第22話 僕と幼馴染の複雑な関係
午後の講義に出ようと噴水広場を通っていたその時だった。
ふと、通りすがりの女子学生と目が合った。背丈は僕より二周りくらい低くて、中学生と言っても通じそうなくらい。髪は短く切りそろえていることもあって、小動物というか子どもぽい感じのする子だ。
(あんなに小さい学生も居るんだな……)
と通り過ぎようとすると、なんだかその子が駆け寄ってきた。え、何?
「ひょっとして、噂のコウ君?」
「いや、噂と言われても何のことやら」
「ごめんごめん。松島真澄ってわかるよね?」
「あ、うん。僕の嫁さんだけど」
あ、とっさに嫁と出ちゃったけど、彼女と言っておいた方が良かった?
「やっぱりー。ますみんってば、全然会わせてくれないから、一体どんな人かと思えば……」
口ぶりからすると、どうも真澄の友達のようだけど。
「たぶん、真澄の友達だと思うんだけど、名前聞いても?」
「あ、名乗るの忘れてたね。私は、宮本明子。ますみんとは、同じ学部」
やっぱりか。真澄から同じ学部の友達については聞いていたけど。
「宮本さん、でいいかな。ちょっと聞きたいんだけど」
「下の名前でいいよ」
「じゃあ、明子さん。同じ学部らしいけど真澄とはどういう縁で?」
「あれ、ますみんから聞いてないの?」
「真澄は大学の友達関係あんまり話そうとしないからね」
「ふーん。まあ、そういうこともあるかも」
と特に気にした様子もなく。続けて、
「ますみんとは、初回の講義で隣の席だったんだ。わからないところがあって、うんうん悩んでたら、さりげなく教えてくれて、それから、なんとなく一緒にいる感じかな」
「真澄、そういうところは相変わらずなんだね」
「相変わらず?」
「うん。昔から、真澄は色々世話焼いてたから」
「そういえば、コウ君はますみんの幼馴染だったっけ」
「うん。まあ」
幼馴染であることは事実なのだけど、どうにも僕と真澄の関係をそう呼ばれるのはこそばゆい気持ちになる。
「真澄は僕のこと何か言ってた?」
「うんにゃ。旦那って事は聞いてたんだけどね。それ以外は、あんまり話そうとしないの」
まあ、真澄のことだから、そういうこと話すのは抵抗があるんだろうけど。
「でさ。ぶっちゃけ、ますみんとはどうなの?」
「どうって?」
「そりゃ夫婦なんだから、夜の営みとかエッチとかセックスとか」
それ、全部同じだと思うんだけど。
「えーと。ノーコメントで」
「ちぇ、つまんないの」
不貞腐れる明子さん。初対面で馴れ馴れしい、とも思える態度だけど。
「そっち系はおいといて、もうちょっと普通のことなら答えられるけど」
「じゃあさ、ますみんとの馴れ初め、聞かせてよ」
「う。それもちょっと恥ずかしいんだけど」
まあ、エッチについて話すよりは数段マシか。小学校に入る直前からの付き合いであること、進学前に意識し出したこと、高校2年で付き合い始めたことを簡潔に語った。
「うわー。まさに、幼馴染オブ幼馴染ってカンジ」
なんだか、楽しんでいるようだけど、幼馴染オブ幼馴染ってなんだろう。
「でもさ、小学校の頃から意識してたのに、なんで4年もかかったの?」
そこはぼかしたのに、痛いところを付いてくる。
「まあ、僕は別の男子校に進学してね。中学高校は別だったんだよ」
中学の頃の想い出が蘇る。
「でもさ、それだったら、自然にはくっつかなさそうだけど、どっちがアタックしてたの?コウ君?ますみん?」
なんだか、根掘り葉掘り聞いてくるな、この人。
「ま、まあ僕だけど。ちょっと、次の講義に出なきゃだから、そろそろ」
「あ、ごめんね、引き止めて。じゃあ、講義頑張ってね!」
颯爽と去っていく明子さん。切り替えが早いな!
