不信感
昨年軍学校に入学した貴族は伯爵家から男爵家まで、例年を遥かに上回る十五名という型破りな人数を記録する。
軍事貴族の家の者や子爵家程度ならば然程珍しくはないが、元帥の孫から富豪の男爵家の愛息子、他にも他国出身の祖父を持つ成金男爵家と毛色は豊富で、それに加え騎士団長であったツェリ前伯爵が講師として軍学校に遣って来るという異例の年であった。
事前に提出されていた書類を捌いていた事務の者達はあまりの面子に頭を抱え、即座に軍学校の運営陣の元へ報告に向かったという。
志や環境が全く違う貴族と平民は決して交わることはなく、祖父や親か親類が軍関係者ならまだしも、そういったことと関係なく生きてきた貴族が軍学校へ入学してくる。
軍学校では実力主義を徹底しているのだが、ソレを貴族は理解できるのだろうか?と考えた運営陣は、新たに特別クラスを設け他クラスとは授業内容や進行速度を変えて一年間様子を見ることにした。
結果、多少揉め事はあったもののどれも子供の喧嘩のようなもので、想像以上に上手くいったと運営陣は胸を撫で下ろしていた……のだが。
夏が終わる頃、珍しく軍学校に訪れた元帥から手渡された書類を受け取った運営陣は、その書類を読み膝から崩れ落ちた。
昨年よりも貴族の入学者が増えるであろうことは予想されていた。
だが、精々男爵家程度の者達で、伯爵家やその上の家柄の子息達はナイだろうと高を括っていたのだ。
それなのに、明年は貴族どころか伯爵家の側近を連れ、この国の王族である第二王子殿下が入学されると……詳細が事細かに記された用紙を突き返したい衝動にかられたが、持ってきた人物を視界に入れた直後、運営陣は泣く泣くソレを受け入れることとなった。
門で渡された案内書を手に興奮した様子で入学式が行われる会場へ入って来る新入生達。
堂々としている者も居れば、頻りに周囲を気にして視線を彷徨わせる者も居る。まだあどけなさの残る新入生達を見つめ、自身のときもあのような感じだったのかと壇上横から会場内を眺め苦笑した。
「セレス、何か面白いものでもあった?」
「ただの入学式に面白いことなどないでしょう?」
私の右肩に顎を乗せたシルが会場内に目を向け「初々しいね」と口にすると、頭上では「一つしか歳は変わりません」とセヴェリが真面目に答えた。
会場内からは見えないようしゃがみ込んで話す私達の背後では、現役軍人が教員達と待機し入学式が始まるのを待っている。
本来在校生は入学式を行う会場には近付けないのだが、私達三人は会場の設営準備を暴君ハリソン教員から押し付けられ今に至る。
まぁ、元々見学できないか頼む予定だったので丁度良かったのだが……。
「居た」
既にある程度埋っている座席に目を凝らし、目的の人物を壇上前の席で見つけ小さく声をあげた。
「んー、何処……って、うわぁ、目立つね」
「セレスが言っていた通り、聖書に描かれた天使のような容姿ですね」
「末端の貴族や平民は間近で王族を見る機会がないから、アレを見たら驚くよね。見て、皆の顔。凄く面白いことになっているよ?」
「本人は見られていても気にしていないようですね」
「普段からあの状態なら慣れるよ」
音楽祭のときよりもレナートが大人びたように感じるのは、肩下まであった金の髪が短く切られているからか、それともただ単に顔つきが変わったのか。
どちらにしろ、男らしいというよりは王妃様譲りの美貌に磨きかかかり、その辺の令嬢達より遥かに美しいだろう。
「このまま成長してくれれば良いのだが」
「え、セレスのソレ何なの?親目線?」
「訊くだけ無駄です」
「セヴェリはセレスのことになると諦め早いよね」
耳元で騒ぐシルを退かそうと肩を動かすが、お腹に腕を回されて固定されたので足を踏む。それでも離れないシルと静かに交戦していれば、背後から「お前等、そろそろ大人しくしろ」と怒られピタッと動きを止めた。
式は昨年と変わらず淡々と進む。
凛とした面差しで壇上を見上げていたレナートは、現役軍人が黒いリュックを掲げ中身を説明しだすと足元と軍人を交互に見て目を丸くして驚いている。
「もうすぐ終わりそうだけど、設営準備って片付けも含まれているのかな?」
「何も言われていないので私達には関係がありません」
「そうだよね。じゃあ、早めに昼食を取って訓練場に行く?」
「通路が混む前に出ましょうか」
「セレス」
今行われている配給物資の説明を終えたら式は終了し新入生達は寮へ移動する。
その前に少しだけでも顔を見て話せたらと思っていたので、通路の端でレナートを待つことを二人に告げれば何故か呆れたような顔をされた。
「過保護だよね」
「過保護ですね」
