5番 宇賀神 登
宇賀神 登:放送部。天性の盛り上げ役。
日曜日の朝は五時起き。これが彼の週末ルールだ。そんなに早く起きて何をするのかというと、radikoで録り溜めた一週間分のラジオ番組を聴くのである。
今、ラジオの世界では全国の番組が局の垣根を越えて交流している。かつては東京キー局のラジオばかり聞いていた彼だが、ラジオ好きのお笑い芸人が起爆剤となり、地方の番組が次々と紹介され、その魅力にすっかりハマってしまった。
地域に密着している番組だからこそ、東京の番組では味わえない魅力がある。
アナウンサー志望の彼にとって、radikoは世界を広げてくれた神アプリであり、もはや彼の生活になくてはならない必須アプリであった。
キンッ と軽やかな着信音がヘッドホンから聞こえ、彼はハッと我に返った。
メッセージが一通、送り主は「kumi」。
何を隠そう、つい先日おつきあいを開始した恋人だ。開いてみると、「おはよう、これから家出るね」というモーニング&お出かけコールだった。
「やっべ、もうこんな時間!?」
時計を見ると九時過ぎ。しまった、のんびりし過ぎた、と彼は急いで着替えを済ませ、居間へと駆け下りた。
「ん、なんだ。出かけるのか?」
居間では、大学生の兄二人が、コーヒーを飲みながらテレビを見ていた。二人とも寝起きなのか、まだパジャマ姿である。
「ああ。ラジオのイベント」
「ほんとお前、ラジオ好きだな」
「車で送ってやろうか?」
上の兄が親切に申し出てくれた。ありがたいことだが、今日はその申し出を受けるわけにはいかない。
「さんきゅ。でも待ち合わせしてっから」
彼の言葉に、二人の兄は目を細めて仏頂面になる。
「なるほど……」
「……デートか」
「まあねー」
鼻歌を歌いながら身だしなみをチェックする彼を見て、二人の兄は羨ましいやら悔しいやらである。
「えーと……佐藤さんだっけ?」
「そうだよ」
「かわいい子だけど……なんかこう、印象薄いよな」
「なんだかどこにでもいる子、て感じだよな。かわいいけど」
そして悔しさのあまり、彼の恋人を少々ディスる。それは負け犬の遠吠えであり、器の小ささを示す発言である。正面切ってディスるわけにもいかず、「かわいい」と付け足すあたりがさらに情けなさを増幅させているのだが、二人はそれに気づいていない。
「あ、俺、帰るの夕方な」
「あいよ」
そんな兄二人のディスりに何も反応せず、身だしなみを整えた彼はさっさと居間を出た。出て行く彼に「いってらっしゃい」と声をかけ、二人の兄はまたスマホをいじり始めた。
だが、出かけたはずの彼がすぐに戻ってきた。
「どうした?」
「やっぱ一言」
首をかしげる兄二人に、彼はやや頬を染めながら、サムズアップをかまして断言する。
「俺にとって佐藤ちゃんは、世界一で唯一の女の子だから。オーケー?」
「お……」
「おう……」
それじゃ、と颯爽と出て行った彼を、兄二人は呆然と見送ることしかできなかった。
「今のを彼女が見てたら、感動してますます惚れるだろうねえ」
そんな二人に、キッチンの片隅で一部始終を見ていた母親が告げる。
「弟の彼女をあれこれ言う前に、やることがあるんじゃないの?」
ごもっとも、と兄二人は、がっくりとうなだれた。