第三十八話 ゴスっと! 異世界懇親会! 略して『イセコン!』①~俺は大切な何かを奪われました~
次の日
ゴス! ゴス!
「ぐぬぅううう」
「あ! 将大さん! ようやく起きたんですね!」
毎日レベルアップするミミの「ゴス! ゴス!」は俺の睡眠を一気に覚醒させる。
めざまし時計ならぬ「目覚ましゴス!」である。相変わらず骨が振動する威力を毎朝律儀にこなしてくるのだ。
しかし、今俺にはミミのゴスに負けない力を手に入れている。というのも、鍛えられた腹筋と、安全指輪を入手(本当はアデアラの物で返す予定)のおかげで、痛みはやや軽減され、超回復で何とか持ちこたえられるようになった。
(軽減といっても、かなり痛いですよ。毎日車にぶつかる振動くらい凄いんだから! でもこの指輪は返したくないなぁ……)
「お、おはよう」
俺はミミにやさしく語り掛ける。ミミはゴス! 以外はとてもやさしくて良い子なのだ。青く透き通った目、いつもはツインテールだが今日はポニーテール、澄んだ声はいつも俺をいやしてくれる。そして毎朝おいしい食事を用意してくれるのだ。
「早速ですが将大さん、私は天界1位パンコンクールの特訓をする為、すこし早めにアルバイト先のパン屋さんに出かけます! ご飯はテーブルの上に置いておきましたから!」
「ん、そうだったね。がんばってね」
「はい! 帰りにおいしいパンを持ってきますから!」
「え、おいしいパンツ?」
ゴス! ゴス!
「ぐぬうう」
「違います! おいしいパンです! このくだり何回目ですかもう」
骨が揺れる音が体中全体を貫く。
(これは寝ぼけている俺が悪いんだ、これは寝ぼけている俺が悪いんだ。それとパンとパンツの言葉が似ているこの世界が悪いんだ)
「それじゃ、将大さんもバイト頑張ってください!」
そういって、ミミは足早に家を出て行った。
(……安全指輪、俺が身に着けていて本当に助かりました。アデアラさん。可能であればこのままお借りしていたいです)
安全指輪は俺が地獄にアルバイトをしていた時にアデアラさんから偶然貸してもらっていた指輪だ。
しかし、これはアデアラさんの彼氏から婚約指輪だったらしくて、返す前に天界に帰還してしまったのだ。通常、異世界の物は天界には持って帰れないが、この指輪はもともと天界で作られたものだった。そのため、天界でも無事に持ってくることが出来たのだ。
もう少し補足するとこの指輪はアデアラさんが大事にしているものだったのだ。仕事熱心なアデアラさんは本当に仕方なく貸してくれたようで、「ちゃんと返してください」と借りる時に言っていた。しかし返せずのまま帰還してしまう。
結果的にアデアラさんが闇落ちをして彼氏と「異世界わたり」を行って、俺を血眼で探しているようだ。
だから、俺がダリアさんのアルバイトをしている時も、俺が本当に異世界転生をした時もアデアラさんに命を狙われていることを危惧しなければならない。そして、もし見つかってしまったら……。
ダリアさん曰く「天界は異世界の上位の世界だから、ここにいる以上は安全よ」との事。だから、可能な限りこの天界で居座っていたいのだが、ミミを女神見習いから女神にするためには俺は異世界転生しなければならない。
いったい何が正解なんだろうか。
俺は布団から出て身支度を始め、ミミが作ってくれた朝食を頂く。
今日はコーンポタージュと、ミミがパン屋さんで作った試作品のオレンジの皮が練り込んである食パンだ。俺はちぎったパンをポタージュに付けて口の中に入れる。あまいコーンのスープの中に、オレンジの酸味がすっと溶けていく。
「おいしい……ミミ、また腕を上げたな」
俺は日に日に固くなる腹筋を見ながらつぶやいた。
◇ ◇ ◇
快晴や
ダリアさんのお店
「おはようございます! ダリアさん! 今日もアルバイトよろしくお願いします!」
「あ! 将大!」
いつもの通り、事務所の扉を開けると、ダリアさんがびくっとした声をして反応する。
「え……ええ。よろしくね、将大。それで今日なんだけれど……どう?」
ダリアさんが何かよそよそしく頬を若干赤らめながら俺に訪ねてくる。
「ごめんなさい、な、何がですか?」
ギッ!
ダリアさんが俺に視線を向ける。
「な! なにって私! 前髪切ったんだけどおかしくないですか! わからないの!」
ダリアさんが頬をさらに赤らめ、しかし眉はしかめながら自分の額を将大の目の前に寄せてきた。赤いきれいな前髪の先に見えるまなざしがギロリと俺の眼を刺す。
(こ、怖い……というか、違いなんて分からないよ)
「ほ、本当ですね……きれいですね……あはは」
俺は全く分からないのでどさくさ紛れのコメントをダリアさんに返した。
昨日のドラゴンレースのアルバイト以降、ダリアさんの表情がコロコロと変化する。俺がアルバイトをしている時にいったい何があったのだろうか。昨日も思ったが、彼女は俺がアルバイトをしている時には何をしているのだろうか。
「まあ、別にあんたに気づいてもらうために言ったわけじゃないんだからね! 勘違いしないでね! おバカさん」
その後、ダリアさんは態勢を元の状態に戻し、「すぅー」「はぁー」とながい深呼吸を終えた後、今度は落ち着いて「それじゃ、今日の仕事の内容を発表するわよ」と声をかけてきた。
「わかりました! よろしくお願いします!」
「じゃ、今日あんたが転生する異世界は……」
……
……
……
あれ?
……
……
……
いつもの音楽がならない! 『ダラダラダラ』っていうお決まりのリズムがないぞ!
……
……
……
何だろうこの虚無の時間、俺はあのリズムが恋しくなってしまった。
「ダラダラダラー」
……
……
「ダラダラダラー」
俺はいてもたってもいられず、自分で「ダラダラダラ」を始めた。そうそう、これだよこれ、やっぱり異世界に行く前にはこのリズムで「ダラダラしないとな」
……しーんと回りが静まり返る。
この様子に耐えられずダリアさんが「フフっ」とかわいらしく一瞬笑った後、再び目つきを悪くして俺に罵声を放つ。
「あんた馬鹿ね。あの音楽がならなるときは異世界に行ってもらう時よ。今回のアルバイトは異世界に行くのではなく、来てもらうのよ!」
「え、どういう事?」
「異世界懇談会! 略してイセコン! あなたにはその司会進行をしてもらうわ!」
なななな! なんだってー!
「す、すみません。ダリアさん。それじゃあ、『ダラダラダラ』は……」
「もちろん、異世界にいる転生者たちが今唱えているわ。今日は異世界に転生したばかりの転生者たちが、天界で意見共有を行う日よ!」
「そ、そんなぁ……」
ダリアさんの後半の言葉はどうでもいい。俺はただ、ダラダラダラを取られた! と悲しむのであった。




