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【コミックス1巻3/17発売】婚約破棄され捨てられるらしいので、軍人令嬢はじめます  作者:


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外交交渉


スレイラン国第三王子、ディック・アールクヴィスト。シルの実兄であり、第一王子と王位継承争いを繰り広げている最中だとか。利発で武力に優れ、軍事だけでなく外交まで担っている優秀な兄なのだと、そうシルが自分のことのように誇らしげに語っていた人。


『兄上には、表に出ない功績がいくつもあるんだ』


第一王子派がディックの軍事的評価を落とすため、地方軍事勢力をわざと反乱寸前にまで追い込んだとき、ディック・アールクヴィストは武力ではなく実務でそれを鎮めた。まず補給路を押さえ、兵の数や装備の質、指揮系統の脆さを示し、反乱しても勝ち目はないと悟らせた。さらに首謀者の家族を保護し、兵士達の処遇問題まで解決してみせた。

血を一滴も流さずに反乱を潰したその手腕は称賛されたが、第一王子派はそれを決して公表させなかったという。


『兄上は獰猛で冷酷だと人々に思われているけれど、実際は少し違う。感情より状況と結果を優先するのは確かだけれど、でもだからといって感情がないわけではない。家族のためなら世界を敵に回せるくらい、誰よりも愛情深い人だよ』


そう口にしたシルは、『いつも助けてもらってばかりだ』と、悲しげに微笑んでいた。


(この人が、ディック・アールクヴィスト……)


思わず息を呑むほど鋭い眼光に捉えられ、目を逸らすことが出来ずにいた。

西のスレイラン特有の青みがかった黒髪と灰色の瞳ではなく、深い黒髪と淡い琥珀色の瞳。背が高く、鍛えられた身体つきをしていて、どこか色気のある人。シルが高貴な猫だとすると、ディック・アールクヴィストは美しい獣……黒豹といったところだろうか。

整った顔立ちだがルドやレナートとはまた異なる系統で、上品で高尚というより、香り立つような野生の美しさがある。

兄弟なのに、愛嬌のあるシルとは違いどこか近寄りがたい。


――パタン。


背後で扉が閉まる音がして、そっと瞬きをした。それまでディック・アールクヴィストから目を離せずにいたことに気付き慌てて平静を装うも、どこか彼の視線の向きに違和感を覚え、その視線をたどると。


――私ではなく、髪?


何かあるのだろうかと、短くなった自身の髪へ手を伸ばすと、ディック・アールクヴィストの眉が微かに動いた。けれどすぐに私の髪から視線を外し、彼のすぐ側に立ったレナートへと手を差し出した。


「急な訪問にもかかわらずご対応いただき感謝いたします。本日の交渉が、両国にとって最善の形となることを願っています」


そう淡く微笑むディック・アールクヴィストに対して、レナートは静かにその手を握り返し、微笑み返す。


「今回の件は、我が国としても決して見過ごせない重大な問題です。どうか率直に話し合い、解決へと向けて進めればと考えております」


形式的な挨拶を終え、交渉の席へとつく。

こちら側には御爺様とレナート、その二人の補佐としてルジェ叔父様。スレイラン側には、ディック・アールクヴィストと、彼に随行してきた二名の外交官。

レナートの側近であるスノーとヘイルは、初めての外交交渉ということもあり壁際で見学という形となり、当事者である私とシル、セヴェリ、フィンの四人は、御爺様が座っているソファーの後ろに立って待機となる。


「では、始めるか」


ディック・アールクヴィストの正面に座った御爺様の一言で、交渉が幕を開けた。


「まず、牢に軟禁している男を確認してもらったが、あれはスレイラン国第二王子、ニルス・アールクヴィストで間違いないな」

「はい」

「軍学校の生徒に接触し、暴行を加えたため拘束した。軍学校の生徒への接触や攻撃は、どの国であっても厳しく禁じられている行為だ。生徒は軽傷で済んだが、それは自衛が間に合ったからに過ぎず、本来なら命を落としていてもおかしくはない状況だった」


