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34番 和井田 健

和井田(わいだ) (けん):見習い人形作家。存在感のない生徒。

 日曜日が終わる十分前に目が覚めた。


 「……あれ、もう夜中?」


 朝起きて、恋人と、姉がお邪魔しているであろう幼馴染に熱が出ていることを伝えた。恋人からはお見舞いのメールが来たが、幼馴染からは何も返事はなかった。

 とはいえ、彼は気にしていなかった。

 要は幼馴染と一緒にいるであろう姉に「移すといけないから帰ってくるな」と伝えたかっただけである。この時間になるまで誰も帰ってこなかったことを見ると、伝言は正しく伝わったということだろう。


 「……平熱」


 四十度近くまで上がっていたが、どうにか平熱に下がっていた。食欲も出てきている。

 何か食べてもう一眠りすれば、明日の朝には元気になっているだろう。

 そう考えた彼は、ややふらつく足取りで階段を下り、電気をつけたところで「あれ?」と目を見張った。


 レトルトのおかゆやらスポーツドリンクやら、病人向けの食べ物がわんさと置いてあった。


 はて誰だろう、と首を傾げて考える。

 祖父……ミャンマーへお弟子さんとともに出張中。物理的に無理。

 父または母……これも仕事で出張中。今頃はドイツか?

 恋人の高橋由紀……鍵を持っていないから、入れないはず。

 幼馴染の萩野透……彼ならおそらく声をかける。もしくは置き手紙をつける。


 「姉さん?」


 消去法でたどり着いた答えに、彼は目を丸くする。姉だけはありえないと思っていたが、他に心当たりはなかった。

 

 「透に言われたかな?」


 どんな顔をしてこれを持ってきたのやら、と彼はおかしくなった。ふふっ、と笑って「ではありがたく」とおかゆを温め、冷蔵庫の梅干しを乗せておいしくいただいた。


 化け物。


 かつて姉に投げつけられた言葉が、今も耳の奥に残っている。恐れられ、嫌われ、ついには憎まれた。姉弟の関係はもはや修復不能、お互いに離れて暮らすしかなかった。

 だが、姉に負けず劣らず、投げつけられた言葉の鋭さに彼の心も傷ついていた。自分自身の力を持て余し、どうしていいかわからない。そんな彼に祖父は人形師として歩む道を示し、それに没頭することで心の傷から目をそらしてきた。


 「お前が作る人形には、魂がない」


 うわべだけ取り繕った人形。中身の見えない土塊(つちくれ)。祖父に叱責され何度も作り直したが、どうしても人形に魂が宿らなかった。

 そんな時、一人の女の子と出逢い衝撃を受けた。

 中身の見えない、そんな人間がいることに驚いた。どうしても彼女を見極めたくて、必死で彼女を観察し、その姿を写し取った時、彼女の本当の姿が見えた。

 そして恋に落ちた。


 「人形はね、悪いものを乗り移らせてお祓いをする、そういう使い方もあるんですよ」


 その言葉は、彼女に向けて告げただけではなく、自分に言い聞かせるための言葉だった。

 あの人形が燃えてしまうと、彼はようやく自分の傷と向き合う気になれた。


 「似た者姉弟、なのかな」


 姉は幼馴染の透に、彼はクラスメイトの高橋由紀に。

 恋をすることで、自分自身を見つめ直し、取り戻した。どこかいびつで執念深い姉弟の想いを、透も由紀も受け止めて許してくれる。


 「……あんまり甘えすぎないようにしなくちゃ」


 昨日は許してくれたけど、「次は怒るよ?」と言われた。

 うん、怒られるのは嫌だから、ちゃんとアレを用意しておこう。


 「透なら持ってるかな? ……今度分けてもらおう」


 居間の時計が一時を知らせた。

 彼はふわりとあくびをし、居間の明かりを消して自分の部屋へと戻っていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんというさわやかな読了感……全員が主人公の、蜘蛛の巣が広がるかのような(?)お話ですし、どう終わらせるのだろうと思っていたのですが……こんなにふわっと、蜘蛛の糸が風に舞うようなラストとは…
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