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人をお金で買える『世界』

作者: もぐら

「お姉さま、お姉さま」


 ピンク色のゴスロリを来た小さな少女が、緑色の同じ服を着た少女に話しかける。

 何もない空間でふわりと浮かんでいるその少女は、『お姉さま』を磁石のように手繰り寄せる。


「なんだい、妹よ」


 姉は妹の力に抵抗せず、そのまま身をゆだねる。

 どうやら妹のこの類の誘いには慣れているようだ。


「お姉さま、お姉さま! 今日も『世界』でお遊戯しましょう」


 『世界』と呼ばれた水晶が妹の手から次々と飛び出す。

 暗黒の空間で光り輝くその丸いオーブは彼女たちを星のように照らす。


「いいよ、妹よ。今日はどの『世界』で遊ぼうか」


 この空間には少女以外に誰もいない。

 地平線もなければ、漂う水晶と少女二人以外は何もない。宇宙であれば彼女らを照らす光星もあったのだろうが、この摩訶不思議な空間には『無』しかなかない。彼女は一つの水晶を手繰り寄せると、二人で寄り添いあうようにそれを覗く。


「お姉さま、お姉さま。この『世界』はどのような『世界』なのですか」


 妹は水晶を指さしながら、『世界』という彼女の遊具の説明を姉にゆだねる。

 何もない空間の中では彼女たち声だけが鳴り響き、姉が妹の声に反応する。


「ああ、この世界は人をお金で買える世界さ」


 姉は平坦な声でそう答える。あたかも当たり前のことを聞かれたかの如く、平らな声で。

 この世界の説明書が姉の頭の中に入っているかのように、姉は妹の質問に回答していた。


「へえ! どのような世界なのですか?」


 姉とは対照的に妹は対照的に感情を表に出す。

 声も容姿も全く同じ双子の姉妹は、対称な性格を持っているようだ。


「お金持ちが、お金のない人を買って好きに出来る国だよ。買われた人は一生労働に駆り出されるかもしれないし、殺されるかもしれないんだ。お金持ちはどんなことをしてもかまわないんだよ」


「へえ! 楽しそうな国ですね!!」


「しかも、買われた人は魔法によってお金持ちに反抗することが出来ないんだ。だからお金持ちに買われたら最後、一生逆らうことが出来ない。死ぬまでお金持ちの言うことを聞かないといけないんだよ」


「すごくワクワクしますね! お姉さま!」


 お金持ちであれば何でもできるようになる世界、なんていい世界なのだろう。

 お金さえ沢山あればただ椅子に座って、好きなことをすればいい。しかも鬱憤がたまったら人間を人形のようになぶることが出来るなんて、なんて心が弾むのだろう。自由気ままで、楽な世界に違いない。妹はそう考えた。


「もう少し拡大してみてみようか」


「はい! お姉さま!」


 姉妹は水晶に顔を覗き込む。

 二人の顔は反射せず、『世界』の映像が鮮明に浮き出されていた。

 水晶には豪邸と、その周辺が映し出された。巨大な豪邸が中央にあり、その周りを囲むように農地や工場が立ち並んでいる。農地には人間がアリのような小ささで密集しているようだった。


「ほら、見てごらん。ここがこの世界で一番お金持ちが住んでいる場所だよ。沢山の人間が一つの場所に働いているよね。これはみんなお金持ちに買われた人々なんだ。彼らが働けば働くほど、お金持ちがお金持ちになって、益々働く人が増えていくんだ。彼らはお金持ちの命令に縛られているから、自殺もできないんだよ」


「魔法って素晴らしいですね! 人間がこれほど一つのところに密集しているなんて、圧巻です! お姉さま!」


「彼らが生活するための日用品もお金持ちから買うしかないんだ。だから、いくら働いてもそのお金はお金持ちの中に入るんだよ。彼らがお金持ちになることは一生ないんだ。お金持ちは、彼らが自分のために働くのをずっと眺めていればいいんだね」


 ふと、姉は『世界』をもう一段階拡大した。

 すると、農作業に没頭している人間たちが映し出される。男女問わずクワを握り、固い地面を一生懸命砕こうと試みている。まともな衣服をまとっておらず、傷だらけの全身がむき出しになっていた。


