21番 武久 由美
武久 由美:書道部部長。モテ女No2。内面はぶっ飛んでいる。
日曜日の午前中は、たっぷりと書道の練習を行う、一週間で最も大事な時間だった。
障子をすべて開け放ち、掃き清められた日本式の庭園に向かって静かに座る。十一月ともなれば、晴れた日であっても空気が冷たい。しかしこの爽やかな冷気こそが気持ちを落ち着け、集中力を高めるのに必要だった。
静かに、深く、大きく、呼吸をして気持ちを高める。
ツンとした空気の中に、先ほど擦った墨の匂いが混じっている。ああ、今日はいい、気持ちが高まる。やはりこの引き締まった空気はいい。
彼女の口元に自然と笑みが浮かぶ。静けさの中、コンッ、とししおどしの音が響き、その静けさを強調する。
いける。
十分以上目を閉じていた彼女は、カッと目を開くと、静かな動作で筆をとり、目の前に置かれた和紙の上で筆を滑らせた。
わずか一分足らずの動作ののち、スッと筆を引き、静かに置く。ほうっと息をついて和紙を見ると、会心の出来の文字が浮かび上がっていた。
「お見事です」
「あ、母さん……いえ、師匠」
いつの間にか後ろに立っていた彼女の母にして書道の師匠が、娘の視線に笑顔を返した。
「私が指導するのも、もうあと少しですね」
「いえ、まだまだです」
「謙虚なのは良いですが、過ぎると嫌味ですよ」
母は体ごと振り向いた娘の前に腰を下ろし、正座した。
「ところで由美。その窓に貼った絵はどうしたのです?」
「気分を出そうと思いまして。ケンちゃんに描いてもらいました」
母が指差したのは窓。
そこに、見事な日本庭園が描かれた絵が貼られていた。
彼女はペロリと舌を出しながら窓に貼った絵を剥がす。すると窓の向こうには、どこにでもありそうな日本の住宅街の光景が広がっていた。なお、窓も開けていない。寒いのは嫌いなので、そこは想像力で補った。
ちなみにケンちゃんとは、お隣に住む幼馴染の同級生のことで、美術部員でもあり絵が得意だ。
「こんなものまで用意して」
母は娘の足元に置かれたCDデッキのボタンを押した。すると、ししおどしの音が消えた。
「こだわりは良いですが、奇行はほどほどに」
「心得ております」
彼女は母の忠告に素直に頭を下げた。
「それで母さん。御用は?」
「いえね、お茶が入りましたので、一緒にと……それでね!」
母がガラリと口調を変え、キラキラと好奇心で輝く目を娘に向けた。
「いい加減、あなたのクラスの恋話の続き、聞かせてほしいなぁ、て。ほら、相撲部の男の子と付き合ってる橘ちゃん? その子のお話まだ詳しく聞いていないでしょ? もう、気になって気になって」
「ああ、そういうこと」
彼女はくすりと笑った。恋バナが三度の飯より大好きな母。十月にクラスの同級生が立て続けにカップルになったと聞いて、連日のように根掘り葉掘り聞かれたが、まだまだ聞き足りないらしい。
「では……シュークリーム三個で手を打ちましょう」
「あんもう、ちゃっかりしてるわねえ。いいわ、買ってあげます、だから、ね? ね?」
「わかりました」
よしよし、と彼女は心の中でガッツポーズする。
彼女が休日のおやつに困ることは、当分なさそうだった。




