8番 岡部 美也
岡部 美也:体操部。省エネ少女。
「たっだいまー」
バスケ部の練習を終えて帰宅したのが午後一時前。
「おや?」
家の中に人の気配がない。不思議に思い台所へ行くと、「買い物に行ってきます」と母の字で走り書きが置いてあった。
「お昼は……これか」
冷めたチャーハンと即席の中華スープが机の上に置いてあった。彼女はチャーハンをレンジで温めると、テレビのある居間へと運んだ。
録画したドラマを見ながら、チャーハンをパクパクと食べる。お店で頼めば「半チャーハン」という量だが、それでも食べ過ぎたと思うほどお腹いっぱいである。
「あんた、運動してるんだからもう少し食べたら?」
母にはいつも心配されるが、これでお腹いっぱいになるのだから仕方ない。「省エネ少女」なんてみんなには呼ばれているが、逆にみんながどうしてあんなに食べられるのか、彼女には不思議で仕方なかった。
「食うか?」
ふと、同級生のことが思い浮かんだ。同じクラスの、バスケ部の男の子だ。
育ち盛りの男の子ゆえお腹がすくのだろう、彼はいつもお菓子を持っていた。
部活の後で一緒に帰るとき、彼はそのお菓子をくれる。そのお菓子を食べながら、彼と一緒に駅までどうでもいい話をして歩き、「じゃ、またね」と言ってお互いに反対方向の電車に乗ってお別れする。それが、最近の日課である。
「うーん、いつももらってばかりじゃ悪いよね」
たまには私から差し入れするか、と彼女は台所へ戻った。ホットケーキミックスを使ったクッキーなら簡単にできるだろう、と考え、彼女は「そうだ」と手を打った。
「せっかくだ、あいつの好きな味にしてやるか」
スマホを取り出し、アプリで彼の名前を探す。仲良しクラスの二年三組は全員が登録済、その気になればいつだって連絡が取れるのだ。
「えーと、クッキー作ってあげるから、どんな味がいいか教えて……と……」
画面をタップして入力完了。
そしていざ送信……ボタンを押そうとして、はたと我に返った。
「あれ、これ……なんか……あれかな?」
女子から男子への、手作りクッキーのプレゼント。
なんというか、それって、なんか……意味深?
「てゆーか、初めて送るメッセージがこれって……」
クラス全員のグループでやりとりしたことは何度もある。だが、個人的なメッセージ送信はこれが初めて。その初めてのメッセージが「クッキー作ってあげる」というのは……
「……ご、誤解されるかな?」
ん、誤解? どんな?
そう考えて、彼女はみるみる頰が火照っていくのを感じた。
「いやいや、待て待て。あいつはクラスメイト、ただのクラスメイト、オーケー、私?」
だけどなんていうか……なんていうか、ちょぴっと意識したら、なんというか、どうしたものか、これってなに、え、なんで私こんなに緊張してるの?
「いやいや、考え過ぎ。私、自意識過剰。まったく私ったら。あいつと私はただのクラスメイト。それにほら思い出してみ、あいつが一番仲のいい女子は……」
……
…………
………………私。
「だーかーらー、自意識過剰、うん、意識し過ぎだっての!」
最近クラスで恋愛ブーム来てるから、ちょっと意識しちゃったか、と結論づけ、彼女は再び深呼吸した。
「さて、メッセージを送るぞ」
彼女は声を出してそう宣言し、送信ボタンを押そうとして。
やっぱり、押せない。
「だーかーらー!」
そしてエンドレス。