ミラベルの計画
学園の校舎から出て少し奥へ歩くと見えてくるメインガーデン。
此処は、庭園に置かれた横に長い椅子に座って読書を楽しむ者や、常に綺麗に整えられた芝生の上に転がりお昼寝する者など、一人で静かに過ごしたい者達が自然と集まって来る場所。
そのメインガーデンへ続く石の階段の横には、ピンクや白、薄い紫といった小さな可愛らしい花に囲まれた二人掛け用の白い長椅子が置かれている。
まるで景色の一部のような、誰もが一度は目を奪われるほど素敵な空間。
「おかしい……絶対に、おかしい……!」
そこには、初めから景色の一部かのようにピタリとマッチしている愛らしい少女が長椅子に座り、鋭い眼光で正面を睨みつけていた。
時折そんな少女に気付き驚く者もいたが、ほとんどの者達は何故かその姿すらこの場所に合っているような錯覚を覚えてしまう。
それもそのはず、ゲームではこの長椅子にヒロインと攻略キャラが並んで座る仲睦まじい様子のスチルが多く、一人で座っているときは攻略を手伝ってくれるお助けキャラと知り合えるという、まさにヒロインの為に作られた空間だからだ。
「……っ」
各攻略キャラとの身分差や歳の差、彼等の婚約者や周囲からの圧力、それらを乗り越えハッピーエンドを迎える為に絶対に必要なお助けキャラは、確実に今此処で捕まえておかなくてはいけない。
例えば、フロイドだったら彼と同じ王太子の側近メンバー、他国の第三王子なら王都にある宿屋の店主など、攻略キャラの身近にいる者達や師弟関係、家族の中にもお助けキャラが存在する。
「レナートだったら楽だったのに……」
第二王子であるレナートだけは少し特殊で、彼を攻略したいなら兄であるルドウィークの好感度をただひたすら上げれば良いだけ。ルドウィークを攻略していれば勝手に向こうから好意を持って近付いてくる棚ぼたキャラである。
「……学園に居ないけど」
フロイドやレナート、その他のキャラとは違って、身分も学年も違うルドウィークとは学園内であってもそう簡単に鉢合わせることはない。
なので、顔を合わせることすら難しいルドウィークとのイベントを起す為には、繋ぎ役が必要となる。
その私にとって重要人物である人間の地位を考えれば、本来ならこんな所で会えるような人ではないのに、ゲーム通りなら騎士科の訓練場への近道となるこの場所で出会えてしまう。
時期も時間も間違いなく、ゲームと同じように白い長椅子に座って全方位に集中して待ち構えているのに、一向にその人は姿を見せない……。
「何よ、コレ。全然、全く、話が違うじゃない!」
今年の春に学園に入学して、これからあの素敵な学園恋愛ゲームが始まると思っていた。
それなのに、入学式で新入生代表の挨拶をする第二王子の姿はなく、彼の代わりに壇上へ上がったのは伯爵家の子息というモブ。
王太子殿下に侯爵家の子息、代々騎士の家系である伯爵家の子息に、王都で一番大きな商家の息子。これらの攻略キャラは学園に居るのに、たった一人、第二王子だけが居なかった。
どういうことかと各クラスを覗いて確認したあと、教員室へ走ったのは記憶に新しい。
『第二王子殿下もご入学されると聞いていたのですが』
ロティシュ家の名をちらつかせて尋ねれば、レナートは学園ではなく軍学校へ入学したと言われた。
フロイドとは会う機会が減り、使い勝手の良かった侍女はセレスティーアにクビにされ、当主であるバルド伯爵に明確に線引きされた。その所為で、貴族であれば誰でも知っているような情報が入ってこない。
レナートが居ないなら仕方がない。ルドウィークを攻略すれば自然と彼も手に入る。
だったら……と、お助けキャラを使って直ぐにルドウィークの攻略を開始するべく、手作りのお菓子を持参してずっと長椅子に座っているのでお尻が痛い。
「もう、まだなの……?」
身分の高い王太子との接点をつくり、ヒロインの後ろ盾となる人。
現国王を支え続けてきた騎士団長であり、由緒ある伯爵家の当主アイヴァン・ツェリ。
騎士団を引退する直前まで学園の騎士科に顔を出していたツェリとは、ヒロインがセレスティーアとその取り巻き達に虐められ此処で静かに泣いていたときに出会う。
この道を通る度に泣いているヒロインが気に掛かったツェリは、ハンカチと甘いお菓子をヒロインに差し出した。時間を合わせたわけでもないのに毎日此処で楽しくお喋りを楽しんでいたヒロインとツェリは、次第に孫と祖父のような関係になっていく。
ツェリが騎士団長だと知らなかったヒロインは、ある日、王太子を連れて来たツェリに素性を明かされ驚くことになるのだけれど、コレが王太子とのイベントで、これさえクリアすればあとは何とでもなる。
初恋の少女を気に掛けながらも声を掛けられなかったルドウィークは、時間を見つけては此処に居るヒロインに会いに来る。
