28番 藤原 樹
藤原 樹:応援団。最弱ヤンキー。
「あー……やっぱ夢じゃねえ」
日曜日の夕方。彼がスマホを見てそうつぶやくのは、これで何度目だろうか。
『厳正なる審査の結果、二年三組クラスメイトに好きな事(エロ禁止!)を命じる権利を授与する』
書道部のクラスメイトが書き、担任と副担任の署名が入った賞状。その写真がクラスメイト共有のグループにアップされているが、その宛名はなんと彼、藤原樹。
そう、彼はクラスで行われた「和井田健と高橋由紀をカップルにするための論争に関する議事録コンテスト」で、見事大賞をかっさらってしまったのだ。
ちなみに彼が提出したのは、議論を題材に恋に関する彼なりの考えをまとめた小論文。これが国語教師である副担任より「小論文として完璧」と絶賛を受けたのが受賞の決め手だった。
「俺、実はSugeeee! てか?」
ちょっぴり調子に乗ったものの、与えられた権利について考えると身震いする。
クラスメイト、誰に対してでも。
好きな事(エロ禁止!)を命じる権利。
なんというチートアイテム。それゆえに、誰に何を命じるかよく考えなければ自滅必至だ。
しかし、誰に何を命じるかを考えると、あの日の下校時に、クラスメイトが発した言葉が思い浮かぶ。
──これからだと、クリスマスデートとか初詣デートとか、ありだねー。
「そんなの、したいに決まってる!」
彼とて健全な男子高校生、同年代の女の子とクリスマスデート、あるいは初詣デート、そんな青春っぽい事、したいに決まっている。「エロ禁止!」と散々に念を押されているが、デートは決してエロではない。
そして、幸いにも彼は、デートに誘いたい女子が同じクラスにいるのだ。
「い……嫌がられない……かな?」
いざ誘うとなるとビビって手が震える。この権利を行使された場合、よほどの事がない限り相手は断る事ができない。しかし嫌々デートされても楽しいはずはなく、この権利は結局のところ、相手を誘う口実程度の役にしか立たないのだ。
だが、それでも。
彼だって、好きな女の子とデートしたい。
ましてや同時期に四組ものカップルが誕生し、今日も今日とてその一組のラブラブっぷりをクラスのグループにアップされた写真で見せつけられたら、願望が膨れ上がり爆発してしまいそうになってしまう。
「で、デート、じゃなくて……一緒に試験勉強、とかでもいいのかな?」
ややビビった彼は、そんなヘタレた考えを思い浮かべたが、いいやダメだと思い直す。
この権利を得たものは、男子であれ女子であれ、好きな相手を「デート」に誘う。
すでにそんな雰囲気がクラス内には出来上がっている。ここで「一緒に試験勉強」なんて誘おうものなら、「最弱ヤンキー」から「最弱ヘタレヤンキー」へクラスアップしてしまいそうだ。
「お、おれは最弱じゃねえぞゴラァッ! やってやらあっ!」
誰もいない部屋で巻き舌でがなり立て、己を奮い立たせた彼。
えいや、と画面をタップし。
プルル、と鳴り出した電話を耳に当てる。
なかなか出てくれない。俺からの着信で嫌がっているのか、なんて考えてお腹の下あたりが冷たくなったが、六コール目で出てくれた。
『はーい、どした?』
「お、お、俺は、お前に、権利を行使する!」
テンパった彼は、いきなりそんな事を口走った。
しまった、と思ったがもう遅い。
やべえ、どうしよう、と焦ったが、頭が真っ白になって何も言葉が出てこない。
『……ぷっ……あははっ、落ち着きなって、藤原』
「お……おう、す、すまねえ、テンパった」
電話越しに聞こえる明るい笑い声に、彼は少し落ち着きを取り戻した。
うん、これだ、この笑い声だよ。俺はこいつのこれが好きなんだよ。
彼の心は落ち着きを取り戻したが、違うドキドキがやってきた。
よし、と気合を入れ直した彼は、「ビビるな俺、負けるな俺。ここはストレートに、直球あるのみ!」と自らを奮い立たせた。
「お、俺と、デートしてくれ!」
さて、電話相手からの返事やいかに。
それはまた別のお話で。




