24番 萩野 透
萩野 透:クラス副委員長。どう見ても不良少年。
スマホに届いたメッセージを見て、彼はどうしたものかとため息をついた。
「おっと」
火にかけていた鍋が吹きこぼれそうになり、慌てて火を弱める。水を入れすぎたか、と思いつつ追加の具を投入、火が通ったところで味噌を溶かして味噌汁完成。
それとほぼ同時にごはんも炊き上がった。うむ、タイミングばっちり、とうなずいたところで、背後から優しく抱きしめられた。
「おはよ、透」
「まどかさん……早起きっすね」
「おいしそうな匂いするんだもの」
「一人なら作らないんだけどね」
彼は振り向き、苦笑した。
「まどかさん、服ぐらい着ましょう」
「いいじゃない、散々見て触った後でしょ?」
「いや、寒くないのかな、と思って」
「寒いから、抱き締めて」
彼は甘えて垂れかかってくる彼女を抱き締め、ついでに唇を重ねた。
和井田まどか。彼の幼馴染の五歳年上の姉。来年大学を卒業し、隣町の百貨店で働く事が決まっている。そんな彼女と彼が、幼馴染から恋人に変わったのはまだ中三のとき。その後、彼が一人暮らしを始めると入り浸るようになり、あっという間に男女の仲になった。
「あ、そうだ」
言わないでおこうかと思ったが、彼はやはり伝えることにした。
「健のやつ、風邪ひいて寝込んでるみたいだよ」
「……あっそ」
予想通り、彼女の声が氷点下にまで下がった。
「看病しに帰らなくていいの?」
「いやよ、あんな化け物」
彼の幼馴染姉弟は、仲が最悪だった。姉の方が一方的に嫌っている、いや、憎んでいると言っていいレベルで、もはや仲直りさせようなんて考える者は家族にもいなかった。
「何もかも見透かされる」
中学に入ったばかりの頃、まだ高校生だった彼女が、恐怖に震えながら彼に抱きついてきた。考えていることも、秘めていることも、何もかも弟に見抜かれる、あんな化け物と一緒にいたくない、と本気で怯えていた。
言われてみれば、と彼も思い当たる節があった。
勘の鋭いやつだな、とは思っていたが、姉の口から仔細を聞き、まさかそんな化け物レベルだったか、と驚いたものだ。
「健は私がなんとかする。すまんがまどかを頼む」
幼馴染の祖父にそう頼まれたのが中三のとき。彼女と付き合い出したばかりの頃だ。まだ中学生の彼にそんなことを頼むほど、あの家庭は追い詰められていた。
もっとも、彼は彼でろくでもない両親に人生を食い物にされていたので、渡りに船とばかりにその話に乗った。
幼馴染の祖父の支援で一人暮らしを始め、半年ほど彼女とズブズブの関係を築いた。その後、彼の高校進学のために彼女が家庭教師を始め、そこから二人で立ち直った。とても無理と思われていた高校に合格し、彼女が涙を流して喜んでくれたのを見て「家族っていいな」と初めて思った。
「健も、変わりましたよ」
何を考えているかわからず、一方的にこちらの心を見透かされる。
そんな幼馴染は、祖父の厳しい指導で人形作家への道を歩き始め、あの不気味な能力を創作に活かしている。
「彼女もできたしね」
「それが信じらんない。あんな化け物と付き合うなんて、その子正気?」
「さてどうかな」
幼馴染の彼女、高橋由紀。学校中の生徒から好かれていて敵らしい敵がいないという時点で、彼女も化け物じみている。そういう意味ではお似合いの二人かもしれない、と彼は思う。
くしゅん、と彼の腕の中で可愛らしいくしゃみの声が聞こえた。
「ほら、風邪ひくって。今日は期末に向けて家庭教師してくれるんでしょ?」
「ん、そうね」
もう一度キスをしてから、服を着るために寝室へ戻る彼女。裸ということもあり、その後ろ姿は同じ年頃の女子にはない色っぽさがあって、見ていると少々ムラっときた。
「……いやいや、今日は勉強せんと」
彼は頭を振って気持ちを切り替えると、まずは腹ごしらえだ、と朝ごはんを食卓に並べ始めた。