「あらあら、人間たちが汗水たらして働いて。お姉さま、汚らしいです」


「ごめんね、妹よ。君はこういう不潔なものは好きじゃなかったね。ちょっと縮小しようか」


 姉は手馴れた様子で、『世界』を縮小すると、先ほどの豪邸を中心とした航空写真のような映像が映し出された。

 妹は鼻歌を歌い、この遊具にとても満足している様子だ。どうやらこの『世界』は妹の好みに合ったようだ。


 妹が楽しんでいる様子を眺めると、姉は微笑みながら妹にこの遊具の新しい遊び方を提案することにした。


「この『世界』の未来を見てみたいかい、妹よ?」


「はい!お姉さま!」


 妹は姉の提案に即答する。

 人間がこんなに沢山労働し、お金持ちが益々豊かになってく『世界』であれば、未来は必ず面白いものになっているに違いない。夢と期待に胸を膨らませながら、妹は姉が水晶に未来を映し出してくれるのを待った。


 姉は『世界』を手を触れないまま、不思議な力で回転させる。

 しばらくすると、『世界』の回転は止まり、先ほどの世界とは少し違った映像が映し出された。


「これは、この『世界』の未来ですか?」


「ああ、そうだね、妹よ。これはこの『世界』の未来だよ」


 妹はこの『世界』の未来に納得していない様子だった。

 不満そうな表情を浮かべながら、眉間にしわを寄せる。感じた違和感をそのまま姉にぶつけることにした。


「あまり変わってるようには見えませんが」


 姉が水晶を覗き込むと、そこで映し出されていたのは、依然として豪邸を中心とした航空写真だった。

 多少引くような形でとられているようで、豪邸の大きさは少し小さく映り、農地と工場の面積が遥かに大きくなっていたが、この『世界』は今と未来でそれほどの違いはないように見えた。


「そうだね、妹よ。この世界の人間はこの大金持ちに全て買われてしまったのさ。だから全ての人間がこの大金持ちの下で働くことになったんだよ。この世界の王様みたいになったんだ」


「そうなんですね、つまんないの」


 妹が期待していたような『世界』はその水晶には現れなかった。

 お金持ちが沢山人を買っても『世界』が変わることはなかった。人間なんて沢山いても、沢山働いても全然面白い『世界』にならないのに、妹は心の底から落胆していた。


 妹はこの未来が好きではないようだった。ふてくされたように頬をぷくっと膨らませている。


「妹はどうしたら楽しいかな?」


 姉は妹の気持ちを察したのか、『世界』をもう少し面白くできないか、妹に意見を聞いてみることにした。


「そうですね……」


 このままお金持ちがずっとお金持ちのままな『世界』は退屈だと、妹は考えた。お金持ち以外の人間もずっと農地と工場で働いているだけで、全くといってドラマがない。

 もう少しどんでん返しがあったほうが、この『世界』は眺めてて楽しいはずだ。


 少しスパイスを盛り込んでみよう。

 妹はふとした思い付きを姉に伝えてみるとした。


「お姉さま、この世界の魔法を解いて差し上げましょう。お金持ちが購入した人間を縛っている魔法を解いて、お金のない人たちがお金持ちと戦えるようにしましょう」


「そうか、じゃあそうしてみようか。……これは妹の『世界』だしね」


 姉は再び水晶を回し、『世界』に設定の変更を加える。

 すると、水晶は今までに見たことのない映像を映し出した。


「お姉さま、お姉さま。どんな『世界』になりましたか?」


 妹はワクワクしながら、水晶を覗き込む。

 姉は依然として涼しい表情のまま、変わった世界の説明をするとした。


「どうやら、お金持ちは買った人間たちに殺されてしまったようだね」


「ええ! それはすごいですね! 面白くなりました!」


「買った人間たちが束になって反抗したようだよ。お金持ちも頑張って兵隊を雇おうとしたみたいだけど、その兵隊たちの一部もお金持ちを裏切ったみたいだね。ほら水晶を見てみて、農地が真っ赤だろう。これは人間の血だろうね」


「本当だ! ちょっと汚い『世界』になっちゃいました。でもこれは面白い『世界』ですね!」


 妹は『世界』のこの設定にとても満足した様子だった。

 満足そうに水晶を眺める妹の横顔を眺めた姉は、ふと笑みをこぼす。


「これは良い『世界』ですね。保存しておこうっと!」


 そう呟くと妹は『世界』と呼んだ水晶に触れ、空間から消し去る。


「ああ、そうだね、妹よ。これで満足したかい?」


「はい!」


 さて、お片付けだ。

 姉がそうつぶやくと、空間に散らばっていた水晶は渦を描き、消えていった。


「また今度『世界』で遊びましょう!」


「ああ、そうだね、妹よ」


 そう姉が返答すると、間もなく姉妹は暗闇にまた消えていくのであった。

 また『無』の空間が続いていく。


 ――そして、『世界』は姉妹の遊具箱の中にしまわれた。

もし反響が良かったら、続きも書こうと思ってます。

感想評価、諸々お願いします!


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