その夜。食卓を囲みながら、ふと思いだした昼の出来事について話していた。
「そういえばさ、真澄の友達に話しかけられたんだけどさ」
「それ、アキやろ」
「明子さんって言ってたから、たぶん。でも、なんでわかったの?」
「そりゃ、人の事情にやたら首突っ込みたがるの、あの子くらいやからな」
と真澄も苦笑い。初対面の僕にも、ああなわけだから、真澄も日頃から苦労してるのだろう。
「なんか変なこと聞かれへんかった?」
「あー、夜の営みがどうとか、馴れ初めとか色々聞かれたよ」
「あの子、すぐ卑猥な方向に話振るんよなあ」
真澄の口からため息が漏れる。
「でも、意外だね。真澄は苦手なタイプだと思ってた」
「得意やないけどな。ただ、どうにも憎めないちゅうかな」
「たとえば?」
「講義とかは凄い真面目なんよね。マナーが悪い奴がおったら、注意するし」
初対面の人間に根掘り葉掘り聞くのはマナー的にどうなんだろう。
「引くときもあっさりやし、本気で拒否った事は聞いてこんし」
「それは、ちょっとわかるよ」
興味津々だったと思えない程の引き際だった。
「やから、邪険にも出来ないんよ」
「真澄は大学でも苦労してるね……」
タイプは全然違うけど、普段真面目で、たまに暴走するのが奈月ちゃんだとすると、いつも暴走してるのが明子さんといったところだろうか。
「馴れ初めって言うてたけど、どこまで話したん?」
「小学校の頃から一緒で、高校から付き合い始めた、辺りまでかな」
「それ、間のことツッコまれへんかった?」
「うん。まさにそうだけど、どうして」
「ウチらの関係って、女子の話のネタになりやすいんよね。高校の時もやけど、幼馴染で付き合ってる男女が現実に!ってだけで、わーわー言われるし」
「わかるよ。僕も、ほんとにそれ現実か?って言われるし」
幼馴染といえば、物語の中の存在で、小学校の頃に仲が良い相手がいても、大抵は進学するにつれて関係が消えていくものらしい。最近は、SNSで再会が増えてるとも聞くけど。
「幼馴染で今は夫婦っていうと、小中高と一緒で、自然に付き合った、みたいなのを想像されるんよね」
「それはありそう」
「でも、ウチら、中高別やん。コウがウチにアタックしてくれたのがきっかけやし」
「あのときは、お互い気づいてなかったよね」
「で、説明しにくいから中学の頃の話はボカすこと多いんやけど」
「うん。それで?」
「付き合うのにそんな時間かかるのは不自然やから、間のことツッコまれるんやよ。お互い、別に彼氏彼女作ってたんか、とか」
「あー、それ、言われそう」
そんな空白期間があったら、いかにも勘ぐられそうだ。
「幼馴染言うても、色々やと思うんやけどねえ」
「正樹と朋美なんて、中学の頃交流無かったしね」
「そんなんやから、空白期間のことは、よく聞かれるってことやな」
お互いため息をつく。
「ちょい、お茶でも入れようかと思うんやけど、飲む?」
「ああ、お願い」
お茶がこぽこぽと注がれる音が響く。
「でも、ウチらが、普通に中高と一緒やったら、どないなってたんやろ」
「どうだろ。僕は、あれだけずっとデートに誘い続けられなかったんじゃないかな」
「どうしてや?」
「周りの女子の目とか気にしなくて良かったから、堂々と出来た気もするんだよね」
「コウやったら、そんなの全然気にしなさそうやけど」
クスクスと笑われる。
「それに、一緒の中高やったら、とっくにウチも気づいてたと思うよ」
「確かに、そうかもね」
お互いが踏み出せなかったのは、別の中学に行ったのがきっかけだったし。
「そうすると、もっと早く付き合ってたのかも」
「一緒に下校して冷やかされたりな」
「部活も一緒だったかな?」
「どうやろ。最初から、料理に興味あったわけやないし、コウに合わせてたかも」
「だったら、真澄は歴女になってた?」
「コウが料理部に来てたかもしれへんな。あの時みたいに」
「そうしたら、もっと料理が上手くなってたかな」
そんな、「もしも」の話に花を咲かせる。そんな夜の一時だった。




