前編 ヴォゴラVSメカヴォゴラ -巨獣災害対策本部-【画像あり】
〜主な登場人物〜
・龍崎兜疾
主人公。巨獣災害対策本部(通称「巨獣対」)直属の防衛隊中尉であり、54式装甲機獣の専任パイロットを務めている。無骨で不器用で無愛想な人物であり、トップアイドルの慰安にも辟易していたのだが……。年齢は24歳。
・咲倉恋
ヒロイン。かつては国民的なアイドルグループでセンターを務めていた絶世の美女であり、巨獣対にも彼女のファンが大勢いる。プライドが高く気の強い人物であり、兜疾に対しても全く物怖じしない。年齢は24歳。
・沖尭之
巨獣対の局長に就任している政治家。兜疾とは旧知の仲であり、54式装甲機獣による東京の防衛を彼に託した。年齢は45歳。
人類の怒り。その激情を宿して放たれた、52式戦車のミサイルが――天を衝くような爆炎の色で、戦いの空を染め上げている。
大勢の罪なき民を、ただ前進するだけで無造作に奪っていく災厄の化身。そこへ向かうミサイルランチャーの「裁き」は、然るべき「罰」を下したはずだった。
――が。彼の者はそれすらも、まるで意に介さず。何事もなかったかのように、進撃を続けている。
だが、無視されていたわけではない。まるで、裁かれるのはお前達の方だと言わんばかりに――戦車隊を一瞬のうちに飲み込む「業火」が、一面に広がっていた。
『これほどの集中砲火を浴びて、傷一つ付かんとはッ……!』
『た、隊長! や、奴が、奴がッ……ぁ、あぁあぁあッ!』
天地を穿つ咆哮は空を裂き、大顎から放たれる灼熱の奔流が、高圧線鉄塔を蝋のように溶かし――火の海を顕現させる。かつて平和と安寧が約束されていた人類の都市は、その悉くが灰燼に帰した。
『うわあぁあぁあッ! りゅッ、龍崎ッ! た、助けッ――!』
「尾沢、尾沢ァッ! くッ……!」
それは、業火の色を帯びた空の果てからもよく見える――地獄絵図。この災厄を運ぶ彼の者を屠らんと、人類の命運を背に抗ってきた勇士達は。
『隊長、隊長ッ……かぁ、さッ……あ、がぁあぁあッ!』
『ダメです、奴には何も通じてない……! 嘘だ嘘だ、こんなのッ……ひぃ、ぎ、あぁあぁあーッ!』
『……撤退! 全機撤退だッ!』
ある男を除き、誰一人として還ることはなかったという。雑音が絶えず混じる通信の向こうには、先程まで空を駆けていた戦闘機の爆音と、パイロット達の断末魔だけが轟いていた。
――主力戦闘機「徒花」は。かつて最強の戦闘機と謳われたX-2「心神」をベースにしつつ、様々な技術発展を経て生み出された防衛隊の要。だったの、だが。
その力も、彼の者の前には羽虫も同然であり――厳しい訓練を潜り抜け、類稀な才覚を開花させた「エース」ばかりであるはずの、パイロット達は。その過酷な人生に対して、あまりにも呆気ない最期を遂げていく。
例えその身が朽ちようと、最期に必ず勝利という華を咲かせる。その願いを込め、徒花と名付けられた鋼鉄の翼は――開発者達の切実な想いもろとも、打ち砕かれていた。
『てめぇはなぁ、てめだけはなァッ!』
「ダメだ、通じてない! 戻れ芹村ッ、狙い撃ちに――!」
『ぁあぁあッ、があぁああッ!』
道行く人々に一瞥もされず、踏み荒らされて行く花々のようだった。
F-35Bをベースとする「梅花」は、人類の急先鋒として真っ先に立ち向かい――その翼から、機体から放たれる全ての火力を撃ち尽くす間も無く、燃ゆる海中に没していく。
『空対地ミサイルの全弾だぞ……!? 1ヶ所に狙いを定めて、火力を集中させてんだぞ……!?』
