仮初の騎士
「寮への道はあっているのか?」
「恐らくは、門で渡された紙にはこの道を通るよう書いてあります」
「見知らぬ土地は色々と不便だな。やはり事前に来るべきだった」
「馬鹿なことを。王都からこの街までどれほど時間が掛かったのかお忘れですか?」
「だが、道すら把握できていないのは問題だろう?」
「早急に先に入った護衛に情報を貰うべきですね」
「寮に入った護衛は?」
「下働きとして入った者が五名ほどかと」
「少なくはないか?」
「此処は学校とはいえ元軍人達の巣窟ですよ?彼等が皆護衛だと思えば多いくらいです」
「それはそうだが」
門から学舎までの並木道とは違い寮へ続く道は随分とこざっぱりしたものだった。舗装された道の草木は短く刈られ、花の一つも咲いていない。遠目に見える建物は想像していた規模よりも大きく、それほど不便なことはないだろうと安堵し、道を頭に叩き込みながら寮へ向かっている。
「ヘイルの同室は誰になるのでしょうね?」
「他人事だな」
「勿論」
ヘイルは各自に手渡された寮の自室の鍵を握りながらスノーに向かって目を細めた。
寮では身分関係なく二人部屋と定められている。予め説明を受け了承していた三人は門の前で受け取った鍵の番号を確認し、そこでヘイルだけが肩を落とす結果になったのだ。
「部屋が別れたとはいえ、隣の部屋ではないですか」
「同室者が大人しい者なら良いのだが」
「ヘイルは口下手ですからね」
「母上が私や父上の分まで話す人だからかもしれない」
確かにと頷いたスノーは慰めるかのようにヘイルの肩を軽く叩き、無言で前を歩くレナートを見つめた。
現国王派筆頭であるロティシュ家。伯爵家とはいえ上級貴族と同等の地位と権力を与えられ、軍を掌握している軍事貴族。フィルデ・ロティシュの孫娘であり次期当主であるセレスティーア・ロティシュはそこに居るだけで人を圧倒し、周囲に勝手に影響を及ぼすような人物だった。そのセレスティーアと別れてからレナートは沈黙を貫き、前を見据えている瞳は酷く冷たい。コレが普段のレナートであり、先程目にしたレナートは幻だったのではないかと疑いたくなるものだった。
トーラスへ来る道中もどこか冷めた目で感情の起伏などなく、常時とは全く違うレナートの姿にスノーとヘイルも混乱しながらも必死に頭の中で修正を行っていた。
レナートは兄であるルドウィークとセレスティーアの前でだけおかしくなるのだ、と。
「とても素敵な方でしたね」
学校関係の話題にはピクリとも反応せず興味の欠片すら見せないレナートに、これならどうだとスノーがセレスティーアの話題を振った。
足は止めないが軽く振り返ったレナートに笑みを浮かべ、スノーは話を続ける。
「小さな令嬢達の見本と称された方なだけあって、立ち姿や所作がとても美しいものでした」
レナートは兄であるルドウィークから聞くまでセレスの存在を知らず、砦で初めて顔を合わせ一緒に生活するうちにその為人に惹かれたのだ。セレスに関してなら何を食べ、何に興味を示したといった些細なことですら知りたいレナートは、どういうことかとスノーに視線を流した。
「成人前の幼い子供達は両親と共に社交を行います。そこでは必ず歳が二つか三つ上は上の者達を手本にするよう言い含められるのですが、その手本としてよく名前を上げられるのがセレスティーア嬢でした。彼女の礼儀作法は余りにも完璧だといった噂が流れ、その姿を実際に目にした大人達が娘に……といった流れでしょうか」
「随分と詳しいんだな」
「我が家のお姫様も母から言い含められていましたから」
「スノーの妹はまだ三つではなかったか?」
「はい」
「手本とはいえ歳が離れすぎでは……」
絶句するヘイルを余所に、スノーは言葉を挟むことなく黙って小さく頷いたレナートを窺い、若干だが纏う空気が緩んだことを確認し尚も話を続ける。
「完璧な淑女を求められる貴族の女性に手本とする年齢は関係がないのでは?それに、彼女はヘイルが憧れている女傑の孫です」
