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33番 来賀 誠

来賀(らいが) (まこと):テキヤの娘。名議長。

 「ねー、誠ぉー、やろうよぉ」

 「だから、無理、て言ってるだろ」


 この話は何度目だろうか、と彼女はうんざりした。

 期末試験まであと十日となった日曜日。一年生の時に同じクラスだった軽音部の友達に「勉強を教えてください!」と土下座せんばかりに頼まれ、こうして家に招いたというのに。


 「いいじゃん、来年の一月三日。二曲だけだからさ。一緒にステージに立とうよ!」


 試験勉強そっちのけで、正月に行われるバンドコンテストに参加しないかと熱心に誘われた。


 「コンテスト、ていったって、ガチじゃないから。お正月の演芸会みたいなものだよ。ねえやろうよぉ、絶対楽しいよぉ!」

 「だーかーらー、正月は忙しいんだってば」


 彼女の家はテキヤである。正月三が日は地元の神社に露店を出し、終日てんてこ舞いだ。まだ高校生の彼女が屋台を任されることはないが、父や兄を手伝って雑事に明け暮れる。とてもじゃないが、バンドコンテストになんて参加している余裕はなかった。


 「せいぜい三十分だよ? だめなのぉ?」

 「その三十分のために、たくさん練習しなきゃダメだろ」


 生真面目な彼女は、「とりあえず」「てきとうに」やるということが大の苦手である。

 やるからにはきっちりやりたい。

 それがたとえ、遊びであっても、だ。


 「正月に向けて、仕入れとか場所割とか、すっげえ大変なんだよ。とても練習の時間取れないよ」

 「だってもう申し込んじゃったし。誠のベースがないと、うちのバンド成り立たないし」

 「なんで? 井岡がいるだろ?」

 「オンガクセイノフイッチで、退部した」

 「……便利な言葉だな」


 友人の表情と声色から、ついに修羅場になったか、と察した。軽音部の活動をナンパと同一視しているようなやつだった。きっと女子部員と揉めて追い出されたに違いない。

 やれやれ、と彼女は部屋の隅に立てかけられたベースを見た。

 彼女がベースを始めたのは高校入学前の春休み。一番上の兄の部屋で埃をかぶっていたベースをもらいうけ、暇潰しがてら始めたのだが、気がつけばハマっていた。軽音部への入部を真剣に考えたこともあったが、家の手伝いもあり断念した。

 だけど、時々誘ってもらって一緒に演奏すると、楽しくて仕方ない。正月でさえなければな、とどこか残念な気持ちはあった。


 「よーし、じゃ、チャンスちょうだい」

 「チャンス?」

 「期末テスト、一教科でも誠よりいい点とったら参加して!」

 「一教科って……ハードル低すぎ。平均点」

 「学年首位のあんたと平均点で勝てるもんか! 私を買い被るな!」

 「いばるな」

 「ええい、じゃ、二教科でどうだ!」

 「……せめて三教科」

 「よっしゃ、言質とったよ! 約束だからね!」

 「はいはい。それじゃ勉強しようか」


 まったくもう、と彼女はため息をつき、しかしステージに立って演奏する自分を想像して、少しだけワクワクした。


 一応、父さんと兄さんには言っておくか。


 友人との勝負に負けた。そういえば父と兄も「仕方ない」と言ってくれるかもしれない。そんなことを考えながら、彼女もまた教科書を開き試験勉強を始めるのだった。


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