御爺様の言葉を静かに聞き終わると、ディック・アールクヴィストは落ち着いた様子で口を開いた。



「第二王子であるニルスの行いは、スレイランとしても到底擁護出来るものではありません。軍学校の生徒への接触、暴行は、重大な違反行為です。その結果としてそちらの生徒の命が危険に晒されたこと、深くお詫びいたします」


淡い琥珀色の瞳が、まっすぐ御爺様を見据えた。


「ニルスの暴挙は、スレイラン国としても厳正に対処いたします。謝罪と賠償についても、誠意をもって応じるつもりです」


とても冷たく、淡々と告げたその言葉には、ニルスを庇う気配など微塵もなく。

政敵である第二王子の処遇を自らの手に収めた以上、ディック・アールクヴィストはこの機を逃す筈がない。第一王子派を確実に追い落とすため、容赦なく事を進めるだろう。


御爺様はそこで一度、わざとらしく肩を竦め、どこか相手をからかうような、年長者の余裕を滲ませて「では」と声を発した。


「単刀直入に言う。長年、三国で争ってきたあの鉱山を手放してもらおうか」


御爺様の言葉に、レナートが小さく息を呑むのが見え、そっとレナートの背を指で叩き落ち着くよう促す。

御爺様が口にしたその要求が通るはずもないことは、この場にいる全員が理解している。

交渉の駆け引きとして、最初に大きく出て相手の出方を探るための牽制だと、そう考えるのが普通だが御爺様のことだ、あわよくばと本気で狙っているに違いない。


「あの鉱山は、スレイラン国にとっても特別な場所だ。いかにニルスの罪が重かろうと、あれの所有権を放棄することは出来ない」


そう言われることは想定内だったのか、ディック・アールクヴィストは僅かに目を細めただけで、声は穏やかだった。

その返答に御爺様は「やはりな」と言わんばかりに鼻を鳴らし、ソファーの背にもたれる。


「言ってみただけだ。では、スレイラン国は代わりに何を差し出す?」


それ相応のものを寄越せと言う御爺様に、ディック・アールクヴィストは隣にいる外交官から地図を受け取り、それを広げ指先である地点を示す。


「ここにある湾港について、ラッセル国の商船の入港を許可し、それに伴う税も優遇するつもりです」

「ほう……」

「ですが、軍船の入港は禁止させていただきます」

「利用出来る時間帯と、交易品の種類は限定されるのか?」

「いえ、それに関してはラッセル国の判断にお任せします」


内陸国にとって港は生命線ともいえるもの。その港への出入りをほぼ無制限で開放するなど、破格どころではない。

驚く私達とは対照的に、御爺様はまるで面白くなってきたとでも言いたげに笑い、ソファーへ深く身を預ける。


「それと、軍学校の生徒への補償金、第二王子ニルスの保釈金。さらに、国境付近の兵力を一時的に後方へ下げ、無用な衝突を避ける措置を取ります。これが、スレイラン国として提示出来る最大限の賠償です」

「随分と大きく出たが、第三王子の一存で決められるものなのか」

「私は国王代理としてこの場に赴いています。私の言葉が国王の言葉であり、第一王子と王妃殿下には、なるべく穏便に第二王子を連れ帰るよう言われていますので」


だからそれに伴う代償は、第一王子と正妃が支払うのだと、そう言いたいのだろう。


「悪くないな」


そう低く呟いた御爺様は、ちらりとレナートへ視線を送る。レナートが僅かに頷いたのを確認すると、ゆっくり頷いた。


「……いいだろう。そちらが提示した条件で、手を打つ」

「感謝します」


ディック・アールクヴィストが席を立ち、右手を差し出すと、レナートが立ち上がりその手を握り返す。


これで終わりだと、詰めていた息を小さく吐き出した。




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― 新着の感想 ―
ここからが本番だっ!!
1話目のプロローグの先まで見たいです 紙版では2巻 シル セベリ襲撃で3巻 ここから4巻ですね めっちゃ期待してます 何卒宜しくお願いします
コミカライズ化おめでとうございます! なろう版の更新も嬉しいし、漫画も楽しみです。←電子版で一話ずつUPされるんでしょうか? 小説の紙媒体も読みましたがミラベルの無礼で大胆な悪意が、なろう版より凄くて…
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