『コイツ、一体どんな外皮硬度――!』
F-15SE、サイレント・イーグル。その機体を基にさらなる発展を遂げ、「徒花」と同じく国防の要となった「桜花」は――「梅花」に続く次鋒として出陣していた。業火に照らされた空に軌跡を描くその翼で、己の身命と引き換えに未来を紡ぐはずだった。
はず、だったのに。その崇高なる使命も、搭乗者達の悲壮なる覚悟さえも、僅か一瞬のうちに焼き尽くす災禍の炎が。かつて翼だった消炭を、街に広がる火の海へと墜として行く。
『いかん、離脱しろ龍崎ッ! 奴は、俺達の翔ぶ先を読んで放射を――!』
「山江……!?」
航空戦力、最後の砦。F-2初期型を起点に改修を重ねた、「藤花」の翼までもが。まるで、他の航空機と変わらぬかの如く、もがれていく。
防衛隊最強の機体。「徒花」や「桜花」をも凌ぐ、最後の希望。それすらも、十把一絡げと言わんばかりに。彼の者が放つ非情の炎が、精鋭達を瞬く間に飲み込んでいた。
「くッ……!」
破壊という言葉を体現する、凶悪な貌。巨大にして鋭利なる大牙。天を衝く50mもの巨躯、理性を伴わぬ狂眼。そして鋼鉄の如き、堅牢なる濃緑色の鱗。
人智を超越した力と、その姿を以て。彼の者は、争いが絶えぬ人類が「団結」を知るほどの教訓を、「災厄」という対価によって齎している。
「……貴様は、絶対ッ……この俺がッ……!」
――そして恐れの象徴として、人は彼の者をこう呼んでいた。
「怪獣」、と。
◇
白亜紀に滅んだとされる恐竜・タルボサウルスの生き残り。2020年代初頭に某国がINF――中距離核戦力全廃条約から離脱した件に端を発する、冷戦以来の軍拡競争が原因となり誕生した怪獣。今から約100年前の1954年に初めて観測された、UMAの末裔。
その独特な咆哮から「ヴォゴラ」と命名された彼の者は、そのように報じられている。品川区を一夜にして死の街へと変えた破壊神、とも。
彼の者の為に日本の防衛隊は既に甚大な被害を受けている。この状況を打破すべく設立されたのが、巨獣災害対策本部――通称「巨獣対」であった。
彼らは皆、東京湾の下に隠された基地で息を潜め、反撃の機会を伺い続けている。
「そんな奴を倒す為に造られたのが、この機体ということですか」
「こいつの為に国防予算は火の車。財務省はてんてこ舞いだ」
「……また税率の引き上げですか」
「引き上げた先の国が、残っていればな」
そして、黒のスーツに袖を通した巨獣対局長の沖尭之と――緑の戦闘服の上に黒のベストを羽織る、元防衛隊の龍崎兜疾中尉は。
鈍色と黒鉄色を基調とする重装備で全身を固めた、全長50mにも及ぶもう一つの「怪獣」を見上げている。
両肩に搭載された大型レーザー砲。両腕と口内に搭載された機関砲。背部にある背鰭状の装置に積まれた多弾頭ミサイル。
その武装全てを一身に纏う、鋼鉄の鎧。そして、いかにも「悪役」と言わんばかりの、歪に吊り上がった凶悪な眼と大顎。
それはヴォゴラとは似て非なる、人類の手で生み出された最強の「紛い物」であった。
――54式装甲機獣。通称、メカヴォゴラ。数度に渡る防衛戦と敗走を経て、彼の者の遺伝情報を得た巨獣対によって急造された、怪獣型の棺桶である。
怪獣の体細胞から生成された人工筋肉を、人類最強の超合金を掻き集めた外骨格で覆い尽くす、黒鉄の棺桶。それは核の炎を除き、彼の者を阻止しうる最後の可能性であった。
その棺桶に入れられる死人同然のパイロットは、二回りほど歳が離れた上司を、訝しげに見つめている。
