実地訓練
「実地訓練は素手での打撃術、メインとサブの武器の使い分け。それと、ダミー武器での訓練かな……。一月に一回は野営訓練もあるけど、いくらなんでもそれにセレスを連れては行かないと思うよ」
「あ、でも、セレスはまだ武器に触ったことがないし、まずは打撃からじゃない?」
「ダミー武器での訓練なら大丈夫じゃないかなぁ?」
早朝訓練を終え、最近仲良くなったトム、サーシャ、ダンと朝食を取ったあと訓練場へ向かっている。
この三人は今年入ってきた新人で、この砦の中でも比較的地位の高い上官の子だからか、私のことを知っていて初対面から気さくに接してくれた。
「……セレス、食いすぎじゃないか?」
既に実地訓練に入っている三人から情報を集めながら、少し食べ過ぎたかもしれないとお腹を摩っていたら、隣を歩くトムが呆れたような顔でジッと私のお腹を見ていた。
「普通だと思うけど?」
「そうそう、沢山食べるのも訓練のうちだよ!食べないともたないしね……」
トムとは逆隣を歩いていたサーシャが私の腕に抱きつき、頬擦りをしながら遠い目をしている。
うん、私も去年はあの量を食べている自分を想像もしていなかった……。
「普通じゃないよ!俺等と同じくらい食べてるじゃん!」
「成長期だから」
「そのうち横に成長しちゃうから!」
「このクソ暑い中での訓練なんだから、どうせ食べても吐くだろ?」
「貴族のお嬢様がクソとか吐くとか言わない!」
「いい加減慣れなよ」
有名な元帥の孫で、貴族の御令嬢。
そう親から聞いていた三人は、深窓の姫君のような子なのだろうと勝手に想像していたらしく、初対面のときにガックリと肩を落として見せた。
本人の目の前で……。
その日は、御爺様が「これ、追加」と持って来た訓練メニューがえげつなく、一瞬意識を失いかけていたのを目ざとく発見され水攻撃。
ずぶ濡れになりながら御爺様に「この、鬼畜がっ!」と叫んでいたところをこの三人に見られていた。
「口も悪いし……」
「それはニック大佐に文句を言え」
大佐の名前を出すとダンは両手で口を押さえ、顔を左右に勢いよく振り黙ってしまった。
ニック大佐は、医療に関する業務を行う衛生班を束ねている軍医。
戦闘での負傷者の応急医療に加え、傷病の看護、治療、衛生管理などを行うので、軍学校で医師免許を取得していなければなれない。
けれど、免許の取得が難しく、精神的な負荷によって除隊する者も多いので数が圧倒的に少ない。その数少ない軍医を長年務めているのがニック大佐で、彼は男爵家の三男だった。
軍学校への入学に難色を示していたルジェ叔父様は、実習で前線に出ない軍医に目をつけたらしく、私は週に二日ニック大佐に師事することになっていた。
外見だけなら文官よりの優し気な男性なのに、中身は生粋の軍人様。
御爺様は水だったが、ニック大佐は罵詈雑言という攻撃だった。
「返事をするより手を動かせ、このまぬけが!」
「物資を無駄にする気か、馬鹿野郎!」
衛生班は慣れているのか、短く返事をしながら的確に処置を行っていて、その様子を戸惑いながら見ていた頃が懐かしい……今では言い返しながら手を動かせるようになっているのだから。
「貴族の言葉遣いは軍学校で浮くらしい。四年間惨めな生活を送りたくないなら今の内に言葉を変えろとニック大佐が……」
「まぁ、男だったら浮くかもしれないけど」
ただでさえ軍学校に入る女性は少ないのに、友達が出来なかったら悲しい。
「でもさ、卒業したあとにそれじゃ困ることになるじゃん!」
「あら、使い分けているだけですよ?このような口調でいたら、返事すら間に合いませんもの」
微笑みながらダンご要望の貴族のお嬢様になってあげたのに、「うわ、気持ち悪い」と返ってきた……失礼な奴だ。
思わず手が出そうになるが、こんなことに体力を使っていられない。
ダンを放って外へ出ると、予想通り気温が上がっていて、この暑さの中どれだけ立っていられるのだろうかと乾いた笑いが零れた。
実地訓練はいつもの訓練場ではなく外で行う。
広い草地にはもう皆集まっていて、その中心にリックさんが立っている。
「バディと組んで模擬試合を開始する。その円からは出ないように。武器はサブのみでダミーを使用すること。一時間後に声をかけるから、各自カウントを忘れないようにしろ」
リックさんの指示によって三人も動き出し、私は一人その場に残ってリックさんを待つ。
予め組む相手が決められているのか、迷うことなく二人組になり円形に刈り取られた場所で互いに向き合う。小型のナイフを手に持ち構えている皆を眺めていると、リックさんに「セレスはこっち」と草地の奥を指差されてしまった。
声を上げながら始まった模擬試合が気になり、チラチラと後ろを振り返っていたからか、吹き出したリックさんが「あれは、初歩の訓練だ」と教えてくれた。
「バディというのは戦場での相棒だと思えばいい」
「相棒ですか?」
「あぁ。戦場で隊から離れる場合は二人で行動する。逃走防止も兼ねているが、互いに相手の行動を予測出来れば生存確率が上がる。その為に日頃から組ませるんだ。軍学校でも同じことをするから覚えておくといい」
「ダミーとは?」
「偽物の武器のことだ。形や重さは同じだが、ゴムで出来ているから怪我はしない。今日はサブのみだと言っただろ?メイン武器が剣なら、サブはナイフやダガーを使う。近接戦闘の訓練だな」
「素手での打撃術もあると聞いたのですが」
「それもこのあと行うが、セレスはまだ別メニューだ」
「私は何をすれば良いのでしょうか?」
「いきなり剣を振ることは出来ない。先ずは扱い方を覚えてもらう」
連れて来られた先は広く開けた平坦な場所で、木が生い茂っているからか日差しがそんなにきつくない。
足元の切り株には灰色の剣とタオルに飲み物、それぞれ二つずつある……。
何故二つあるのだろうか?と尋ねようとしたとき、背後から「リック?」と高い声が聞こえた。
この砦に来てから耳にしたことのなかった子供の声に驚き振り返ると、白い袖のあるシャツと黒いズボンという恰好の、私と同齢くらいの子供が訝し気な顔をして立っていた。
「早かったな。もう挨拶は終わったのか?」
「新人の訓練を見なくていいのか?僕なら一人で大丈夫だが……」
「ルドじゃない。俺はセレス担当だ」
「……セレス?」
手触りの良さそうな黒髪に金の瞳。一瞬見惚れるくらい端整な容貌。透き通るような白い肌は日に焼けてしまったのか少し赤くなってしまっている。
ルドと呼ばれた少年が、唖然としていた私の前に歩いて来ると「初めまして」と手を差し出した……。
その手に視線を移し、恐る恐る手を握る。
「端の方でやるから、ルドはいつものメニューを。追加は渡されたか?」
「いや、まだ貰えない……ところで、コレはどうすればいい?」
「コレ?って、セレス……おい、どうした!?」
リックさんに肩を揺さぶられ力が強すぎて倒れそうになるが、それどころではない。
『王族からも睨まれちゃったからお父様はお姉様を修道院に行かせるわ』
私の頭の中はミラベルの予言でいっぱいだった。
だって、なんで此処に居るの?
「……王太子殿下」




