3番 綾小路 京介
綾小路 京介:相撲部。こんな名前で百キロを超える巨漢。
「うっしゃ!」
ガツン、と巨漢同士がぶつかり合う音が稽古場に響き渡る。力と力、技と技が刹那の時間にぶつかり合い、組み合っていた巨漢の一人が豪快に投げ飛ばされ背中から地面に落ちた。
「もう一番!」
「よしこい!」
ここは、相撲部の部室。所属部員二十一名、この地域ではこの高校にしかない相撲部は、今日も激しい稽古を繰り広げていた。
二ヶ月前に部長になったばかりの彼、綾小路京介は、今日も先頭に立って激しい稽古をし、部の模範とならんと気合いに満ちている。
体をぶつけ合い、鍛え、切磋琢磨する。
この緊張感が彼は大好きだった。かつてはまわし一丁の姿を恥ずかしいと思ったこともあるが、今はそんな邪念はない。むしろ、鍛え抜かれた超重量系筋肉の体を誇りにすら思っていた。
「おらおらー!」
「もういっちょうだ、部長!」
「ぜってえ、倒す!」
そんな彼の熱意が伝わったのか、ここ最近、部員たちはとみに練習熱心だった。この部で最も強い彼に臆することなく勝負を挑み、もう一丁、もう一丁と挑んでくる。
「ふんっ!」
そんな部員の熱い思いに応えるべく、彼は今日も部員たちと取り組みを続けた。
朝九時から練習が始まり、すでに二時間以上が経過している。
彼は、次々と挑みかかってくる部員たちと休みなく取り組みを続け、そのすべてを退けた。
「うむ、そこまで!」
やがて十二時となり、今日の稽古は終わった。
「ち、ちくしょう……今日も、一度も勝てなかった」
「ちくしょう、ちくしょう!」
彼に挑み、勝てなかった部員たちが地面を叩いて悔しがる。少々度が過ぎているのではないかと思うこともあるが、相撲は格闘技、何が何でも相手を打ち倒すという気迫は大切だと思っていた。
「先生、なんていうか、最近みんなすごいやる気ですよね」
彼は部員たちの気迫あふれる態度に満足していた。だが、話を振られた顧問はやや複雑な顔をしている。
「どうしました?」
「いやいや……まあ、闘争心あふれる姿勢は評価せねばならんがな」
顧問の態度に、彼は「ふうむ」と腕を組む。相撲は格闘技、気迫や闘争心は大切。だがあくまで高校の部活動である。きっと、それが行き過ぎることを懸念しているのだろう。
彼はそう結論づけ、自らも気をつけようと戒めた。闘争心に飲み込まれてケガをしては元も子もない。
「では、今日の稽古はこれまで!」
顧問の宣言により今日の稽古は終わりである。
「では、お先に」
稽古場の片付けはやっておく。そう言う他の部員に押し出されるようにして、彼は稽古場を後にした。
「あ、稽古お疲れ様、京介くん」
扉を開けてすぐ目に飛び込んできたのは、先日彼女になった同級生、橘さおりの姿だった。小柄で愛らしく、ほんわかとした笑顔は天使のよう。しかしその胸部は、ついつい視線が向いてしまうほどの主張の強さだ。
「お、橘さんも練習終わったのか?」
「うん。一緒に帰ろ」
厳しい稽古の後の彼女の笑顔は何よりの癒しだった。最近、下の名前で呼んでくれるようになり、自分も名前で呼びたいと思っているが、これがなかなかに恥ずかしくてまだできていない。
彼は、はにかみながら歩く彼女の可愛らしさに相好を崩しつつ、仲良く並んで家路に着いた。
◇ ◇ ◇
それを見送った相撲部の部員一同は、後片付けを中断し、再び闘志を燃やしていく。
「おっしゃ、居残り練習だぁ!」
「ちくしょう、彼女持ちになんか負けてたまるかぁ!」
「うらやましくなんかないぞぉ!」
「明日こそ、絶対土をつけてやる!」
「俺が一番だ、かかってこいやぁ!」
そんな部員たちを見ながら、顧問は「どうしたものかな」とため息をつく。
数年後に全国大会制覇という偉業を成し遂げる相撲部。その礎はこの年に築かれたのであるが、そのきっかけとなった人物はまるで気づいていなかった。