表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/34

7番 海老澤 菜月

海老澤(えびさわ) 菜月(なつき):漫画部部長。BL好きのやり手部長。

 目がさめたら、午後三時だった。


 「……やっちまったい」


 すでに西の空へ傾いている太陽を見ながら、彼女は起き上がり頭をかいた。

 貴重な週末はもう終わろうとしていた。しかし、彼女に後悔はない。「ふふふ」と笑みを浮かべてマウスを動かし、スリープしていたパソコンを起動した。

 カチカチと数度クリックすると、彼女が徹夜で書き上げたイラストが表示された。


 「うん、すばらしい」


 クラスメイトの小説を読んで「ナニカ」が降りてきて、気がつけばペンタブの上を筆が踊っていた。久々に突き抜けた感覚を得て、行き着くところまで行ってやろうと全力で手を動かし続けた。

 その結果出来上がったこのイラスト。久々に、煩悩全開の大満足作品である。


 「サライ×ダンドリー、えかったなー……同人でここまでキたの、初めてかも。桃ちゃんすげえよ」


 戦記物、あるいは大河歴史物を書きたいという友人だが、彼女の見たところ友人の才能はそこにはない。だが、友人が書いたあの二人の男性の秘めやかな恋、紡がれる愛、そして迸る想いの描写には、採掘したてで磨かれていない原石のような輝きが見えた。

 このイラストを見て、友人はなんと思っただろうか。「人類の新しい夜明けだ」とでも叫んでくれたら万々歳なのだが。


 「桃ちゃん、こっちに来てくれんかなー」


 昨夜、友人の作品を読んで衝撃を受けた。この程度で満足して欲しくない、そんな思いからやや辛辣な評価を伝えたが、すっかりファンになってしまった。

 そして、なんとしても彼女が欲しい、と思った。

 ……いや、決して性的な意味ではなく、共にBLの頂を目指す同志として、だが。


 「やはりここは……協力を仰ぐとするか」


 そんな彼女のつぶやきが聞こえたのだろう、手元のスマホが「ピロリン♪」と鳴った。彼女はメッセージを見てニヤリと笑うと、テレビ電話モードにして電話をかけた。


 『やあ、菜月』


 携帯の画面に、二十代半ばの爽やかなイケメンが映し出された。その隣には、少し年下の中性的な雰囲気のイケメンもいて、「菜月ちゃんひさしぶりー」と笑顔で手を振ってくれた。


 「相変わらず仲良しだね」

 『おいおい、新婚で仲が悪かったらダメだろう』


 イケメンがサラサラヘアを掻き上げ、ふっと笑った。

 ぐふっ、と血を吐きそうになるほど魅了された。なんでこんなに無駄にイケメンなのか。後光すら差して見える。この仕草にどれだけの女性が魅了され、恋に落ちた事か。二十六となり、結婚した今もその魅力はあせず、むしろ増してさえいる。

 まさに、「なんて恐ろしい子」である。


 「で、姉さん」


 彼女は画面に映るイケメンにそう呼びかけ、続いて画面の隅に映るもう一人にも呼びかけた。


 「そして、お義姉さん」


 そう、画面に映るイケメンは彼女の姉だった。そして一緒に写っているイケメンは姉の()であり、つまりはこの二人、見た目は超絶イケメンの、レズビアン新婚カップルだ。

 ややこしいからどっちかだけにしてよ、と思ったこともあるが、本人たちが幸せならそれでいいと納得済み。今ではその幸せオーラを見るたびに、自分もそういうパートナーと出会いたいと憧れさえ抱いていた。


 「作品……どうでした?」

 『Great!』

 『Excellent!』


 見た目イケメンの二人が、真剣な表情で、同時にサムズアップをかました。さすがは留学経験者、二人とも発音が完璧なネイティブである。


 『荒削りではあるが、私は、BL界の新しい可能性を見た!』

 『グイグイきたよ! ぜひ次の作品が読みたいです!』


 おお、この二人にここまで言わせるとは、と彼女は感動すら覚えた。

 菜月の姉、そして義姉は、BL界では知らぬ者のいない名コンビであり、腐女子の最終進化系「汚超腐人(おちょうふじん)」の頂点に立つ、まさにBL界の女神だった。

 その女神に、彼女は友人が書いた小説を読んで欲しいと送り、その感想がこれである。


 『菜月、ぜひ彼女と話がしたい、紹介してくれないか』

 「そうしたいのはやまやまだけど……すまん、友人には無断で原稿を送った」

 『む。それは重大なルール違反だぞ』


 漫画であれ小説であれ、公開されていない作品を誰彼構わず見せることはマナー違反だ。ましてやBLは好悪が分かれるジャンルである。普段の菜月なら許可なしで見せたりしないが、この作品は衝撃的すぎ、一人で楽しむのが勿体なさすぎて姉に送ってしまったのだ。


 「それに本人は、BLというジャンルに躊躇している」

 『ここまで書けるのにか!?』

 『それはだめです。こんな逸材、逃してはなりません!』

 「思いは一緒だね」


 姉と義姉の言葉に、彼女はニヤリと笑った。


 「では姉さん……いえ、師匠! 彼女を私たちの仲間とするために、ぜひご助力を!」

 『まかせたまえ』

 『なんとしても、仲間にしましょう!』


 海老澤菜月、漫画部部長。たった一年で愛好会から部への昇格を勝ち取ったその辣腕が、今再び振るわれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >この作品は衝撃的すぎ、一人で楽しむのが勿体なさすぎて姉に送ってしまったのだ。 おなじ状況に立たされたらわたしも同じことをしてしまう気がする……わかるよ……推しは推したいよね…… [気に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