ゲーム開始前
王都の貴族街に建つとある屋敷の一室。
クチュン……と小鳥の鳴く声のような可愛らしいくしゃみをした少女は、荷造りをする侍女を横目に誰かに噂でもされているのだろうかと口角を上げた。
待ちに待った学園に入学するまでの残りの日数、王都の別宅で自身の愛らしさに磨きをかけ、服や装飾品は貴族特有の華美な物ではなく万人受けするシンプルな物で揃え、ゲームのヒロインから逸脱しないよう入学する日を心待ちにしている。
「お嬢様」
暇なので髪に付けるレースのリボンを選んでいたら侍女に呼ばれ、視線だけを向ける。
ひっつめ髪の気難しそうな侍女はセレスティーアの乳母が選んだ侍女。初めのうちは猫を被って愛嬌を振りまいていたのに、何をどうしてもこの侍女は事務的な会話しかしないので、時間の無駄だと取り繕うのを一切止めた。
「此方の鞄はお持ちいただく物で、他は全て学園へお送りします。入寮日は侍女が三名付き荷解きを行いますのでご安心を」
「侍女は当日だけなの……?」
「はい」
「例外があるって聞いたんだけど」
「侍女や侍従を付けることができるのは一部の方達のみです」
「ロティシュ家は公爵や侯爵に引けを取らないのでしょ?それなら、その一部に入っていてもおかしくはないわよね」
「後継者であるセレスティーア様でしたら侍女を付けることは可能です」
「あぁ、私は養女だからってことね」
私の嫌味に顔色一つ変えることなく黙って立つ侍女にもう良いとぞんざいに手を振れば、彼女は荷造りしていた他の侍女達と共に退出して行く。セレスティーアに解雇された前の侍女はいつもニコニコ笑って私と母の機嫌を取っていたというのに。
「むかつく……」
ソファーに倒れ込むように横になりながら肘掛けに足を乗せた。
物凄くマナーに煩い侍女の所為で、こうして気軽に足を上げて座ることすらできず鬱憤がたまるばかり。ロティシュ家なのだからと言うわりにはセレスティーアには敬称を付け、私のことはお嬢様呼びでこの家の客人のように扱う。
だったら好きにさせろと憤るところだが、私は直に王子様を射止めてこの家を出ていくのだからある意味客人扱いは間違ってはいないのかも。
白いリボンを指でクルクル振り回しながら、私に気に入られれば王妃の侍女になってもっと良い暮らしができたのにと能面侍女達を嘲笑う。
「でも……どうやってあの王子達の好感度を上げようかなぁ」
やっと恋愛ゲームの舞台が始まるというのに、悪役が居ない。
ゲームでは、ロティシュ家で肩身の狭い思いをしてきたヒロインが、学園でも派閥を従えた女王様であるセレスティーアに虐められるのに……。
第二の悪役令嬢と呼ばれていた侯爵家のお嬢様はまだ入学してこないし、一体誰が私を虐めるの?
「もう、最悪。コレ詰んでない?リセットとかないのー?」
ボフッとクッションを叩きながら唸るが中々良い案は出てこない。
「どうするべき?誰か適任って居たかな……?」
悪役が勝手に動くことがこれほど面倒だとは思っていなかった。
でも、コレはコレで良かったのかも?虐められて喜ぶような人間なんて居ないのだから、悪役の居ない平和な学園で楽しく王族を攻略すれば良いだけじゃない。
「よし……!」
身体を起し寝室へ急ぐ。
ベッドの脇にある小さな机の上には常にノートとペンを置いている。ゲームに関して何か思い出したりしたときや、時系列から攻略キャラの重要なイベント関連まで、この世界の言語ではない文字で書き記してあるのだ。
真っ白なページに新たにルドウィークとレナートの名を書き、その二つをグルグルとペンで囲む。
「湖がある区画に勝手に入ったのにお咎めはなかったのよね。あのとき、セレスティーアの所為でイベントは台無しだったけど、ルドウィークは笑っていたし……」
イベントが失敗したと焦っていたけど、もしかして好感度はそれなりに上がっているのかも。私のこの外見に一目惚れするというイベントなのだから、あの恰好でこの顔を見た時点でイベント成功でしょ。
弟の第二王子は設定上最初はあんな感じだし、好感度が上がれば勝手にデレてくる。その過程が楽しいから私に対してのアノ態度は許してあげるわ。
「フロイドは現状維持だし、あとは……」
机に頬杖を突きながらパラパラとノートを捲り、最初の方に書いてある攻略キャラのページを読み直す。
攻略できるのは自国の王子や貴族だけでなく、他国の王族も可能。
けれど、この他国の王族はヒロインが住む国と常に睨み合っている国の王族なので、イベントの数が極端に少なく、失敗すると好感度が一気に下がってしまう。
攻略難易度が高く面倒なキャラではあるが、第三王子でありながら冠を手にして玉座に座る男。要は未来の国王なので手も時間も掛ける価値がある。
「あ、そういえば、もうすぐなんだよね……」
スレイラン第三王子ディック・アールクヴィストと書かれたページには、弟死亡とある。
同腹の兄であるディックを手助けする為だか何かで自国を離れていた弟王子は、ディックを嫌う第二王子に命を奪われてしまう。
弟の亡骸がラッセル王国にあると報せを受けたディックは、王や兄の制止を振り切り一人で国境沿いへ迎えに行くのだが、弟の亡骸を抱き締め激高するディックのスチルはとても綺麗で溜息が零れたほど。
犯人が第二王子だと知らないディックは、弟に何があったのかを調べる為にラッセル王国に秘密裏に入り、王都でヒロインと出会う。
彼との邂逅は必ず休日の午前と決められ、それを一度でも逃すと好感度が足らず友情エンドになる。
「ルドウィークも良いけど、本命はディックかレナートよね」
ルドウィークの王太子って地位は魅力的だけど、ただ優しいだけの男はつまらない。それなら容姿最強のレナートか、大人で色気のあるディックが良い。
「兄弟二人に取り合われながら、他国の王妃ルート……んー、逆ハーレムは身を滅ぼしそうなのよね」
この先もセレスティーアにイベントを邪魔される可能性がある王太子と第二王子ルートか、軍学校に居るセレスティーアが絶対に邪魔できないディックルートか……。
「でも、同時進行でいくしかないわよね?」
ノートを閉じてベッドへ転がり背伸びをした。
学園に入学した年の夏頃、ディックの弟は亡くなる。
そして、本格的に冬が始まる前に彼は王都へ現れ、私と運命的な出会いを果たす。
その間にどれだけルドウィークとレナートの好感度を上げられるかが鍵だ。
「見てなさい、セレスティーア。私を怒らせたことを後悔させてやるから」
――来年の今頃は私が高笑いしている番だと、そう信じて疑わなかった。




