2番 相沢 桃
相沢 桃:文芸部。マヨラー。
日曜日の朝六時。机に向かってひたすらキーを打ち続けていると、「ぴこんっ」と電子音が鳴り、画面の片隅にメッセージの到着を知らせるアイコンが表示された。
むむっ、と小さく唸り、彼女はそのアイコンをダブルクリックする。
『やほー、早起きだね』
同級生の海老澤からのメッセージだった。彼女はゴクリと息を呑み、メッセージを返す。
──うんにゃ、徹夜明け。
──筆が乗ってしまって。キーボードだけど。
『お肌に悪いよ』
『私も同じだけど(笑)』
──んで、御用は何かね、漫研部長。
『その呼び名ということは、わかってるんでしょ』
『読みましたぜ、桃ちゃんの新作』
ごくり、と彼女は息を飲んだ。
『ナマぬるい評価はお望みではあるまい』
──どんとこい。
『四十五点』
──ぐはっ……
『キャラ出しすぎ。主人公誰かわかんねー』
──そ、それは大河小説だから……
『約五万字で主役級二十五名って。プロでも書けんつーの』
──しかしだな、これから壮大な物語が始まって……
『五万字使って序章ってか?』
『いやいや、あかんて』
──いや、だって気がついたら長くなって
『切ろうよ』
──だってどのキャラも愛着あって……
『いやわかるけど。せめて主役が誰かはっきりさせろや』
──チュン将軍
『あーやっぱそうか』
『でも第三章以降、ほぼ出てこないじゃん』
──だって、サライくんが暴走するんだもん。
『あの子出てきたら、スペースオペラがBLになったね』
『どう考えても脇役なのに、めっちゃ目立つし』
『ひょっとして、私の好み考慮した?』
──正直。
『あかんて。読者に媚びちゃあかんて』
『いやまあ、私には嬉しい展開だったけど』
──だろうね。妊娠したし。
『そうそれ! 男妊娠させるなや! 萌えたけど!』
──そこも壮大な物語の序章であって……
『それも序章かい! いつ物語は始まるんじゃ!』
──すまん。
『いや、いいけど。私的には嬉しい展開だったし』
『あんた、BL書きなよ。絶対そっちのほうが才能あるって』
──戦記物が書きたいんだよぉ……
『ならチュン将軍もっと出しなって』
『キャラはみんないいんだから。お話ちゃんと書こうよ』
──がんばる。
『おう、がんばれ』
『では、私はそろそろ寝る』
──おやすみ。ありがとー。
『元気出せよ。文章は綺麗だったぞ』
メッセージが消えた。
「……私も寝るか」
窓から差し込む太陽の光を見て、彼女は重いため息をついた。やはり自分に小説家なんて無理だろうか、書きたいんだけどなー戦記物、どうやったら書けるのかなあ、と考え、彼女がちょっぴり涙をこぼしたとき、ぴこん、と電子音が鳴り、新たなメッセージの到着を告げた。
寝たはずの海老澤からだった。
『落ち込むなよ。プレゼントじゃ』
そんなメッセージに続いて画面いっぱいに現れたのは、銀髪の美少年サライくんの(ピーッ)な姿であり、強面の上官ダンドリィーとの激しい(ピーッ)のシーンであり、(ピーッ)が(ピーッ)の中に(ピーッ)している、まごう事なきR18イラストだった。
しかも、超ハイレベルである。
「ぬ、ぬぉぉぉっっ、海老澤、ひょっとしてこれを描いてて徹夜か!?」
彼女は思わずディスプレイに飛びついて目を爛々と光らせた。自分が考えたキャラが、こうして絵になり、ついでにあられもない姿で(ピーッ)な状態なのを見て……嬉しくないはずがない。
「見える……私にも、人類の夜明けが見える!」
彼女の中で何かのスイッチが入り、気がつけばそんな叫び声をあげていた。
彼女が海老澤に口説き落とされ、コンビを組んでBL界に颯爽と殴り込むことになるのは、これから四年後のことである。