再確認
少し弱音を零せば必死に慰めようと言葉を重ねる弟の口の中に、ルドウィークは冗談だと口にしながら柔らかい菓子を差し入れた。
「軍学校のことだが、これからは貴族の子息が増えると考え毎年特別クラスを作る予定でいるらしい。ツェリ伯爵が軍学校で講師を行うことは本人の意思でもあったが、彼の名声を利用し、平民だけでなく貴族からも軍に入る者が増えれば良いという国の意向でもある」
「貴族から……」
「前線に立つ軍人は入隊する者よりも除隊する者の数のほうが多いという。それなら他からも補充するしかないだろう」
「ですが、軍学校や軍は実力主義です。貴族だからと優遇されない中で、厳しい訓練に耐え軍人になろうと思う者がいるでしょうか?」
「耐えられずに挫折しようがもうその道しか残されていない。跡継ぎではない者は、何かで生計を立てて生きていかなければならないのだから。まぁ、上級貴族の子息であれば……どこか領地を分け与えられ適当に生きていくこともできるだろうが」
「だとしたら、軍学校で無駄に高い鼻を一度折っておく必要がありますね……」
「セレスがもうしている」
紅茶に口を付けながら見て来たかのように答えた兄をレナートは仰ぎ見た。
何処からの情報なのかと目で訴えていれば、意地悪気に笑ったルドウィークが胸元から手紙を取り出す。
「それは……?」
「セレスの従兄弟のロベルトからだ」
「従兄弟ですか?」
「祖父は元帥、父は国軍大佐であるロベルトと弟のリアムのどちらかはいずれ元帥の後を継ぐ。騎士団、国軍の双方と連携を取れるよう縁を繋いでおく必要があると、随分昔に父上に引き合わされ連絡を取る仲になったのだが……恐らく、父上と元帥のような関係を望まれているのだろう」
ロベルトとは幼い頃に何度か顔を合わせはしたが、彼等兄弟は軍学校へ入ってから公の場に一切出席しないのでもう記憶も曖昧で……。
顔すら覚えていない相手と手紙の遣り取りをしているのかと思えばルドウィークは何とも言えない気持ちになる。
「ロベルト達は軍に入りロティシュ家を裏から支えることになっているが、もし、セレスが軍に入ると言ったら、レナートはどうするつもりだ?」
「……どうとは?」
「追いかけるのではないかと思ったのだが、違ったか?」
「まだ、分かりません。学園ではなく軍学校に入った騎士団長はいません。それなのに、軍に入るのは……」
慣例に従いレナートは将来騎士団長に就任し国王となった兄の右腕となるつもりでいるのだが、それまでの過程について側室側が様々な理由を付けレナートを追い落とそうとしてくる未来が簡単に予想できる。
態々攻撃する材料を敵に用意してやるのは愚かな者がすることだと頭では分かっているが、心は別なのだ。
「だが、騎士団を束ねていた者が、軍学校で剣術の講師をしているぞ?」
どこまでも弟に甘い兄が助言すると、ポン、と手を叩いたレナートが頷いた。
「元騎士団長が軍学校で講師をしているのですから、元軍人が騎士団長をしていてもおかしくはありませんよね」
それに、第三王子が学園を卒業する頃には、ルドウィークとレナートはそれぞれ力をつけ可能な限り側室側の力を削ぎ落す予定でいる。
「軍人と騎士の両立は……」
「それは難しいが、セレスが軍に入ったとしても数年程度だろう。彼女が領地に戻り家を継ぐときにレナートも騎士団に入れば良い」
「事前に父上には話をしておきます。向こうに居る間に元帥にも助言をもらっておいたほうが良さそうですし、あとは……」
真剣な顔で頭を巡らせているレナートを横目に、ルドウィークもそのときがきたら何か後押しをできるよう考える。
今の国王は国の為に父や兄弟達を容赦なく失脚させた人だ。息子の願いを言葉一つで叶えるわけがなく、先ずは利益や損失、先を見据えての行動計画書を書いて提出しなければ話すら聞いてもらえない。