「それより君には、彼女の相手をして貰わねばな。彼女と同い年だという君が、最も適任だろう?」
「……特別手当は?」
「期待していい」
そして、これから基地を案内をしなくてはならない相手に、頭を痛めていた。疲弊している巨獣対への「慰安」という仕事で来ている、歌姫に。
◇
「本日ご利用して頂く舞台は、こちらになります。会議室だった部屋を急遽改装したもので、規模としては小さなものになりますが……」
「……」
とある大人気アイドルグループの元センターだという、咲倉恋は。ショートヘアの黒髪を靡かせ、優雅に廊下を歩んでいる。
その隣に並ぶ兜疾は、透き通るような彼女の美貌としなやかな脚を前にしても、眉一つ動かさない。すでに品川区と港区が件の「怪獣」により壊滅的な打撃を受けているというのに、わざわざ千代田区から慰安に来たという「命知らず」な彼女に、辟易するばかりであった。
彼女を除く千代田区の都民……だけでなく、東京の人々の殆どがすでに、他の地方へと疎開しているというのに。彼女だけは、巨獣対に自分のファンが多いというだけの理由で――自ら志願して、ここまで来てしまったのだから。
「……ねぇ。さっきからずっと堅苦しくて、嫌になるんだけど。そんな辛気臭い顔で畏まられるくらいなら、タメ口の方がマシ」
「……なら遠慮なく」
兜疾の胸中は、そのまま表情や雰囲気に現れていたのだろう。そんな彼が余程気に食わないのか、恋はアイドルとしての営業スマイルも忘れていた。
――しかしその方が、「おべんちゃら」を嫌う兜疾としても好都合なのである。
「知っての通り、今度の作戦が失敗すればここも危ない。万一の時は、誰を見捨てても生き延びることだけを考えろ」
機獣は「棺桶」と揶揄されるほどの急造兵器であるが、同時に巨獣対の「叡智の結晶」でもある。この兵器を投入しての迎撃作戦さえ失敗に終われば、国連軍による港区への核攻撃が待っているのだ。
日本に再び核を落とさせないためにも、誰にもそんな業を背負わせないためにも、巨獣対は何としても勝たねばならない。例え、死を賭しても。
「……巨獣対の皆も? それが、あなた達の仕事だから?」
「そうだ」
「ふぅん、仕事なら仕方ないね。なら私も、自分の仕事をするよ。夢を与える、アイドルの仕事をね」
お望み通りに気遣い無用の忠告を言い放つ兜疾に対し、恋は頷きながら踵を返す。だがそれは、忠告の内容に真っ向から逆らう「意志」の表れであった。
グループを卒業しても、自分は「アイドル」なのだと。
「……こんな状況でも、きっといつかは光が差すって、歌に乗せて皆に伝える。それが私の仕事よ。逃げるなんて、絶対あり得ない」
「……要するに、しくじるなと言いたいのか」
「そのためにあなたがいるんでしょ。ねぇ、不死身の兜疾さん?」
――不死身の兜疾。幾度となく怪獣との戦いで死に瀕し、それでも必ず還って来たことから付いた渾名。恐らくは、巨獣対の仲間が彼女に漏らしたのだろう。
「……好きにしろ」
「うん、好きにする。……あ、そうだ」
生き恥を象徴する不名誉な渾名に言及され、あからさまに臍を曲げる兜疾を見上げて。恋は不意を突くように、彼の手を握る。
戦い漬けだった男の掌に、白く艶やかな美女の肌が触れていた。
「はい、握手成立ね」
「……君が勝手に握ったんだが」
「タダでアイドルと握手しちゃうなんて、いけないんだー。こりゃあ絶対次のライブに来て、埋め合わせしなきゃだね?」
したり顔で笑う彼女に、露骨に眉をひそめながら。兜疾は尭之の言葉を振り返り、深々とため息をつく。
