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31番 森田 道三

森田(もりた) 道三(どうさん):卓球部のフォレスター三人衆。

 俺の成績がヤバすぎる。

 よく聞くフレーズでつぶやいても現実は変わらないので、彼は駅前の大きな書店へ参考書を買いに行った。


 「ん?」


 気づいたのは、参考書を選んでいるときだった。書店の奥まったところに制服姿の女の子がいて、その女の子に妙に接近している中年の男がいた。

 親子にしては、様子がおかしい。

 中年男の向こうにいるのは、メガネをかけた小柄で大人しそうな女の子。着ているのは中学時代の後輩が通う有名女子高のもので、可愛らしいデザインが女子に人気だ。


 「でもねえ、制服だと痴漢とか多いんだよー」


 中学時代の後輩がぼやいていたのを思い出し、思い出すと同時に彼は二人に向かって歩いていた。

 かなり接近したところで、中年男と女の子がこちらを向いた。


 「ちかん、だな」


 彼の言葉に、中年の男が身をこわばらせた。近くを歩いていた複数の大人は、ぎょっとしてこちらを見たが、そそくさと去っていく。

 見て見ぬふりの、大人たち。これが現代の日本人である。何と情けない。


 「父親、あるいはそれに類する人か?」


 彼はおびえた顔をしている女の子に問うた。


 「ち……ちがい……ます……」


 女の子が今にも泣きそうな声で答える。うむ、ビンゴ、と彼はうなずいた。


 「お前はその子に痴漢をしていたのか!?」


 彼が店内に鳴り響く声で男に問う。これでも周囲の大人は何もしない。姑息にして卑小な大人たちに教えてやりたい。義を見てせざるは勇無きなり、と。


 「私は本を取ろうとしていただけだ!」


 中年がわめき、立ち去ろうとする。だが彼は男の行く手を遮った。


 「声をかけてどいてもらえばいいはず。なぜあんなに接近していた?」

 「言いがかりもいい加減にしろ! 私が痴漢していたという証拠があるのか!」


 大声で威嚇してくる中年男。そのふてぶてしさと余裕、相当痴漢慣れしているらしい。


 「ふん、まったく近頃のガキは……」

 「さ……されて、ました……」


 舌打ちしつつ、中年男がこの場を逃れようとしたそのとき、被害者である女の子が、震えながらも声を上げた。


 「そこ、で雑誌を読んでいたら……奥に押し込まれて……体を……」


 ぼろぼろと涙をこぼし始めた女の子を見て、彼は「うむ、よく言ってくれた」とその勇気をたたえた。


 「だ、そうだが?」

 「い、いいがかりだ! 私はそんなことをしていない! おまえたち、グルだろう!」


 もはやあきれ果てる。これこそ言いがかり。このような卑劣な大人、断じて許すわけにはいかない。


 「このクソガキが! どかんかぁっ!」

 「怒鳴り散らしたらビビると思ったかぁっ!」


 彼はついに爆発した。

 店内に響き渡る怒声に、誰もが身をすくめ振り返った。あまりの声量に、わめいていた中年男は声を失い、泣いていた女の子も身をすくめて目を丸くしていた。


 「警察だろうが裁判だろうが受けて立つ! スーツに似合わぬその運動靴の中、検めさせてもらうぞ!」




 ──三十分後、警官の事情聴取を終えた彼は、本屋の事務室を出た。


 「やれやれ、またやってしまった」


 今回は靴の中のカメラというわかりやすい証拠があったからよかったが、もし相手が狡猾なら、こちらが恐喝未遂として犯罪者扱いされたかもしれない。

 そうとわかっていても彼は己を止められない。「正義の味方もたいがいにね」と同級生(男)には注意されるが、これが彼の性分だった。

 それもこれも、犯罪を見て見ぬふりをする大人が多すぎるためだ。本当に腹立たしい社会だと彼は思う。


 「助けてくれて、ありがとう」


 しかし、あの女の子の心からのお礼を思い出すと、腹立たしさもまぎれた。彼にできることはほんの些細なことだけど、これからも勇気を忘れず、正義でありたいと思う。


 「さて、帰って勉強するか」


 ささやかな達成感とともに家路に着いた彼。

 しかし、間違ってはいけない。彼は何一つ目的は達成していない。

 騒ぎのせいで、彼が参考書を買いそびれたことに気づいたのは、それから三十分後、玄関の鍵を開けたときであった。


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