9番 加賀 理恵
加賀 理恵:乙女ゲーム大好きな、楚々とした美腐女子。
「ねえ、お姉ちゃん」
「んー、なにぃ?」
まもなく休日が終わる午後九時。「うへへへへぇ」とたるんだ笑みを浮かべながら、新作の乙女ゲームに没頭していた彼女に、勝手に部屋に入ってきて漫画を読み漁っていた妹が声をかけた。
「お姉ちゃんみたいなのを、残念美人、て言うの?」
身も蓋もない直球の質問が矢となって、彼女の心を「ドグシュッ!」と貫いた。
「み……美紅? あんたケンカ売ってる?」
「えー、だってさあ」
背中まで伸びたサラサラの黒髪ストレートヘア、色白だが健康的な肌、小顔でパッチリとした目の整った顔立ち、身長165cm、体重45kg、それに加えて88−58−85のEカップというナイスな体型。
「ち、ちょっと、人の体型いちいち声に出さないで!」
「ちょーっと頑張れば、アイドルだって夢じゃない、そんなスペックのくせに……」
妹がビシッと鏡を指差した。そこには、オシャレなパジャマに身を包んだ妹と、くたびれたスウェットにどてらを羽織った彼女が写っていた。
「家ではダラダラしてこの格好。そしてとどめはこれ!」
ばばん、と妹が突き出した箱を見て、彼女は「げえっ」という顔になった。
それは、一昨日の下校時に宅配ポストを利用して通販で手に入れた、まごうことなき十八禁乙女ゲーム。クローゼットの奥に隠しておいたはずなのに、なぜそれを妹(十一歳)が手にしているのか!?
「な、な、なんで、それを!?」
「これってさあ、お母さんにばれたら、めっちゃ怒られるやつだよね?」
そして父にバレたらモノスゴク気まずいものである。
「か、返しなさい!」
「こんなの、どこが面白いの?」
「い、いいでしょ別に! あんただって、アニオタでしょうが!」
「私、健全なの見てるし。それにアニメを見てるんじゃなくて、イケボを聞いてるの」
「は? いけぼ?」
いけぼ→イケボ→イケメンボイス。
「あんたそっちなんだ」
「大人の男のあまーい声って、いいよねー。はぁー、うっとりしちゃう」
そのあまーい声で妄想全開の愛を囁いてくれるのが、あんたが持っているそのゲームなんだが、と彼女は言いかけてやめた。完全無欠の十八禁ゲームだ、興味を持たれたらさすがにマズイ。
まあ、十七歳の花の乙女が持っているのもマズイのだが、それはさておく。
「あ、そうだ。お父さんとお母さんには黙っててあげるから、お姉ちゃんのクラスのイケボさん、紹介してよ」
「はあ? あんた何言ってるの?」
「いいでしょー。高校生男子なら、いい声してる人いるでしょ? 聞かせてよー」
「いや、そんなこと言われても……」
「あ、そっか。残念美人だから、男子と話なんてできないんだ」
「し、失礼ね! 普通に話してるっての!」
「じゃあ、おねがーい。断ったら、このゲームのことお母さんに言っちゃうよ?」
「あーもう、わかった、わかったから! とにかく返しなさい!」
やっとの事でゲームを取り返し、ついでに妹を部屋から追い出して、彼女はほっと胸をなでおろした。
「イケボの男子、ねえ」
さてはて、と顎に指を当てて彼女は考える。
「しゃべりがうまいのは宇賀神くんだけど……イケボ、ねえ……」
しばらく考えてもわからない。ここはちょっと聞いてみるか、とスマホを取り出しクラスのグループに投稿した。
『二年三組で一番のイケボ、誰だと思う?』
──そして、ガベルが鳴る。