「あの方の孫なのだから手本とされるのは当然のことか……」
「入学して一年も経たずに実地訓練に入るほど腕も立つのですから、ロティシュ家は安泰ですよね」
随分と昔、大衆向けとして書かれたロマンス小説が流行した。とある貴族が題材となっているのが分かるほど露骨に書かれたソレは一時期高値で取引されたほど。
国の為に貴族でありながら戦場へ赴いた夫の代わりに、伯爵家当主代理を務めながらも社交界を牛耳っていた女傑の物語は誰がモデルとして書かれたのかは一目瞭然で、民衆にまで広まった前ロティシュ家夫人の為人は今でも世代を問わず称賛されている。
だからこそ、そのように有名な祖父と祖母を持つセレスティーアは常に厳しい目で見られ完璧さを求められるのだから、さぞかし生き辛いことだろうと会ったこともない彼女をスノーは憐れんでいたのだが……。
「セレスは凄い人だから」
正にその一言に尽きる。
アレは誰かに同情や憐みを向けられる類の人間ではない。
同意するようにスノーとヘイルが頷くと、自身が褒められたかのように嬉しそうにレナートは微笑んだ。その姿を目にしたスノーとヘイルは互いに顔を見合わせたあと小さく吹き出し、心なしか足取りが軽くなったレナートの横に並び寮に着くまでずっとセレスティーアについて話を弾ませた。
※
レナートは警戒心が強く人の悪意に敏感で、身内という枠に入っていない者に対しては酷く冷淡な対応を取るが、それらは全て彼なりの自己防衛だ。
「……」
だから、寮の広い玄関口に立ち無言のまま蔑むように冷たい瞳を周囲へ向けてはいても、内心では不安で心臓をバクバクと鳴らしていることだろう……とスノーとヘイルは勝手に解釈している。
側近である二人ですらレナートと深く付き合うまでは、彼は傲慢で冷たい人間なのだと勘違いしていた。それくらい彼のあの瞳と纏う空気は高貴だが酷く恐ろしいものなのだ。
「コレでは見世物ですね」
スノーの低く威圧的な声に玄関口に集まった生徒達は唾を飲み込み、彼等から目を逸らしたくなる衝動を必死に堪えながらも高貴な存在を目に焼き付ける。
王族というものは下級貴族にとっては雲の上の存在であり、平民からすれば空想上の生き物と大差ない。そのような特別な人間とこれから数年間生活を共にするという幸運を掴んだ者達が感情を高ぶらせ、礼儀やマナー、配慮といったものを全てかなぐり捨てた結果、こうして見世物小屋が誕生した。
彼等の気持ちは分かる。
だが、このままでは寮の部屋へ向かうことも、彼等に挨拶をすることもままならない。
スノーが横目でヘイルを窺えば、彼も同じことを思っていたのか頷き返す。
ヘイルがレナートを背に隠すように前に立つのを確認し、集まった生徒達を解散させる為に息を深く吸い込み声を張り上げようとしたスノーは、その直前でゆっくりと息を吐き出した。
「コレはどういうことだ……?」
「これから共に生活する学友を歓迎するにしては、少し大袈裟だな」
正面の階段から生徒達を退けて下りてくる二人組。似た顔立ちからして兄弟なのだろうと察したレナート達は大人しく生徒達を窘める彼等の行動を見守る。
「とんだ歓迎の仕方だな。用が無い者達は直ぐに部屋へ戻れ」
「敬愛する殿下に顔を覚えてもらいたいのであれば、このまま静かに此処から離れるように」
眉を顰め威圧する少年とは対照的に、優しく言葉を掛ける少年。
二人が階段を下りきる間に玄関口に集まっていた生徒達の大半が部屋へ戻って行く。
「寮長は別に居るのだが……まぁ、察してくれると嬉しい。寮長代理を務めることになったロベルト・ロティシュだ」
「弟のリアム・ロティシュだ」
寮長代理と聞き、この二人が寮で一番身分が高いのかと目の前に立った少年達をひっそりと観察していたレナート達は、彼等が口にしたロティシュという言葉に目を見開いた。
「二人はロティシュ家の者なのか?」
