尋問
「こんな事して…絶対に警察に言うからね」
アパートの一室。
両手足を拘束される形で椅子に座らされているその女は、
怯えと怒りに彩られた目で精一杯の悪態を吐き出しながら続けた。
「てか、今すぐ解放してくれたら誰にも言わないし全部水に流してもいいんだけど…」
今度はまるで哀願するように物を言う。
全く、忙しい女だ。
「えっとぉ…美姫ちゃんだっけ?君さ、今の自分の立場わかってる?」
椅子に拘束されるその女に一人の男が静かに語りかけた。
美姫と呼ばれた女は微かに涙を湛え体を小さく震わせてはいたが、
その恐怖を隠すかのように正面に立つ男を睨み付けた。
そんな女の強がりを知ってか知らずか、男は薄ら笑いを浮かべたままだ。
「俺も好きでこんな事してる訳じゃないんだけどなぁ」
やれやれ、といった様子でその男は大仰なポーズを取り、続けて言った。
「自分のやった事には責任を持とうよ」
美姫は微かにたじろいだが、依然として男を睨んでいた。
「雅史、御馳走」
男は拘束された女に背を向けると、そう一言だけ言い放つ。
すると、間髪入れずに男の周囲で黙って成り行きを見守っていた三人の男の内、
一人が小さな袋を手に美姫へと近付いた。
おそらく雅史と呼ばれた男であろう。
ガサガサ…
その袋の中で奇妙な音が鳴る。
大きくはないが、人に不快感を与えるようなその音が耳に届くと
美姫は嫌な予感にみるみる顔を強張らせた。
「そろそろ腹が減ってきたろ?いいモン食わせてやるよ」
雅史は袋の中に手を突っ込むと中から一匹の虫を取り出す。
ー蜘蛛だ。
それも生きている。
美姫はそれを見た瞬間、泣き叫んでいた。
「やめて!私が悪かったから!何でもするから!
お金だったら幾らでもあげるし警察になんて絶対に言わないから!」
雅史はパニックを起こす美姫を見て満足そうに笑うと手にした蜘蛛を女の口元へと近付け言った。
「ちょっと口開けさせるの手伝ってもらえるっスか」
その言葉を聞くや否や、周囲にいる二人の男が黙って美姫の元へ近づいて来る。
先ほど、雅史と共に成り行きを見守っていた三人の内の二人だ。
さっきまで薄ら笑いを浮かべていたグループの頭らしき男は後ろでタバコを吸っていた。
「んんん!んぐう…!!」
恐怖と嫌悪感に泣き出す女の口を二人の男がこじ開けると、その口内に蜘蛛が入れられる。
ロープで椅子に縛り付けられた美姫は何の抵抗も出来ない。
「オラ!ゆっくり噛めよ!」
雅史が怒鳴り、二人の男が美姫の口を無理矢理動かそうとする。
しかし、美姫は激しい嫌悪感に口内の蜘蛛を噛む事を拒絶し続けていた。
そんな美姫を少し離れた所から黙って見ている頭らしき男は、
さっきまでとは打って変わった冷たい表情をしながら言葉を放つ。
「別にそれ、毒じゃねぇし食っても死なねぇから安心しなよ。
ま、生きたまま食っちまったら胃の中で暴れちまって流石にヤバいかもしんないけどね」
その言葉を繋ぐように雅史が言った。
「このまま飲んでみるかよ?それとも、ちゃんと噛んで食べるか?
ちなみにオススメはしっかり噛む事だぜ?そのまま飲んじまったら内臓食い破られるからなぁ」
その言葉を聞くと、涙と鼻水で顔がくしゃくしゃになった美姫の脳内に
蜘蛛が内から自分の内臓を食い荒らすイメージが膨らんでいった。
ー噛まなければならない。
ー噛まなければ。
本当に死んでしまう。
だが、それでも美姫は躊躇していた。
すると、頭らしき男は溜息をついて言った。
「もういいや、飲ませちゃお。水持ってきて」
その一言を聞いた美姫は、弾けるような恐怖感に体を震わせるとついに口内の蜘蛛を咀嚼し始めた。
ぐちゅっ…ぐちゅっ…
気持ち悪い。酷い苦みがする。吐き出したい。眩暈がする。
女の口中で暴れていた蜘蛛は不気味な音を立て、
最期の抵抗と言わんばかりにねっとりとした体液を撒き散らし、バラバラになっていく。
ボキッ…ぐちゅっ…
咀嚼する度に広がっていく苦味に女は気の遠くなる感覚を感じていた。
それでも美姫は一心不乱に蜘蛛を噛み続けた。
そして、さっきまで蜘蛛であったはずの生物が純粋な苦味その物に変わり始めた頃、
美姫はこの苦痛を終わらせるために、決死の覚悟でそれを飲み込んだ。
が、それを飲み込んだ瞬間、不快感に耐えかねた美姫の体は
かつて蜘蛛であったものを反射的に吐き出そうとしてしまう。
そんな女の反応を見ると、すかさず雅史を含めた三人の男が美姫の顔面を掴み、
力任せに上方を見上げる姿勢を取らせる。
「おごっ…ごぼごっ…!おぇぅっ…!」
美姫の口は声にもならない怪音を上げた。
三人の男は、吐き出せないように女の体を抑え込むと
呼吸困難を起こした美姫の顔面は、みるみる紅潮していく。
美姫は死を直感するが、唐突にその行為を止める怒鳴り声が響き渡った。
「やめろ、馬鹿野郎!」
その様子を後ろで見ていた頭らしき男が叫ぶと三人の男は慌てて美姫の顔面から手を離し、
狼狽したような表情を浮かべる。
「死んじまうだろうが」
男は冷たく一言だけ発すると、三人の男を軽く睨んだ。
その剣幕に皆、一様に申し訳なさそうな顔をして俯くと各自が謝罪の言葉を紡ぎ出すが
まるでそれを邪魔するかのように苦悶の声が上がった。
「うえええっ…!げえうぇっ…!」
静寂に包まれた部屋で、ひとしきり女の鳴らす吐瀉音だけが鳴り響く。
涙と鼻水と吐瀉物に塗れた美姫は固く縛られた椅子ごと前のめりに倒れてしまっていた。
丁度、椅子に縛られたまま床に突っ伏し吐き続ける格好だ。
三人を諫めた男は、出す物を全て出し切って荒く呼吸をする美姫を一瞥すると
ゆっくりとした動作で女に近付き、屈みこむと酷く穏やかに声をかけた。
「落ち着いたかな?じゃあ次はナメクジいってみよっか」
その言葉を聞いた女は、堰を切ったように泣き出した。
言葉にならない叫びを上げ、哀願の限りを尽くすがその泣き言が男に届いている様子はない。
「今度は食用じゃないんだけど、どうせ吐くなら何入れても大丈夫っしょ?」
極限の絶望が美姫を襲う。
が、ここは未だ地獄の入り口でしかなかったのだ…