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【1/13よりコミカライズ連載開始】婚約破棄され捨てられるらしいので、軍人令嬢はじめます  作者:


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違和感



夕暮れ、班ごとに火を囲んで地面に座りながら、粉末の珈琲が入ったカップを手にお湯が沸くのをジッと待っている。

今晩の夕食は砦で見たことのある固形の物ではなく、学舎の食堂で作られたサンドウィッチが二つ。塩漬けのハムが挟まれた固いパンは、味より量を重視されたのか大きめの物。口の中の水分がもっていかれるのでスープも欲しいところだが、野営地でそれは贅沢だろう。


「暗すぎないか……?」


日が沈みだすと辺りは一気に暗くなりはじめ、街とは違い街灯がないので火の側でなければ人の顔すら認識できないほど真っ暗になった。普段は軍の砦が置かれた街の中という安全な場所に居るから分からないが、こうして街の外に出て一晩過ごすことになって初めて暗闇が怖く感じるのだろう。


「枝は足りるのか……?」


背後から聞こえてくる力のない声に振り返れば、背を丸めて膝を抱えながら忙しなく周囲を見回しているビリーが……。

昼間はテントも火も隣なのかとぶつぶつ文句を口にし、仕方がないから面倒を見てやると胸を張っていた男が今は身を縮め怯えているのだから、そんなビリーの姿を目にしてシルが黙っているわけがない。


「……シ」

「ビリー、もしかして怖いの?」


遅かったか……と顔を片手で覆い、指の隙間から隣に座っているシルを窺えば、玩具を発見した子供のように瞳を輝かせ口角を上げている。

これはもう無理だと早々に諦め、フィンに入れてもらった珈琲を啜る。


「こ、怖くなどない!ただ暗いと口にしただけだ!」

「へぇ……あ、ビリー、後ろ!」

「うわあぁぁ……っ、おい……!」

「あはははは!」


火が弾ける音と虫の鳴く声しかしない。

野営地は街から近く、教員が複数人ついているとはいえ、街から初めて出た生徒達は緊張と恐怖で口数は減り、ビリーのように身を縮めている者が大半。

だから生徒の半数がビリーの叫び声に驚き、小さく悲鳴を上げている。

シルとビリーに背を向けて珈琲を飲んでいれば、斜め前に座っているフィンの口がパクパクと動く。二人を止めろと、口だけではなく目でも圧力を掛けられ、仕方がなくシルの肩を叩いた。


「シル」


平坦な声で名を呼べば、察したシルが直ぐに口を閉じる。

この時点で止めておけばよいものを、毎回やらかすのがビリーという男だ。


「セレスティーア・ロティシュの陰でやりたい放題とは、卑怯な奴め」


ふんと鼻で笑うビリーに対して、隣からも鼻で笑う声が……。


「心外だな。私はいつでもやりたい放題だけれど?」


そんなことを堂々と口にするシルにフィンが珈琲を吹き出し、セヴェリは額を押さえ項垂れている。


「何故いつもそう私に絡む!私の家は男爵家だぞ!」

「奇遇だね、私の家も男爵家だよ」

「音楽祭に出られないような田舎貴族と一緒にするな!」

「田舎って、王都から一番遠く離れた領地を治めているのはセレスの家だけれど?」

「セレスティーア・ロティシュは、伯爵家だ」

「でも、入学当初はセレスのことも田舎貴族って馬鹿にしていたよね?」

「は、話をすり替えるな……っ」


確かに田舎貴族だと言われたことがあるな……と頷いていれば、狼狽えたビリーが私へ顔を向けた。ジッと顔に穴が開くのではないかというほど暑苦しい視線に、私を巻き込むなと手を振って見せる。

一年も前の、それも世間知らずの子供がおかした間違いをずっと根に持つわけがなく、寧ろビリーはいつまで私をフルネームで呼ぶのかと、そのほうが気にかかる。


「兎に角、いい加減私に対する態度を改めてもらおう」

「でもさ、家がどれほど凄くても、ビリーは跡継ぎではないよね?」


家から出なくてはいけない貴族の子息なんて最終的には皆同じようなものだと、ケラケラ笑うシルは心底楽しそうだ。


「……このっ、え、おい、何だ!離せ!?」


ビリーは怒りで肩を震わせ唸り声を上げるが、同じ班の友人達に羽交い絞めにされシルから離されてしまう。そろそろ教員から注意が入りそうだったので助かった。

頭を下げるビリーの友人達へ親指を立てていれば、シルが火へ細い枝を投げ始めた。


「不貞腐れるな」

「セレスはいつもビリーの味方をするよね」

「味方をしたことなどないが?」

「私の名を呼んで止めただろう?普通は友である私の援護をするべきだよ」

「援護なんて必要ないだろう?誰が口でシルに勝てるんだ」

「ふふっ、誰もいないかも」


一年以上も側にいればシルの扱いくらい慣れてくるものだ。

機嫌を直したシルを眺めながら、そういえばもう一年以上も一緒にいるのに、シルやセヴェリのことをほとんど知らないと気付いた。


「兄弟がいると言っていたな?」

「ぇ、唐突だね……」

「実兄と母親が違う兄がいるとは聞いていたが、姉や妹はいないのか?」

「……初めてだよね、セレスがそんなことを訊いてくるなんて」


本気で驚いているシルに苦笑し、「そうだな」と呟く。

砦で訓練を受け色々と知った気でいたが、軍学校に入ってからも学ぶことが多く余裕がなかった。だから周囲の者達への関心は薄れ、親しい者ですらどういった人なのかと知ろうとすることもなくここまできてしまった。


