16番 桜田 ラン
桜田 ラン:フランス人のハーフ。時代劇好きの祖父の影響で、日本語は独特の口調。
彼女は十四歳のときにフランスから日本へ移り住んだ。言葉の違い、習慣の違い、その他もろもろの違いに戸惑い、当初はフランスへ帰りたいといつも思っていた。
大概のことは乗り越えたが、今でも一つだけできていないことがある。
フェンシングを再開できていないのだ。
二年三組のフランス人形、などと呼ばれ、かわいいと評判の彼女であるが、実は祖母の影響で五歳の頃からフェンシングを嗜んでいる。残念ながら日本ではマイナーな競技で、近くに習えるところがなかった。日本の暮らしに四苦八苦していたこともあり、わざわざ遠くまで習いに行く気にもなれなかった。腕前はなかなかのもの、そのまま続けていればオリンピックも狙えたのではないか、と祖母はずっと残念がっていた。
その祖母が、二年ぶりに日本へやってきた。仕事の関係で来日し、ついでに日本のお正月を体験して帰るという。
その祖母に誘われて、彼女は祖母の知人が参加しているというフェンシングクラブの練習に参加した。まさか日本にまで知り合いがいるとは、祖母の顔の広さに驚くばかりである。
「ラン。勝負しましょう」
かつてオリンピック代表一歩手前までいった祖母。七十を超えた今も趣味として練習を続けている。一方の彼女は日本へ来て三年、久々に握ったフルーレはずいぶん重く感じた。
「アレ!」
試合開始の合図とともに彼女はフルーレを突き出した。体力的には圧倒的に彼女が有利、しかし三年のブランクは大きく、技のキレはかつてのそれとは比較にならなかった。
勢いだけで突きかかった彼女のフルーレはあっさり捌かれ、祖母のフルーレが入った。
「あらあら、情けないこと」
そんな言葉が聞こえたわけではないが、祖母の仕草からそう言われている気がした。
おのれ、と頭に血がのぼる。
そう、可愛らしい外見とは裏腹に、彼女は負けず嫌いで血の気の多い女の子だった。子供の頃は近所の男の子を従えてやんちゃし放題、血の気を抑えるためにフェンシングを習わせられたと言ってもいい。
まさに、この祖母にしてこの孫娘あり、なのである。
「おらおらおらおらおらおら!」
「むだむだむだむだむだむだ!」
祖母と孫娘はそんなことを叫んでいる……ように見えるほど激しく戦った。見ていた人たちが息をのむほどの、猛烈な攻撃権の奪い合いを演じ、試合時間終了直前にほぼ同時に相手に突きを入れた。
判定は……祖母の一本。
「ラッサンブレ・サリューエ!」
試合終了。一礼し、下がった二人だが、先にへたり込んだのは彼女だった。
「あらあら、情けないこと」
今度ははっきりと言われた。ぐぬぬ、と睨み返したが、負けたのは事実。
死ぬほど悔しい。このまま引き下がれるものか。
「おばあさま! 次は負けないですからね!」
彼女はフランス語で言い返した。ちなみに日本語は妙な口調であるが、フランス語ではごく普通の今時の娘の口調である。
「おーほほほ、ろくに練習もしないあなたに、負けるものですか!」
「むきー! する、ぜーったい練習する! そしてぶち倒す!」
地団太踏む彼女を見て高笑いしながら、彼女の祖母は安心した。
文化の違い、言葉の壁。そういったものに悩み、ふさぎ込んでいた二年前。このままフランスへ連れて帰ったほうが良いのではないかと心配したものだが、この二年ですっかり元気になっていた。
「二年生になってから、目に見えて元気になったわ。今は学校が楽しくて仕方ないみたい」
この夏、心配していた祖母に彼女の母はそう教えてくれた。実際に会い、孫娘が楽しそうにクラスメイトの話をするのを聞いて、もう心配ない、と安堵した。
「ぜーったい、ぶち倒す!」
しかし、男の子のように喚き続ける彼女を見て、祖母は別の心配が出てきた。
この子、ちゃんと恋人を作れるのかしら?




