19番 陶山 美代
陶山 美代:生徒会副会長。書記を務める男子と交際中。
彼女にとって母とは、七歳の時に病死した母だけだった。
だから十一歳の時、父の再婚に猛反対した。絶対に認めるもんかと思った。だが、相手の女性がすでに妊娠していると聞かされて何も言えなくなった。
それ以来、彼女にとって父は、結婚もしていない女性を妊娠させた最低な男となった。
彼女は父と距離をとり、家庭内はギスギスした。二階の部屋から一階の玄関横の部屋へ移動し、用がない限り出ないようにした。やがて妹が生まれ、父と継母は妹にかかりきりとなり、彼女は本当に一人になった。
心が荒み、中学に進むとわかりやすくグレた。
ただ、中学の担任が経験豊富な人格者で、彼女の悩みを理解し励ましてくれた。「いっそ大げんかしてしまえ」とけしかけられ、心の中のモヤモヤを全部ぶちまけたらすっきりした。その後、先生も交えて何度も父と継母と話をし、わりとあっさり立ち直ることができた。
とはいえ、完全に継母に心を許したわけではない。父にも、かつてのように甘えることはできなくなった。そんな雰囲気が伝わるのだろう、母の違う妹は、彼女に遠慮してあまり甘えてはこなかった。
「すっごーい! おねーちゃん、ありがとう!」
だから、あんなに大喜びして笑う妹を見たのは、多分、初めてだった。
折り紙と模造紙で作られた、美術部員と演劇部員監修のお誕生会の飾り。いろいろなショートケーキを組み合わせて作った華やかなお誕生日ケーキ。そして、妹が大好きなネズミのキャラクターが描かれたちらし寿司と、美味しそうなおかずが満載の重箱。
「作ったの、おねーちゃんの彼氏!」
「あ、こら、リン!」
料理をほめてくれた継母のママ友たちに、妹が燃料を投下。おかげで女子会トークに花も咲き、お誕生会は大盛況で終わった。
「お疲れ様」
夕方、一人で洗い物をしていると、継母の由美子がやってきた。両手のギプスが痛々しい。微熱がまだあるのだろう、少し赤い顔をしていた。
「起きて大丈夫なの?」
「トイレよ」
継母が残った料理を見て目を細めた。
「盛大なお誕生会だったみたいね。リンが喜んでたよ」
「まあ、そっすね」とそっけない返事をしながら洗い物を続けた。ちなみに彼女の妹は、はしゃぎすぎたせいかぐっすりとお休み中だという。
「今日、遊びに行く予定だったんでしょ? ごめんね」
「別にいいっすよ」
洗い物が終わり、キュッと音を立てて水道を止めた。
そう、本当は彼氏とデートのはずだった。誕生日プレゼントにハンカチでも買ってやるか、ぐらいは考えていたが、ここまでがっつり絡むつもりはなかった。
でも、だけど。
継母が事故でケガをし、お誕生会が中止になると言われた妹が。
あんな泣きそうな顔になったのを見たら、放ってなんかおけない。
そう、だって彼女は。
「……おねーちゃんなんでね。これぐらい、当然っす」
継母の視線は感じたが、気恥ずかしくて見返せなかった。彼女はそそくさと重箱を袋に詰め、「ちょっと返してきます」と逃げるように家を出た。
「この咲夜さまに任せろ! だからお前は、ちゃんとお姉ちゃんしてやれ!」
困って相談したら、友人にそう励まされた。「レスキュー隊」と称してクラスメイトたちが押しかけてきて、あっという間にパーティー会場を飾り立てた。
そして、あんなに立派なケーキとご馳走を用意してくれた。
なんてお節介で、そして、頼もしいクラスメイトだろう。
「みんなには明日、お礼を言うとして……」
彼女はご馳走を作ってくれた彼に「これから重箱を返しに行く」とメッセージを送った。すぐに返事がくる。「急がなくていいぞ」とあったが、もう家を出た。
だって、会いたいのだ。仕方ないじゃないか。
「ちゃんとお礼、しなくちゃね」
デートをドタキャンしたお詫びも兼ねたお礼。言葉だけじゃ、どれだけ感謝してるか伝わらないかもしれない。
「ふふ……」
ドキドキと胸が高鳴る。
彼女は柔らかい笑みを浮かべると、ポケットからリップクリームを取り出し、そっと唇に塗った。