「姉はいないけど、歳の離れた妹はいるよ。でも、存在しているだけで、実兄以外の兄妹とは仲がよくないかな」


手に持っている木の枝をパキパキ……と細かく折りながら眉を顰めて話すシル。これは大袈裟に言っているわけではなく本当に仲が悪いのだろう。


「実兄の力になりたくて軍学校へ来たと、そう言っていただろう?」

「そうだよ。兄さんは、賢くて、剣術の腕も良い。それに私よりも顔が良いから、他の兄弟に妬まれ足を引っ張られることが多い。だから、私が動くことにしたんだ」

「軍学校へ入ることが力になるのか?」

「なる……と言いたいところだけれど、どうかな。これしか他に私にできることがなかったんだ」

「大切な人なんだな」

「うん。いつも私を最優先に考えてくれる、とても優しくて大好きな兄だよ」


ギュッと寄っていた眉がへにゃっと下がり、とても嬉しそうな顔をするシルに驚いていれば、同じく驚いたのであろうフィンが「あれ、シルヴィオの偽者じゃ……」と口を滑らせた。


「フィンは本当に迂闊だよね?その口、要らないのかな?」

「えっ、だって、シルヴィオっていったら、こんな風にいつも嫌な感じに笑うから」


指で両目尻を引っ張って、ニイッ……と口角を上げるフィン。

ここにも毎回懲りずにやらかす男がいたのだったと、セヴェリと視線で会話したあと肩を落とす。ビリーとは違い、フィンはシルに一方的にやられることはないのでそのまま放置して構わないだろう。


フィンとシルの掴み合いが始まり、騒ぎを聞きつけた教員の怒鳴り声が野営地に響き渡るまで、セヴェリと二人で固いパンを噛みちぎり咀嚼し続けた。



※※※



演習の締め括りは野営での見張りとなる。

見張りとは言っても、バディと二人で二時間くらいを目途に交代で火の番をするというもの。たった二時間だが思っていたよりも疲弊するらしく、当分は短い時間で慣らしていくらしい。計四時間程の当番を生徒が終え就寝したあと教員が見張りへとつき、そこでやっと夕食にありつけるのだとドアン教員が苦笑していた。


各班から二名ずつ出し、初めはシルとセヴェリ、次が私とフィン。

疲れているのに目が冴えている所為で眠ることができず、結局二時間横になっていただけ。固まった身体を解しながらテントを出て、真っ暗で何も見えない状況に目を瞬いた。


「夜目が利かないと何も見えないな……辛うじて隣のテントまでか」

「僕は何も見えないけど……」


火がある周辺は見えるがその奥は全く見えず、火の番をするときは音や匂いといったものを警戒するように言われている。慣れればどうということはないらしいが、最初は各方面に無駄に注意を向け警戒するのだから疲弊するのも当然なのだろう。

そんなことをフィンと話ながらシル達の元へ向かうと、そこにはシルとセヴェリだけではなくドアン教員も居る。


「交代の時間です」


何か真剣に話し込んでいた三人はフィンが声を掛けるまで気付かなかったらしく、驚かせてしまったのか、振り返ったドアン教員の冷淡な眼差しにフィンが肩を跳ねさせた。


「すみません、あの、驚かせてしまいました?」

「いや……もうそんな時間だったんだ。話が弾んでいて気付かなかったよ。君達は眠れた?」

「疲れてはいるんですが、眠れなくて」

「初めはそんなものだよ。演習の回数をこなしていけばそのうち横になって数秒で眠れるから」

「数秒で……」


フィンがドアン教員と話しているのを横目に、振り返りもせずジッと静かに座っているシルの横に立ち、腰を軽く曲げ顔を覗き込んだ。

真っ先に話し掛けてきそうなシルが、何故かセヴェリと揃って黙ったまま微動だにしないので、まさか眠っているのか?と彼の顔を目にして息を呑む。


「……シル?」


火に照らされているシルの顔は奇妙なほど白く強張っていて、肩を掴み軽く揺らせば、ゆっくりと顔を上げたシルと目が合った。


「セレス……」

「どうした……?顔色が悪いが」

「暗いからだよ」

「火があるからハッキリと見えている。どこか具合が悪いのか?ドアン教員に」

「違うから」


強い力で腕を掴まれ驚いて言葉を失っている私に、シルが「大丈夫だから」と呟いた。

何かおかしいと、シルに顔を近付け「どうした?」と問い掛けるが……。


「……暑くて、だからだよ」


今にも泣きそうな顔でそう口にするシルの頬に手を当てると、暑いと言う割には身体が冷たく、微かに震えてすらいる。


「シル」

「何でもないから」

「だが……」


これでは埒が明かないのでシルの隣に座るセヴェリに視線を投げかければ、目が合った瞬間に視線を逸らされてしまう。絶対に何かあったと語っている彼等の姿を目にして、大丈夫だという言葉を信じるほど私は愚かな人間ではない。