どうやら、これが「特別手当」らしい。メディアの間では「クールビューティー」で通っている彼女だが、その笑顔はさながら可憐な少女のようであった。
「……勝手だな」
「残念、それがアイドルだから」
これから怪獣型の棺桶に入ろうという男に、この奔放な歌姫は何という無茶を押し付けていくのだろう。
兜疾はそんな胸中を隠しもせず、うんざりとした表情で恋を見下ろしていた。
是が非でも作戦を成功させ、彼女を守り――埋め合わせを果たさねばならない。そんな余計な仕事を増やされた彼に、恋は悪戯っぽい笑顔を見せて。
その瞳に、決して逃げない――という固い意志を宿している。
◇
『港区に怪獣出現! 総員、第1種戦闘配置に付け! 繰り返す! 総員、第1種戦闘配置に――!』
そして、僅か数時間後。彼の者の接近を受け、東京湾に浮上した巨獣対基地は第1種戦闘配備へと突入し――兜疾もまた、機獣という名の棺桶に飛び込んで行く。
『不死身の兜疾という渾名とも、いよいよお別れかもな』
『せいぜい傷の一つくらいは付けてきてくれよ?』
「……残念だが。まだ当分、卒業は出来そうにない」
『ほう?』
「俺に生きろと、うるさい奴がいる」
巨獣対の職員達から次々と飛ぶ皮肉に、彼は忌々しげな口調で答えていた。僅かな笑みを見られないよう、モニターを切りながら。
「54式装甲機獣……出るぞ!」
――やがて、戦場への扉が開かれると。鋼の巨獣は荒波を掻き分け、歯車が擦れ合うかのような咆哮と共に、轟音を立てて歩み出して行く。
この作戦に未来を掛けた巨獣対と。尭之と。恋が見守る中。
「貴様は必ず、この俺がッ……!」
海を渡り、港区の市街地――だった戦場に辿り着いた、龍崎兜疾は。焼け跡だけが残る廃墟となった街で咆哮する、怪獣と相見えるのだった。
それは果たして――怪獣に敗れた先に待つ、東京の「終わり」か。
怪獣を屠った先に待つ、復興の「始まり」か――。
◇
品川区を焼き尽くし、幾度となく防衛隊を打ち破って来た火炎放射。その洗礼を凌ぐ鋼鉄の身体の中から、兜疾は操縦桿を握り締める。
戦闘機に乗っていた頃とは何もかも勝手が違うが、それでもこの「棺桶」を乗りこなすための訓練と――巨獣対基地なのだ。この「棺桶」で彼の者に勝たねば、自分に賭けた巨獣対の面々にも、沖局長にも立つ瀬がない。
――それに、あのうるさい女にもな――
彼女の笑顔が脳裏を過る瞬間、彼はコクピットの端にあるスイッチに手を伸ばし――機獣背部に搭載されている、多弾頭ミサイルを解放した。
刹那。機獣の背鰭が内側から開かれ、その内部に秘められていた「矢」の群れが天に向かって翔び出して行く。全ての弾頭が頭上から降り注ぐかのように怪獣へと直撃し、火を吐く顎を閉じさせたのは、その直後であった。
火炎放射の最中に無理矢理口を閉じられたことで、灼熱が逆流し怪獣の身体が内側から焼き尽くされて行く。その苦悶故に発せられた怪獣の叫びは、これまで人類が聞いたことのない色を帯びていた。
「咆哮が変わった……!」
『攻撃が効いてるんだ、そのまま一気に畳み掛けろ!』
その変化に勝機を見出したことで、戦況をモニタリングしている巨獣対の面々から通信が入ってくる。だが、兜疾は勢いに乗ろうとはしない。
「――ッ!」
彼が次に選んだのは、回避行動だった。雄叫びと共に突進してきた怪獣は、そのまま体当たりすると見せかけて――身体を反転させ、尾を振るって来たのである。
