女子会
彼女達は三人共文官クラスなので二年からは自身が選択したクラスになる。
「セレスは、文官クラスに移る予定はないのよね?」
「このままかな」
武官クラスと特別クラスは順位付けが行われるだけでクラス編成はないのだが、訓練についていけないと感じた者や他にやりたいことがある者に限ってはクラスを変えることができる。
なので、ルジェ叔父様はまだ文官クラスを諦めていないのか、息子二人に私の説得を頼んでいるとロベルト兄様が教えてくれた。
「私は事務か経理に進む予定だよ。元から商家を継ぐのに役立つものって決めていたから」
「エリーは軍学校までだよね?」
「卒業後は王都で見習いから始めるの。リリンは茶店を継ぐの?」
「お店は姉さん夫婦が継ぐから、私は……軍人に。その、器械関連に興味があって」
「リリンは軍人で、ルナ?」
「私も兄さんが二人いるから鍛冶屋を継ぎたくても無理よ。でも、文官クラスでやりたいこともないから武官クラスも考えたんだけど、セレスを見て止めたわ」
「私……?まだ基礎的なことしか行っていないはずだが」
「その基礎を最速で合格して、毎日遅くまで剣術訓練をしたあとに体力訓練に参加しているのよ?私には無理だわ」
「基礎だけでお腹いっぱいだよね。あ、でも!アイヴァン・ツェリ様が居るからって武官クラスに変更する人達が多いって聞いたよ?」
「ラルフから?」
「うん……って言っても、一つ上の学年の貴族様達の話らしいけど。寮の中ではその話でもちきりだって」
「元騎士団長のお墨付きなんて肩書は誰でも欲しいわよね。でも、絶対に訓練がきつ過ぎて離脱するわ」
「でも、今年あれだけ貴族様の数が増えたんだから、来年はもっと凄そうだよね?また特別クラスにするのかな?」
「今年はセレスが居たからでしょ?上級貴族が入るならクラスを分けるかもしれないけど、そう滅多にないわよ。あ、そのパンケーキ私のです」
「クラスを分けたほうが揉め事が起きなくて良いのにね。それは、向かいにお願いします」
注文した物が続々とテーブルに置かれ、私の前にも大きな白いお皿が置かれた。ふわふわの二段に重なっているパンケーキの上にはこれでもかと盛られた生クリーム。ケーキを囲むように兎の形をしたリンゴが沢山置かれ、全体的に赤いソースが上からかけられている。
量もそうだが、顔を近づけなくてもわかる甘い匂いに眉を顰め、紅茶をもう一杯頼むことにした。
「もひ、貴族様が増えたら……んっ、玉の輿もあるかも」
大きく切ったパンケーキにクリームをたっぷりのせ頬張ったエリーが、口をもごもごさせながら言うと、ルナとリリンは嫌そうな顔で同時に首を左右に振った。
「そんな夢みたいなこと妄想したこともあったわよ?貴族のお嬢様なんて出会う機会もないし、身近なお金持ちってエリーくらいだったでしょ?だから、王都に居るようなお嬢様達皆がエリーのような感じの女の子だったら、私達だっていけると思うじゃない」
「んっ……!?どっ……」
「ほら、エリー。飲み込んでからお話しようね」
「エリーだって私達と比べたら十分綺麗で上品なのよ?でも……」
ビシッ……!とルナにフォークを向けられ咄嗟に彼女の手首をそっと掴み下ろさせた。それはマナーが悪い。
「セレスは次元が違ったのよね。あぁ、コレが本物かって。こんな凄いのが当たり前の貴族が私達を相手にするわけがないわ。その辺の置物よ」
「それに、軍学校に居る貴族を見ちゃうと……その、想像していたような紳士的な人達ばかりじゃないし」
「わかる。あ、セレスの従兄弟は別だよ?あの二人はもう雲の上の存在というか、王子様と同等だから!」