「シル、頷くだけでいい。何かあったのか?」

「……」

「シル」

「どうかした?」


私の腕を掴む力は緩まず、何かを言い掛けては口を閉じるシルの目を見つめていれば、ドアン教員に肩を叩かれ顔を上げた。


「シルの具合が悪いようなのですが」

「具合が?それなら直ぐに軍幕へ。セヴェリーノも一緒に」


ドアン教員がシルを支えよう手を伸ばした瞬間、掴まれている腕の力が増した。


「……シル」

「軍幕へ戻るよ。ドアン教員、手を貸してもらっても良いですか?」

「勿論。肩に腕を回して」


掴まれていた腕に触れ、ドアン教員に付き添われ軍幕へ戻って行くシルとセヴェリを眺めながら、隣に立ったフィンに「何かあったようだ」と小声で伝える。


「そうみたいだけど……何が?」

「さぁ……教えてくれなかった」

「ただ機嫌が悪いのとは違うみたいだけど」

「具合が悪いのとは違う気がするのだが」

「……」

「……フィン?」


シル達が座っていた場所に座り込み、自身の膝を指で軽く叩きながら虚空を見つめるフィンに声を掛けると、「もしかして」とパンと手を叩いた。


「野営地に着いて、僕とシルヴィオが罠を見ていたでしょ?そのときに、ドアン教員がシルヴィオに耳打ちしていたんだ。確か、そのときも今のようにおかしかった気がする」

「シルにだけ耳打ちを?」

「そう。それからは一言も話さなくなっておかしいなとは思ったんだけど、ドアン教員は普段通りだったから……」


罠のときと、今も、おかしなシルの側には必ずドアン教員が居る。

先程も三人で何か話していたようだが、ドアン教員が原因であのような状態なのだろうか?


「ドアン教員とシルが顔を合わせたのは、演習前が初めてだった筈だが」

「よく知らない人は嫌だって言ってドアン教員の情報を集めていたから、前以て知っていたわけではないと思う」

「生徒に親しまれている教員なのでは?」

「その筈なんだけど」


考えても分からず火を見つめながらフィンと唸っていれば、近くから咳き込む音が聞こえてくる。少し前から何度か聞こえてはいたが、それどころではないので敢えて無視をしていたのだが。


「……風邪か、ビリー?」

「一言目がそれか……!」

「あれ、ビリーは先に見張りだったから軍幕に戻って眠る時間でしょ?交代したら早く戻らないと」

「……っ、だから、軍幕に戻る前に忠告しにきたんだ」


風邪でないのならその咳は何だ?と横目で睨むと、ビリーは周囲を見回したあとサッと私達の背後にしゃがみ込み、「いいからそのまま聞け」と声を潜めて話し出す。


「火の番をしていたときにシルヴィオとセヴェリーノが揉めていた。理由は分からないが、苛立っていたシルヴィオをセヴェリーノが宥めているような感じだったが……」

「それで」

「暫く無言でいたと思ったら、シルヴィオが立ち上がって軍幕とは逆方向へ歩き出したんだ」

「持ち場を離れたら罰があるって……」

「だから私が追い掛けた。何度か名を呼んだのに、聞こえていないのか、聞こえないふりをしていたのか、森がある方へ歩いて行くので首に腕を掛けて止めた」

「お腹が痛くて急いでいたとか?」

「腹痛だとしても持ち場を離れるときは教員の許可が必要だ。怒りにまかせてそんな行動に出たのか、興味本位で森へ向かったのか、あいつはよく分からないところがあるからな。ただ、何かあれば班の連帯責任となる。気を付けて見ておくか、本人にしっかり注意しておくことだな」


まさに忠告だと頷き、振り返って「ありがとう」と感謝の言葉を口にすれば、口をパカッと開けたビリーが態勢を崩し地面に尻を打ち付けた。


「ビリー、凄く変な顔になっているけど」

「……へ、変なわけがあるか……っ、見るな」

「顔が真っ赤だけど」

「赤くない……!」


バッと立ち上がり言葉を言い放って駆けて行くビリーに手を振る。


「フィン。最近シルに似てきたぞ」

「え、嫌だ……」


心底嫌そうなフィンの声に苦笑し、明日の朝にでもシルとセヴェリを問い詰めようと決意した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 尊い!尊すぎる!!! 皆可愛いしやり取り面白いし好き。本当に。 ビリーとシルのやり取り好き!フィンも! シルのふにゃっとした笑顔なんて尊すぎるでしょ。見たい。 ちょっと不穏な空気に……。やっ…
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