休日には顔を隠して王都を散策したり、人気のないメインガーデンの片隅でピクニックをしたりと、何度も二人だけで会って好感度を上げるだけ。
だからはりきって待機しているのに、二日、三日、一週間と経ってもアイヴァン・ツェリは現れない。既に日は傾き、騎士科の授業なんてとっくに終わってしまっている。
「此処じゃないのかも……そうよ、私が間違えたのよ」
長椅子を爪で引っ掻き、パキッ……と鳴った小さな音と共に指に痛みが走る。
けれど、そんなことを気にする余裕もなく、入学式のときのように教員室へと走っていた。
※
「……え?あの、軍学校、ですか?」
廊下で教員用の寮へ戻る先生を捕まえ、前置きなど一切なくアイヴァン・ツェリについて尋ねてみれば、彼はゲームより数年も早く騎士団を引退して領地へ引っ込み、今年から軍学校で教員をしていると言う。
しかも、それは私が知らなかっただけで、この国の民なら誰もが知っていることだと逆に驚かれてしまった。
「こんなことなら、まだ切るんじゃなかった……!」
貴族は社交を通じて情報を得るもの。
外に出る男性とは違い、家の中を取り仕切る女性はお茶会や夜会といった社交の場であらゆる情報を集めている。それは大人になってからではなく、幼い頃から息を吸うように行っていることで、私だってそうやって生きてきた。
でも、男爵家だったときにあった交流は、ロティシュ家の養女となったときに全て切ってしまっている。
家柄が違えば利用価値もなく、私が欲する情報など持っていないから。
社交の他にも情報源はある。
国が運営している新聞社があり、有事や祝い事の際に新聞が発行されているので、現国王を支えてきた騎士団長が引退したときにはきっと新聞が発行されたはず。
でも、新聞は当主や跡継ぎではない女性が読むものではないという風潮の所為で、私や母が気軽に手に取れるような場所に置かれていない……。
「何よ、軍学校って……!王族と騎士団長が、態々辺境の地で何をするのよ。そんなの、ただの左遷じゃない!断りなさいよ!」
またストーリーを捻じ曲げられた。
私は馬鹿ではないから全て分かっているのだと、邪魔さえしなければ恩情だってあげるのだと……そう言ったのに。
「遠くにいても邪魔ばかりするのね、セレスティーア……!」
目的地に向かって廊下を歩きながら、苛立ちを発散するように何度か壁を蹴る。
今日の授業は終わり、学園内に残っている生徒は特定の生徒のみだからこそ愛らしいヒロインの仮面を付けなくてもいい。
「悪役もお助けキャラも居ないなんて、どんなクソゲームよ」
折角ルドウィークとの一目惚れイベントを成功させたのに、彼の攻略に必要なレナートとツェリが居なければ他のイベントが発生しないかもしれない。
焦りと憤りを振り払うように顔を横に振ると、真っ白なテーブルと椅子が沢山置かれたテラスが目に入った。
上級貴族が小規模なお茶会を開くときに使うテラス。
平民は勿論、下級貴族も招待されることはないので一度も入ったことがない。
「本当なら、あそこにセレスティーアとその取り巻き達が居たのよね……」
各テーブルには色鮮やかな花が飾られ、丸くて可愛らしいグラスには果物が添えられたアイスティー。季節に合わせて演出された凝ったケーキやお菓子が並び、そこには裕福で華やかな少女達。
学園にセレスティーアは居ないけれど、彼女の取り巻き達は健在している。
確か、四、五人いた取り巻き達は全員伯爵家の娘達で、フロイドやその他の目立つキャラ達に好かれるヒロインの存在を疎ましく思い、セレスティーアに命令されなくてもかなり過激な虐めを仕掛けてくる。
だから、入学した当初はその伯爵家の娘達を悪役に仕立て上げることにした。
元男爵家だが今はロティシュ家の養女。その肩書はとても大きく、この学園内では私も上位層に位置している。その私が、身分を問わず誰とでも親しくなり、優しく、笑顔を絶やさない少女を演じれば、ゲームと同じように愛されるヒロインとなる。
私に群がる人達の中には伯爵家の子息や子女もいるので、興味本位で近付いてきた彼等には「養父様にはとても良くしていただいているのだけれど……」と匂わせ悲しげに微笑むだけでいい。ゴシップが大好きな貴族達はいつものように勝手に妄想を膨らませ、さも真実かのように吹聴するのだから。
入学してから三ヵ月ほどかけて下地を作り、あのテラスでお茶をする少女達が眉を顰めたくなるほど目立つ存在となった。あとはセレスティーアの代わりとなる取り巻き達の登場を待つだけだった、のに……。
「眼中にないって、どういうことよ……」
取り巻き達とは学園内で何度か目が合ったが敵意も悪意も見えず、テラスの側で態と騒いでみてもただ一瞥されただけ。私の存在なんて全く眼中になく、まさかの景色扱い。
はっ……と鼻で笑い、テラスから顔を背けた。




