよくわからねーけど、とりあえずチェックしてもらわなきゃな」


ぼやくように言うと雅史は兄貴分の勅使河原てしがわらの元へ向かう。

この事務所へ届いた物は何であれ、まず勅使河原が確認をする事になっているのだ。


「カラオケ部屋か…」


呟く雅史は事務所内のカーペットの下を確認すると

地下へと続く小さく狭い隠し階段を降りていく。


※※※


四畳半程の小さな空間の中に、印象的な炎の刺青を首筋に彫った男が正座している。

その傍らには勅使河原が立ち、

薄く微笑みながら階段を降りて来た雅史に対して言った。


「カラオケ部屋へようこそ。

 って、ギター来たの!?早く見せろよ、待ってたんだよ!」


「今来たんですよ。俺はすぐ持ってきましたって。」


雅史の持つギターを見るが早いか勅使河原はそれを奪い取るようにして目を輝かせる。


「俺、何となくわかりました。

 それ結構モノがいいみたいだし、この刺青野郎の宝物とかじゃないですか?

 それを目の前で叩き壊してやるんですね。」


「馬鹿だな、てめぇは。お前は俺の事を何もわかっていない。

 俺ならそんなつまらない真似はしないぞ。やるならもっと面白い事をする」


「なら土管が転がる空き地でリサイタルでもして耳でも破壊するんですか?」


笑いながら語る二人の極道の前で、

正座している刺青の男だけが脂汗をかき、恐怖に顔をひきつらせている。


「本当に俺は何も知らないんです!」


刺青の男は親や教師に怒られる子供のように声を上げた。

対応する勅使河原は新しい玩具を手に入れた子供のような笑顔で対応する。


「ケンジくん…君が何かしらの情報を持っているのか、いないのか。

 そして、君が趣味としているギターの腕がどれ程の物なのか。

 そういうのはもう、正直どうでもいいんだ。

 俺は君に、男になってもらいたいんだよ」


微笑む勅使河原はそっとギターをケンジと呼ばれた男へ差し出す。

ケンジは何が何だかわからないと言った様子だ。


「弾けよ。ギターが趣味なんだろ?一曲弾き終わったら帰してやる」


※※※


ヴィィ~ン!


防音処理が施された四畳半の地下室で、酷く滑稽なギターの音色が響く。

爪弾くケンジは息を切らせ、涙を流している。

その指は擦りむけ、血だらけであった。


「気に入ってくれた?俺のオーダーメイド。

 玄をピアノ線に変えてあるんだよ、それ。

 指が鍛えられていいだろ?ねえ、火達磨のヘッド、ケンジくん」


「お、俺は総長じゃないんですよ。本当に、俺は…総長の事は何も知らないんですよ」


「火達磨のヘッドは首筋に炎の刺青が入ってるってタレコミがあるんだけど?

 ほらぁ、もっと弾いてみ!」


勅使河原はケンジの腕を掴み、半ば強引にギターを弾かせる。


ヴォアァォ~ン!


「いっ…ひぎぃぃぃっ!」


響くギターの肉体を破壊する調べ。

ケンジの右手は真っ赤な血に彩られ、冷たい床は情熱の色に染まっていく。


「ううっ…痛ぇ。痛ぇよう。勘弁して下さい、もう勘弁して下さー」


めきりっ。

泣き言を繰り返すケンジの口中に勅使河原の靴の先が食い込む。

床には前歯がぽろりと落ち、ケンジは口からも出血を始めた。


「ひいいいっ、ひいいいっ!」


「ひゅう~。良い音鳴らすじゃん。もしかしてお前、前世は楽器だったのか?」


「ひうっ!知ってる事はれんぶ言う!言うはらぁ!」


勅使河原の薄く張った氷のような微笑みは融解し、極道のそれになる。


「火達磨の構成員数は?」


「にゃっ、119人!」


「ヘッドくんの本名は?」


「わかりまひぇんが、俺らぁ、(いろり)さんって呼んでまふ」


「炎の刺青は?」


「炉さんひも首筋に入っへます。

 でも自分が総長ばってバレねえよう幹部10人も入れてまず。ただー」


「ただ、何だよ。つまらねぇ引っ張り方すると、今度はケツの穴に玄が食い込むぞ」


血と涙と鼻水を流し続けるケンジは僅かに言い淀むが、観念して続けた。


いろりさんの刺青は、シールなんじゃれぇかって噂を聞いた事があっへ…」


「なるほどねぇ。

 お巡りさんも放火魔ヘッドくんを捕まえた、なんてタレコミが

 何度かあったんだけど、そりゃ全部身代わりの雑魚か?」


「へっ…へへへっ。報道されへない事もお見通しでふか。

 プロは流石だなぁ。でも、敵わないでふよ。

 何せあの人はぁ、人を生きたまま焼いちまう人だぁ。

 そいで自分は笑ってんだぁ」


「そりゃ余程の変態野郎と見える。で、そいうって本当に強いの?

 お前の話だと、単なる変態のようにしか聞こえないんだけど」


「つっ、強ぇなんてモンじゃないよぉ。

 炉さんはぁ、格闘技やってる野郎だって、やっちまう。

 こないだだって地下格闘技の優勝候補とかいう野郎をー」


「やっちまったってのか?

 その変態野郎は、武器でも使ってやったのか?

 囲んでボコったんじゃねぇの」


「俺もその場にいた訳じゃないから詳しくは知らない。

 でもメンバーが動画撮ってたから見てはいます。

 確かにタイマンで圧倒してました」


「ふーん。成程。井戸の中の変態の大将的存在って訳ね。

 ああ、もう帰っていいよ。質問するのも疲れたし」


「うううっ…今更何だよぉ。俺もいろりさんに焼かれちまうよぉ。

 ケジメ付けさせられちまうよぉ」


「そりゃ仕方ねぇな。アウトローの世界じゃよくある事だ。

 まあ天井のシミでも数えてる内に終わるさ。耐えろ」


「ううう~っ」


泣きじゃくるケンジは立ち上がり、覚束ない足取りで階段へ向かう。

その惨めな後ろ姿を見た勅使河原は血だらけの特注ギターを

ケンジの背中へと投げ付けると、笑いながら言った。


「それ、ばっちいからやるよ。

 あとな、お前ワルは向かねぇからギタリストになるといいよ。

 丁度、血と汗と涙も染み込んだしプロになれるだろ」


追い討ちをかけられたケンジは嗚咽を漏らしながらも特注ギターを抱えて地下室を後にした。

勅使河原はカラオケ部屋と呼ばれる監禁室で一人、呟く。


「安心しろよ。お前が焼かれる前に俺が変態ヘッドくん殺っちゃうから」

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