「顔を真っ赤にしてセレスに絡む姿を見ていたら、憧れとか妄想とか一瞬にしてなくなったわよ」
会話をしながら手を止めることなく食べ続ける三人のお皿の上のパンケーキはあっという間に無くなり、その光景に唖然としていた私は「セレスの婚約者ってどういう人?」という質問にナイフを止めた。
「セレスの婚約者なんだから絶対素敵な人でしょ!格好良くて、優しくて、包容力もあるような完璧な人。挨拶の代わりに耳元で愛を囁いてくれるような、そんな乙女の理想を詰め込んだような人じゃなかったら私が許さないから……っ」
「エリー、ナプキンを破かないの」
「で、どんな人なの?」
「どんな……侯爵家の次男だ」
少し間を開けたのがいけなかったのか、妙な顔で私を見る三人に「それと、可愛らしい外見だ」と付け加えた。
「どうしよう……家柄と容姿しか印象にないような人なんだよ」
「政略結婚ならそんなものじゃないの?どう考えたってセレスよりも良い男なんていないわよ」
「全く相手に興味がないことはわかったよね」
興味がないというリリンの言葉に曖昧に微笑む。
仮婚約期間なのだからこの先の情勢によっては解消されることもあるし、何かあれば双方から解消を申し込むことも……。
「私は冷たい人間なのかもしれないな……っ!?」
そう呟くとルナから背中を叩かれ、エリーは粉々のナプキンを投げつけ、リリンは二人を叱りながらも私に怒った顔を向けた。
「セレスにこんなことを言わせるなんて、私が男だったら、爵位を買って求婚するのにぃぃぃ!」
「お金の持ち腐れね」
「侯爵クラスの爵位って買えるものなの?」
「無理ぃぃぃ!」
「駄目じゃない」
流石に幾らお金を持っていても侯爵は無理だなと苦笑していると、テーブルを拳で叩くエリーを宥めていたリリンが不意に顔を上げ私を見つめた。
「お金で爵位が買えるなら、どんなのでもいいから欲しいかも。軍学校を卒業したらセレスとは会えなくなっちゃうから……」
普段から愛らしい少女だが、なんとも可愛らしいことを言うと自然と笑みが浮かぶ。
「手紙をくれればいつでも会いに来るが?」
社交辞令ではなく本音だと続ければ、嬉しそうな顔をするリリンが両手で頬を押さえ小さく頷いた。
「もう……!男前過ぎて本物の男達が皆霞んじゃうから!」
「本当よね。絶対セレスの所為で婚期を逃すわよ、私達」
「寮の先輩も同じようなこと言ってた。実際セレスやセレスの従兄弟の他に素敵な人って居ないような気がする」
食べても食べても無くならないパンケーキに苦戦していれば、会話はどんどんおかしな方向へ。
しかも、男性枠に私を入れているのは何故なのか。
「三年のオベール・ラフォレ先輩は?」
「男爵家の三男だった気がするけど、偉ぶらないし、平民にも優しいから好かれているわよね?」
「軍医志望なのも人気のひとつだと思う。成績優秀者だって聞いたよ」
やっと一枚目のパンケーキを倒し、口の中の甘さを紅茶で流す。事前に頼んでいた二杯目の紅茶に手を伸ばすと、目が合ったリリンが店員を呼び三杯目を注文してくれた。
「んー、あの子は?最近ずっとセレスが追い掛け回している、フィン・スコット!」
「追い掛け……回してはいるな」
語弊があると訂正しようとしたが、確かに本人が嫌がるのも構わず追いかけている自覚はある。
東のレクイ砦の大佐の息子フィン・スコット。
物静かで少女のような容姿のフィンは入学してからずっと一人で居ることが多く、親しい友人も居ないらしい。
