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最初のつかみが大事です


砦の存在は知っていたが訪れるのは初めてだった。

極寒の地という土地柄、春先だというのに此処はまだとても寒い。


軍の関係者用に造られた街は小さいと聞いていたが思っていたよりも大きく、活気があり発展していた。

砦の中は広く、王城とまではいかないが用途によって各区画にわけられきちんと整備されている。


「……うっ!」


石積みの城壁にある門を潜り抜け御爺様の後ろを歩きながら周囲を見渡していると、立ち止まった御爺様の背中にベシッ……と顔をぶつけてしまった。


「……珍しいのはわかるが、転ぶぞ?」

「はい。すみませんでした」

「埃を落としてくる。その部屋で待っていろ」


階段を上がった先にある扉を指され、護衛と侍女を連れ部屋に入った。

客室なのか、暖かくされた室内には貴族の家と遜色ない高価な調度品が置かれている。

内装は御爺様の趣味なのか全体的に淡い色合いで、此処だけ見れば砦の中だとは思えない。


――コンコン……。


ソファーに座り大人しく待っていると数度扉が叩かれたので返事をする。

侍女が開けた扉の向こうに立っていた人を目にし、緊張がとけ嬉しさが込み上げた。


「ルジェ叔父様!」

「久しぶりだな。父上が戻るまで俺とお茶でもしていよう」

「まぁ……叔父様がお持ちくださったのですか?」

「可愛い姪の為だ。ようこそ、ランシーン砦へ。暫く見ないうちに大きくなったなぁ……」


紅茶とお菓子を持って来てくれたのはお父様の弟であるルジェ叔父様だった。

慣れた手つきでテーブルのセッティングをした叔父様は私の隣に腰を下ろし、微笑みながら頭を撫でてくれる。


「御爺様も叔父様も全然顔を見せに来てくれませんから」

「父上の暴走を抑えるのが俺の仕事だから此処を離れるのは厳しい。それに、長年此処で暮らしていると王都が怖くなる……!」


両手で肩を押さえながら怖いと口にする叔父様が可愛らしくて思わず笑ってしまった。

伯爵家でありながら騎士ではなく軍人になった御爺様も叔父様も、仕事に誇りを持ち楽しく過ごしているのだろう。


説得するのが二人になったことに内心頭を抱えながら、御爺様が戻るまでどう話そうかと考えていた。



「待たせたな……って、ルジェもいたのか」


ノックもなしに開かれた扉に叔父様が文句を言う前に、呆れた声を出した御爺様が濡れた髪をタオルでガシガシと拭きながらテーブルに置いてあるクッキーを摘まむ。


「父上……いくら身内とはいえ、淑女の前です。上着くらい羽織ってください」

「面倒だろ。暑いし、な?」


御爺様から同意を求められ苦笑しながら頷いた。

お風呂上りだとしても決して暑くはないと思う。寧ろ湯冷めして風邪を引かないか心配なほどだ。


「訓練の途中に門番からセレスティーアの身元確認の伝令が来て抜けたから汗を流していなかったんだ。悪いな」

「いえ」


私は首を左右に振ったが、ルジェ叔父様が「老人の半裸なんて誰も見たくない」と呟き正面からタオルが飛んで来た。そのままソファーに置いてあったクッションが投げられ親子、又は上司間の小さな喧嘩が起きている。


御爺様の身体には所々に傷痕があり、目を細めてみなければわからないほど薄いものもあれば、剣で斬られた痕だとハッキリとわかるものもある。

軍人故のものなのか……過酷な仕事だと思うが恐怖はあまりない。


それでも、決心が鈍るまえに話してしまわないと……。


「で、何があった?」


投げ返されたタオルを肩にかけソファーに身を沈めた御爺様と、少し髪が乱れたルジェ叔父様からの視線が突き刺さる。


「セレスティーアからの手紙が届いたのは昨夜だ。で、その翌日の昼には街に入っていた。事前に準備していたか、又は逃げ出すように家から出て来たのか……」

「俺も驚いた。王都から此処までかなり距離があるだろ?まさかもう街に居るなんて思いもしなかった」


家出してきたのかと思われているのだろうか?

まぁ、確かに家出のようなものに近いとは思うのだけれど……。


「お手紙を出して直ぐに出発しましたから」

「よくバルドが許したな……」

「お父様にはきちんとお話ししてあります。ですが、恐らく滞在予定は長くても一月程度だと思っているかもしれませんが……」

「……待て、暫くと手紙にはあったが、いつまで滞在する予定なんだ?」

「そうですわね……」


右手を持ち上げ、ゆっくり指を折り曲げていく。

四本目の指を折り曲げた辺りで、若干嬉しそうだった御爺様の顔色が変わり、隣からはルジェ叔父様の「……え?」という声が聞こえてきた。


そっと手を戻し、真っ直ぐ御爺様の顔を見ながら口を開く。


「ざっと、七年くらいでしょうか?」

「……ぁ?」

「……七年……ぇ?」


天井を見上げる御爺様と両手で顔を覆うルジェ叔父様。

無言になってしまった二人を横目に、良い香りがする紅茶を口にする。


(うん。冷めている)


多分、夕食の時間は遅くなるかなぁ……と、このあとのことを考え気力を補給すべくクッキーにそっと手を伸ばした。




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