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もう、我慢はやめます


婚約披露から一年経つも、私とフロイド様の関係は進展するどころか後退していた。


一月に二、三度は婚姻前の交流を目的とし、双方の家でお茶会を開いたり観劇や音楽祭にも一緒に行ったが、そのどれにも必ずミラベルが同伴していたからだ。


何度か「何故、ミラベルも一緒なのですか?」とお父様に聞いてみたが、返ってくる答えは毎回同じで「姉が好きで離れたくないそうだ」という意味のわからないもの……。


お父様は姉妹の仲が良くて嬉しそうだが、現実が見えていないのだろうか?


お茶会の席はフロイド様とミラベルが並んで座り、私は二人の対面。驚くことにこの座席の配置は観劇へ向かう馬車の中でも適用されている。


そして、一年に一度ある音楽祭。

湖の側に建てられた王国音楽劇場で行われる大規模な催しものは、成人前の子息や子女は両親と共に参加することが義務付けられている。

その音楽祭の席も、まさかのミラベルを真ん中に挟んで私とフロイド様が座らされた。

背後に座っていた両親達が何も指摘しないので、恐らくもう何を尋ねても無駄なのだろうと、虚ろな目をしながら音楽祭が早く終わることを祈っていた。



そんな奇妙な婚約生活が三年続き、十歳になった私はとうとう我慢の限界を迎えてしまった。

婚約者に会いに来たフロイド様とミラベルが小さなお茶会をしている庭園に向かい、アームル家の侍従から「若様からです」と渡された真っ赤な薔薇を茶器が乗っているテーブルへ投げつけた。


「いったい、どういうおつもりですか?」


ベッタリとフロイド様の腕に自身の腕を絡めているミラベルをひと睨みし、驚いて口を開けているフロイド様に問いかけた。


「……ど、どういうとは?」

「そのままの意味ですが?今日は婚約記念日だからと、我が家へお越しくださったのではないのですか?」

「うん……だから、その薔薇を」

「本人からではなく、何故侍従から渡されたのでしょうか?」

「えっと……その……」

「本来であれば、こういった物は婚約者本人から手渡すべき物です……それなのに、何故ミラベルと一緒にいるのですか?」


徐々に視線を下げモゴモゴと話すフロイド様を見ていると悲しくなる。

前はそうでもなかったのに、最近のフロイド様は私と目を合わせるだけでこのように委縮してしまうから。


「お姉様?」


私が悪いのだろうか……と心が折れそうになったとき、ミラベルが悲し気に私の名を呼んだ。


「……何かしら?」

「フロイド様はお姉様をお待ちしていたのですよ?退屈でしょうからと、私がお話し相手になっていたのに……そのように責められてはお可哀想です」

「……私が言っているのは、プレゼントのお花が」

「直接手渡すのが恥ずかしかったのではないでしょうか?」

「でも……」

「最近のお姉様は少し怖いです」

「……ぇ?」

「折角素敵な薔薇の花なのに、酷い」


崩れた花束を大切そうに手にしたミラベルは、下を向いたままのフロイド様の顔を覗き込み微笑みを浮かべた。


「お姉様はフロイド様から貰いたいみたいですよ?」

「うん」

「悲しまないでください。お姉様は最近ご機嫌斜めなんです」

「ありがとう、ミラベル」


どうしてこうなってしまうのか……。

婚約したからには仲良くしたいと思っていた私の心を踏みにじった元凶二人に、私は一瞬で悪者にされてしまった。


「……はい、セレスティーア」

「良かったわ。欲しかったのでしょ?お姉様」


婚約者から嫌々差し出された薔薇の花束は受け取らないといけないのだろうか?

ほくそ笑むミラベルの前で無様に花束に手を伸ばすべきなのだろうか?


答えは否だ。

常識的に考えて私が言っていることは間違っていないし、幾ら政治的な婚約だとはいえ無視され悪く言われるのはおかしい。私だけが我慢する必要なんてない。


お父様やお母様のように仲睦まじく温かい家庭を築いていくのが夢だったのに……。




「いらないわ。その薔薇も、フロイド様も」


パシッとフロイド様の手を払い、そのまま地面に落ちた花束を踏み潰した。



振り返ることもなくその場を離れ自室に戻り、部屋の奥にある収納部屋に入り綺麗に整理されていたドレスや宝飾類をひっくり返し、入るだけ鞄に詰め込んでいった。

狼狽えた侍女がお父様を呼びに行こうとしたのを止め、夕食は自室に持って来るよう言い、夕食後お父様に会いたいと言伝を頼む。

そのままお母様の部屋へ行き幾つか思い出の品をハンカチで包み、計画に必要なとある人物の元へ向かった。




「お父様。私、伯爵家の令嬢をやめて、御爺様の所へ行きます」


このままミラベルが予言した通りの未来になるなんて嫌。

婚約破棄、王族への不敬、お父様から捨てられる……?そんなもの黙って待つと思ったら大間違いだわ。


「……やめる?」

「はい」


やめるといっても身分を捨てるわけではない。一人娘で跡取りなのだから捨てたくても捨てられないし。

ただ、これから伯爵令嬢として歩む道を変更するだけ。即ち普通の伯爵家の令嬢ではなくなってしまう。


「父上は今、ランシーン砦だぞ!?」

「はい。そこへ向かいます」


冷静沈着なお父様が立ち上がった拍子に机に足をぶつけインクを絨毯に零すのを眺めながらコクリと頷いた。


「考え直してくれ!」


瞳を潤ませながらギュッと私を抱き締めるお父様の腕を叩き、もう決めたことだと首を横に振った。


私の決意は固い。

御爺様への先触れの手紙も、馬車や途中立ち寄る宿の手配も既に終えている。協力者はお父様の補佐をしている執事だ。

今夜出立する予定だと言えば、せめて明日に!と駄々を捏ねられたのでもこもこした上着を脱ぎ、隅に控えて居た協力者と頷き合う。


翌日、数名の侍女を連れ御爺様の下へ旅立った。





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