ハリソン教員に頼まれた翌日、いつものように窓際の席で本を読むフィンに声を掛けてみたのだが、本に夢中になっていて聞こえていないのか、あるいは自分ではないと思っているのか。無言のままピクリとも動かないフィンの机を拳で軽く叩き、名前を呼んだ。
『……ひゃあっ!?』
本から恐る恐る顔を上げたフィンは、私と目が合うとか細く悲鳴のような声を上げた。怖がらせただろうかと笑顔を心掛けるも、彼の顔はぐにゅっと歪み今にも泣き出しそうなほど瞳を潤ませている。
何故か何もしていないのに罪悪感が押し寄せ、そっと両手を上げていた。
『セレスティーア・ロティシュだ。君とはまだ話したことがなかったから……え?』
名前を告げ、軽い挨拶から話を膨らませようとした。
けれど、赤い唇を引き結び震えていたフィンは、脱兎の勢いで廊下へと逃げてしまった。
『……』
窓際の誰も居ない席の前で手を挙げたまま、何が起きたのかと近くに居たビリーを見ると、顔を青くしたビリーが高速で首を左右に振っている……。
助けを求めるようにシルとセヴェリを見遣ると、シルは腹を抱えて大声で笑っているし、セヴェリは口元を手で押さえ必死に笑いを堪えていた。
だが、ここで諦めるほど繊細ではない。
当然授業が始まる前に戻って来たフィンに休憩時間の度に話しかけたが、兎のように怯え涙目のまま無言を貫き通すフィン。
彼は武官クラスでやっていけているのだろうか?という思いと裏腹に、学力試験は上位に位置し、基礎体力訓練は合格間近だとハリソンが教えてくれた。
極度の人見知りでなければ、父親のようにとても優秀な軍人になれるフィン。
『勿体ないな』
様子を見ながら距離を図っていたが、遠慮しないことにした。
逃げるフィンを笑顔で優雅に追い回す姿がとても怖いとシルは引いていて、廊下の隅にフィンを追い詰め逃がさないよう両腕で彼を囲むのを止めるようにとセヴェリからは怒られた。
今迄に会話が成立したことはなく、最近では微妙に幼気な少女に詰め寄る悪い男のようになっているとハリソンから憐れまれたりもしたが、私は至って真面目に意思の疎通を図ろうとしている。
「貴族様じゃなくて平民なら?誰かいない?」
「エリーの幼馴染がいるじゃない。ラルフも人気があるわよ?」
「軍人志望の男は駄目。一緒に商家を繁盛させてくれるような人じゃないと。理想は貴族様にもコネがある平民!」
「平民の時点でコネがないわよ」
「難しいかも」
ガクッと項垂れるエリーのお皿にそっとパンケーキを乗せると目を輝かせて喜ばれた。
「セレスだって好みの男性像みたいなのがあるでしょ?」
「アイヴァン・ツェリ様だ」
迷うことなくお慕いしている方の名前を口にした。
「嘘、セレスが、照れてる……!?」
「ぶれないわね」
「実際に接してみてちょっと違ったなってならなかったの?」
「シルやセヴェリすら惚けるくらいだ。全てが完璧だった」
「た、確かに実物は噂以上だったけど!あの爽やかな笑顔には少しキュンってなったけど!」
「私はあの紳士的な対応がむず痒くなるのよね……」
「私もルナと一緒で、ツェリ様よりもフィルデ様のほうが好きかな」
「軍学校に通う数少ない女子は皆フィルデ様派よね?」
「うん。あの野性的な、色気のある笑顔が」
女性からの人気は社交界ではツェリ様のほうが圧倒的に高いが、軍に関係している者達の中では御爺様が追随を許すことなく人気を誇っている。
「騎士よりも身近な軍人のほうが仕事内容も把握しているし、何かあっても相談に乗れるもの。結婚するなら軍人一択よ」
「フィルデ様なら軍人でも結婚したいかも……」
孫の前で堂々とフィルデ様なら何でもよいという結論を出した三人に小さく笑みを零した。