「あれ、セレスから聞いていないか?俺達は彼女の従兄弟なのだが」
「従兄弟が軍学校にいることは聞いていたが」
「それなら良かった。寮で何かあれば俺達を頼るように」
レナートはポンポンと優しく頭に触れたロベルトを見上げたあと、その隣に立つリアムに視線を移す。濃いグレーの髪に薄っすら赤い瞳、セレスティーアというよりはフィルデと似た容姿。彼等がロティシュ家で、当主となるセレスティーアを補佐する人間であるなら安全なのだと、あっさりと警戒を解いたレナートは二人に向かってふにゃっと表情を緩め愛らしい笑みを浮かべた。
「警戒され過ぎるのは良くないが、セレスの名を出しただけでコレはどうなんだ……?」
「セレスの家族だからだろう。その辺りは俺達が関与する部分ではない」
「それもそうか……」
第三王子が誕生して以降、正妃と側室それぞれの派閥が水面下で動きその余波をもろに受け、毒殺から暗殺未遂と身近な人間に裏切られ度々危険にさらされたレナートは気難しい子だとロベルトとリアムは祖父から聞いていた。安心して身を寄せられる者は少なく、その少ない人間の内の一人がセレスティーアだとも。
なるべく配慮するよう心掛けてはいるが、あと数年で卒業する二人がセレスティーアと同等の信頼をレナートから得るのは難しいだろう。
それでも、姿勢を正しキラキラした瞳で見上げられては可愛くてしかたがない。
全力でレナートを助けようと決めた二人は背後を振り返り、誰かを探すかのように右から左に顔を動かし、先に目的の人物を見つけたロベルトが手を上げながら声を掛けた。
「ビリー!」
「ふへっ……!?」
学舎ではパッとしないが寮では二年代表のような立ち位置にいるビリー。
家柄も良く容姿も悪くないので、ロティシュ家の者達さえ居なければ今頃生徒達に羨望の眼差しを向けられていただろう。
だが、現実は甘くはなく、何かにつけてセレスティーアに挑み敗北するビリーは生徒達から憐みの目を向けられているのが実情だ。
「……何故、私が?」
ロベルトとリアムとは特別仲が良いわけでもなく挨拶する程度。一度だけ寮内で擦れ違ったときに肩を叩かれ「頑張れ」と言われたが、未だに何に対してのことか分からないまま。
取り敢えず呼ばれたからには急がなくてはと階段を下り、まだ半数は残っている生徒達が一心に視線を注いでいる集団へ恐る恐る近付いた。
――このあと、自身に襲い掛かる悲劇など知らないままに……。
「セレスに近しい者の方が良いかと思ってビリーを呼んだ」
爽やかにそう言い切ったロベルトとは真逆に、ビリーは怪訝な顔で首を傾げた。
「彼はビリー・ヒュートンだ。セレスとは同じクラスで」
説明を続けるロベルトの側で黙って立ったまま、ビリーは近しい者とはクラスが同じ者のことかと小さく頷いたのだが……そんな者なら他にも居るだろうとまたしても首を傾げる。
「セレスを陰ながら支え、擁護する、セレスの騎士……?のようなことをしている、軍学校の生徒公認の騎士だ」
「はいっ……!?」
騎士とは何だ!?生徒公認とはどういうことだ!といった意味を込め叫んだビリーは、突如襲い掛かった冷気に肩を震わせた。
「セレスの、騎士……?」
物凄く低く冷たい声を発したレナートへゆっくりと顔を向けたビリーは、寮へ入って来たときの比ではないくらい冷たい眼差しと明らかに自身に向けられている敵意にビシッと動きを止めた。
「……っ、ふっ、っ」
違う、騎士になった覚えはないのだ!と説明したくとも、口から出るのは情けないほど掠れた小さな声。
「セレスのバディはビリーだろう?」
まだ決まっていないし、そのようなことは一度もハリソンから言われていないのだとビリーは必死に首を左右に振るが、目をカッと見開いたレナートの敵意は強まるばかり。
コレは何だ、日頃セレスティーアに絡む仕返しなのだろうか……!?と涙目のビリーをスノーとヘイルは憐れむが、消えることのない火の粉を避ける為にそっと視線を逸らした。




