4番 植村 啓介
植村 啓介:バスケ部。荻野と仲がいい。体操部・岡部が好き。
自分に足りないものは「勇気」だ。
彼はそう思った。敵しかいないコートへドリブルで切り込む勇気、試合終了間際に一か八かのスリーポイントシュートを放つ勇気、自分より大きな相手とリバウンドを競う勇気。
そして、好きな女の子にメッセージを送る勇気。
「くっ……くぁぁぁぁっ!」
スマホを持ち、あとは「送信」ボタンを押すだけの状態で、三十分は経っていた。別に告白をしようというのではない。今日の午前中に見た彼女の美しい演技に感動し、「すごかったな、俺感動したよ、大会がんばれよ!」と応援メッセージを送るだけである。
自身もスポーツマン、純粋にアスリートとして応援するだけだ。何も恥じることはなく、きっと彼女も「ありがと」とお礼を返してくるだろう。
「落ち着け、いいか、落ち着け」
スーハー、スーハー、と深呼吸して気持ちを落ち着ける。
スポーツを嗜む者として、同じ体育館で青春の汗を流す者として、同じクラスで学業に勤しむ者として、純粋なエールを送るだけではないか。
これをきっかけにメッセージをやり取りするようになって、そのうち一緒に下校するようになって、お互いの試合に応援しに行くようになって、「お前のためにシュートを決めるぜ」なんてクサイセリフを吐いて、そのシュートが試合を決める決勝ゴールとなって、感動した彼女に「お祝いしなきゃね」なんて言われて、それじゃあ一緒に遊びに行こうぜなんて誘って、部活の時とは違う可愛らしい私服姿にときめいて、「なんだかもうこれって恋人同士だよね」て雰囲気になって、夕暮れの公園で手をつないで歩いたりして、「勝ったお祝いしなくちゃね」なんて彼女がほっぺにキスしてくれたりして、
「全国大会に行けたら、唇にキスしてあげる」
なんてことを言ってくれるようになったら嬉しいな……とまで妄想して、彼は我に返った。
「く、くそう、やべえ。危うくトリップしちまうところだった」
落ち着け、落ち着くんだ、俺。
彼は自分にそう言い聞かせ、再びスマホに目を落とした。
そんな、バラ色の青春への入口が、このメッセージで開かれるかもしれない。失敗するわけにはいかない。もしも失敗したら目も当てられない。空前の恋愛ブームが沸き起こっているクラスの中、自分だけが失恋なんて悲しすぎる。
俺だって、あいつらみたいに恋人とイチャイチャしたい!
「……なんて思ってるんだろうな、とか思われねえよな?」
彼はメッセージを再度読み直した。
うむ、どこもおかしくない。
送っても大丈夫。
それなのに、ああ、なぜ彼の指は動かないのか。
「ちくしょう、俺に足りないものは、なんなんだ……」
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