「だが、王都から遠く離れた地に一人だぞ?」
「皆一緒だよ。それに、王族だから護衛や側近を連れて来ているはず。寂しくはないし、寧ろ自由を満喫できて楽しいくらいじゃないかな」
「無駄に干渉すると嫌われますよ?」
セヴェリの嫌われるという言葉が胸に刺さり唸ると、シルに背中を叩かれ出口へ促される。壇上で教員が学校内での諸注意を始めたので腰を上げ三人で移動を始めた。
式の会場と学舎を繋ぐ通路には外に繋がる二、三段の階段があり、そこから少し歩くと門から学舎まで続く並木道に出る。
少し広く幅を取っているその階段付近に立って居れば邪魔にはならないだろうと、三人でそこに立ち通路の柱に背を預けた。
「ね、第二王子殿下より私のほうが男前だったね?」
「さっきから何か考えていると思えば、そんなことですか」
「系統が同じだから気になってさ。セレスはどう思う?」
「確かに二人共綺麗な顔をしているが、レナートが天使だとしたら、シルはエルフだろう?」
「ごめん、意味が分からないや。何、その例え」
「どちらも実際に存在しない人外だと言いたいのでは?」
「人外で止めないでよ……。要は、人外のような美しさってことだよね?へぇ、セレスってこの顔も好きなんだね」
下から覗き込む形で顔を近付けてきたシルに頷くと、意地の悪い笑みを口元に浮かべていたシルは途端に真顔になり飛びのいた。
器用な動きだと目で追うと、口元を手で押さえたシルが「え、えー、え?」とひたすら繰り返す。
「そんなに驚くようなことか?シルもセヴェリも整った顔をしていると思うが」
「だってセレスだよ?どうしよう、セレスに褒められると、この辺がムズムズする……」
今度は両手で胸元を押さえ「この辺!」と阿呆なことを口にするシルを無視し、相方をどうにかしろと隣に立つセヴェリに顔を向けるが……。
「驚きました。ツェリ教員以外の異性の顔をきちんと認識していたのですか」
こっちも阿呆だったのかと肩を落とす。
二人と共に居るとどうも話がおかしな方向へ向かっていく傾向にあるのだが、コレが楽しいのだとシルが言っていた。
遠慮のない気楽な関係に憧れていたと聞いたときは、どこの王族だと苦笑したものだ。
「でもさ、第二王子殿下の将来は騎士団長と決まっているのに、どうして軍学校に入ったのかな……?」
「入ってはいけないという決まりはないからな」
「そうだけど、騎士科を卒業していない軍学校出身の騎士団長なんて異例のことだよ。ソレが足枷となる日がくるかもしれない。もしかして、第二王子殿下は軍と騎士団の両方を統括するのかな……セレスは何か聞いている?」
「何故私が?」
「セレスは第二王子殿下を名前で呼ぶくらい仲が良いから」
「それは御爺様が国王陛下と親しいからだ」
「そうかな……余程好かれていなければ許さないと思うよ」
軍学校の門の前で初めて話したときに見たシルの人形のような作り笑い。ソレを今此処で目にするとは思わなかった。
「本当に何も聞いていない?国境と鉱山の所為で一年の大半は他国と小規模な戦闘が起こるような危険な地に、第二王子殿下が遣って来るなんておかしいと思うだろう?」
「何か理由があるのだとしても、御爺様ならともかく私に知らされるわけがない」
「セレスはあのランシーン砦に居たのだろう?それなら……」
「シル。セレスは何も知らないと言っていますよ」
いつになく食い下がるシルの様子がおかしくどこか焦りのようなものを感じた。何かあるのかと、シルを止めたセヴェリを窺うが彼は首を左右に振り沈黙する。
事前に王族である第二王子殿下が軍学校に入ると聞かされた生徒達は、一瞬驚きはしたが前騎士団長を追いかけてきたのではないかと勝手に推測し納得していた。
他に理由があったとしてもただの貴族や平民には関係がない別次元の話だというのに、シルだけは裏を読もうとする。
「知って、どうする気だ?」
ただ疑問に思い訊いただけ。私にとっては意味のない言葉だった。
それなのに、何故そんな感情のない瞳を向けるのか。
「……シル?」
シルの名を呼び、そっと手を伸ばすが……。
「セレス!」
「……っ」
その手が届く前に私の身体に衝撃が走った。
「……レナート」
「良かった。第二王子殿下って他人行儀に呼ばれたら怒るところだった」
背後から私の首元に腕を回し微笑むレナートは安定の可愛らしさだ。
そう、首に腕を……え?
「レナート、背が……いつの間に」
「気付いた?やっとセレスに追いついたみたい。もう少ししたら抜かせそう」
数ヵ月という短い期間で私より小さかったレナートが同じくらいの背丈になっていたことに衝撃を受け、挙動不審だったシルのことは頭からさっぱりと消えていた。