間合いを詰めることで視界を狭めた上での、画面外からの打撃。その攻撃を予感した兜疾は咄嗟に、機獣の尾と両脚を利用して飛び跳ね――脚部の噴射機構による空中浮揚で、不意打ちを回避する。
機獣の足元を怪獣の尾が、無数のトラックや乗用車を舞い上げながら通り過ぎて行く。その弧を描くような攻撃が終わった瞬間、機獣の両脚が轟音と地響きを立てて、港区の地上へと辿り着いた。
もし下手に食らって転倒していれば、それだけでさらに装甲にダメージを負っていただろう。開戦直後の火炎放射によって、すでに機獣の鎧は爛れ始めている。
「近付き過ぎたな――ヴォゴラ!」
これ以上の損傷を受ける前に、ケリを付けなくてはならない。兜疾は操縦桿のスイッチを押し込み、両腕の口内に搭載された機関砲による一斉射撃を開始する。
戦車砲にも勝る貫徹力の弾丸を、秒間200発。その火力を至近距離で撃ち込まれた濃緑の怪獣は、再び苦悶の声を上げて後退し始めた。
間違いなく、効いている。このまま押し切れば、彼の者を屠れると誰もが確信した――その時であった。
「――!」
悲鳴を上げている、かのように見えた怪獣の大顎から。再びあの、灼熱の炎が灯されたのである。
装甲を通してコクピットにまで伝わる、その熱気を兜疾が感じた時にはすでに――彼の眼前に向けて、大顎が一気に開かれていた。
「ぐあぁあぁあッ!」
『龍崎ッ!』
戦局の推移を見守っていた沖局長が、声を上げる瞬間。兜疾の呻き声と共に吹き飛ばされた機獣が、廃ビルや高架橋を薙ぎ倒しながら転倒して行く。無数の建物が粉々に砕け散って行く様は、さながら発泡スチロールのようだ。
やがて、機獣を追うように街を焼き、兜疾を襲う怪獣の火炎放射は――黒鉄色の肩鎧も、鈍色の身体も、蝋のように溶かして行った。中身諸共、と言わんばかりに。
「ぐうッ……うぅうぁッ!」
『龍崎、後退しろ! 機獣はもう――!』
通信を通して伝わる沖局長の叫びも、機内の異常温度による故障で掻き消されて行く。だが、彼の言わんとすることを察するのは容易い。
腕は良いが、愛想のないパイロットと。巨獣対などという色物な組織を創り、機獣などという棺桶に携わる官僚。そんな変わり者同士である、彼らなら。
「――退けるわけ、ねぇだろうが」
お互いの考えなど、簡単に伝わる。そして伝わるからこそ、兜疾はそれを拒んでいた。
ここで退くということは、作戦失敗を意味する。そしてそれは、港区への核攻撃が始まることを意味するのだ。
被害は間違いなく、東京全体に広がるだろう。その攻撃が呼ぶ経済的損失と、それに伴う国民の困窮は計り知れない。
――こんな状況でも、きっといつかは光が差すって、歌に乗せて皆に伝える。それが私の仕事よ――
「だったら……俺の仕事は……!」
何より。戦う力もないというのに、死を恐れず巨獣対のために駆け付けた彼女に、申し開きのしようがない。
黒鉄色の胸鎧さえ溶かして行く、怪獣の火炎放射によって――コクピットの中で焼きごてのようになった操縦桿を、兜疾は一気に握り締めた。
「……ぁあぁあぁあッ!」
掌から肉の焼ける音と蒸気が吹き上がり、彼の絶叫がコクピットに響き渡る。それでも機獣を操る「不死身の兜疾」は、操縦桿から手を離すことなく――押し倒して行く。
その瞬間。歯車が歪に擦れ合うような、不快な金属音と共に――機獣の両肩に搭載された、漆黒の大型レーザー砲が放射された。
眩い閃光となって伸びる、人類の「剣」が――火炎の脇を擦り抜けるかのように、怪獣の胸に突き刺さる。あらゆる攻撃を凌いできた堅牢な皮膚でさえ、紙切れのように突き破るその威力が――怪獣の絶叫を呼んでいた。