因みに、レナートは軍学校へ通う為に何度も計画書を書き直し許可を得るのに大分苦労している。
「軍学校に計画書と、これから大変なのだろうが……」
「兄上?」
両手で顔を覆って天を仰ぎながら「羨ましい」と唸るルドウィークにレナートが軽く吹き出し、二人で声を上げて笑い出した。こんな遣り取りもあと少しなのだと噛み締めて。
「そういえば、セレスの義妹は僕と同じ歳でしたよね?」
「それがどうかしたのか?」
「来年、学園に入学してきます」
頬を染めて笑っていたレナートが急に感情をなくしたかのように無表情になり、心なしか声まで低く冷たい。そこまで嫌う要因があっただろうか……とルドウィークはあの湖での初見を思い出しながら首を傾げた。
「兄上に近付こうとしていたら容赦なく排除してください」
「……随分と過激だな」
セレスの義妹は養女とはいえあのロティシュ家の者なのだからレナートが学園に入っていたら彼女とは学友となっていた可能性もあったのだが……。
この様子ではソレはなかっただろうと、本気で排除しろと言っているレナートに呆気に取られながら同意を示すように頷いた。
「あの子、湖でおかしなことを口にしていました。イベントとか、王太子を攻略するのだとか。それに、セレスに対して横柄な態度を取っていましたし……」
アーチから顔を出すだけだと言っていたセレスが湖へ歩き出すのを見て、ルドウィークは直ぐに騎士を一人彼女に付け自身も後を追った。水辺へと迷いなく進むセレスがそこに佇んでいた者へ声を掛け振り返った少女と話す姿を、少し離れた位置から眺めていたのだ。
「人ではなく妖精のような、儚い風貌の少女だったな」
「あれほど外見と中身が一致していない者は初めて見ました。アレは妖精ではなく魔物では?」
「人の生き血を啜る魔物か?……ソレも似合いそうだ」
「兄上、絶対に興味を持たないでください」
「別の意味で興味はあるが、心配しなくてもアレが王太子妃になることは絶対にない」
「本当ですか?約束ですよ?」
小指を差し出すレナートに、ルドウィークは苦笑しつつ小さな指に自身の小指を絡めた。
何度も「絶対に」と繰り返さなくても、王太子妃となる者は国王と王妃が厳選した家の者達から選ばれる。その中でも婚約者候補筆頭と囁かれているのは幼いながらも才色兼備だと名高い侯爵家のお姫様だ。
彼女を差し置いて、あの素養のなさそうな少女を選ぶことは……。
「本性を隠されていたら危なかったかもしれない。あの風貌で懇願されては全てを許してしまう」
「兄上……約束しましたよ?」
「そのような怖い顔をしなくてもただの冗談だ。それに……」
愛らしく庇護欲をかき立てる者、才色兼備の美女となり得る者、他にも目を引く者は多々居るであろうが、誰よりも美しく見え心が惹かれるのはたった一人だけ。
「それに……?」
「いや、そろそろ戻らなくては。抱き締めても良いだろうか?」
「勿論です」
両手を広げたルドウィークにレナートが抱き着き、「頑張ってきます」と口にする。
しっかり抱き締めたあとそっとレナートの頭を撫でて離れたルドウィークが扉へと歩いて行くのを、レナートは無言で見送り……。
「兄上」
小さな、とても小さな声で呟いた。
静かな室内にはその小さな声が響き、ルドウィークが振り返り促すように軽く首を傾げる姿をジッと見つめたままレナートは口に出すつもりのなかった言葉を続けていた。
「兄上は本当によろしいのですか?」
何がとは訊かずに返事を待つレナートに、意味を問うことも、特に何か言うこともなく、微笑みを浮かべたルドウィークはそのまま背を向け部屋を出て行った。
「それなら、遠慮はしません」
音もなく閉まった扉に背を向けたレナートは、先程よりも小さな声でそっと呟いた。