苦悶の唸り声を上げ、転倒する怪獣は火炎放射を続けながらのたうち回り。その鋭利な狂眼で機獣を射抜きながら、ゆっくりと立ち上がる。
一方、機獣は倒壊した廃ビルに寄り掛かったまま、身動きが取れずにいた。先程のレーザー砲が、最後の一撃だったのである。
「……やれよ」
焼けた皮膚が張り付いた操縦桿から、爛れた掌を離して。兜疾は憔悴しきった表情で、画面の先に居る怪獣を見据えていた。
もはや、打てる手はない。機獣の装甲は原型を留めないほどに溶解し、両肩のレーザー砲も銃身が焼け付いている。今の機獣はまさしく、棺桶と呼ぶに相応しい惨状であった。
そして、そんな彼にとどめを刺すべく。濃緑色の怪獣は再び大顎を開き、火炎放射の充填を始める。
この戦いに「終わり」を齎す、破壊の業火。その灼熱が再び、放たれる――その時だった。
「……!?」
突如、怪獣は悶え苦しみ――大顎から僅かな火を吹いた後、尾を翻して踵を返してしまったのである。
そして、その行動に目を剥く兜疾と、怪獣の眼光が交錯する。
――次に会った時。必ず、お前を殺す――
その時。理性というものを持たない、狂気一色だったはずの怪獣の眼には――兜疾にだけ向けられた、特別な「殺意」に溢れていた。
人智を超えた怪獣という存在により、「倒すべき敵」と認知された彼を残して。背鰭を向ける怪獣は街を去り、そのまま夕陽に彩られた海の彼方へと消えて行く。
『――崎、龍崎! おい、通信は回復したのか!?』
『もう通じてるはずです!』
「……聞こえてますよ、局長」
『龍崎……やったな。よく、やってくれた』
「機獣は酷い有様ですけど。これ、作戦失敗じゃあないんですか?」
『……なら、国連軍の御偉方に聞いてみろ。怪獣が消えた今、一体どこに核を撃つんだ……とな』
巨獣対基地との通信が回復したのは、それから間もなくのことであった。まだ雑音は絶えないが、その向こうからでも基地内に広がる歓声は伝わってくる。
その心地良さを感じながら、自嘲するように笑う兜疾に対して――沖局長も、薄ら笑いを浮かべていた。怪獣の抹殺にこそ失敗したが、東京から撃退した以上、街が核に汚染されることはない。
何もかもが上手く、とは行かなかったが。それでも確かに、東京は守られたのだ。
「……次に会ったら。貴様は絶対、この俺が……」
その上で、満たされないものを抱えながら。
怪獣に向けられた眼差しを思い起こして――兜疾は意識が途切れる瞬間、そう呟いていた。
◇
――東京への核攻撃による怪獣の殲滅は、次に都内で観測されるまで無期限の延期となり。被害に遭った港区と品川区の復興が始まる頃に併せて、機獣の修復作業も開始された。
再び怪獣が現れても、核攻撃が始まる前に都民が避難するまでの時間を稼げる「防衛戦力」が不可欠だからだ。龍崎兜疾中尉の奮戦は、機獣にその力があるという証明となったのである。
そして。巨獣対は来るべき怪獣との再戦に向け、機獣の修理と「改良」に動き出していた。
「沖局長、龍崎中尉がお見えにならないのですが……もしかしてまた、有給使って復興ライブですか?」
「あぁ……どうも、埋め合わせが必要らしい。彼女も被災者支援のためにほぼ毎日、ワンマンライブしてるらしいからな。あいつとしても、放って置けないのだろう」
「全く、両手もちゃんと治ってないのにあの人は……。明日は勲章授与式だってのに」
「ふふ、完治するまで『特別手当』はお預けだな」
――の、だが。その要となるパイロットは今日も、破天荒な歌姫に振り回されているのだという。
終