第五十八話 1915.2.1-1915.2.28 スウェーデン
色んな所に手を伸ばしている主人公の日常。
1915年2月10日、来月にあるだろうヌーヴシャペルの戦いに参加する為に、英国に駐屯していた志願兵によって編成されたカナダ遠征軍がフランスへと渡っていった。
彼らはフランスでより実践的な訓練を経て3月上旬の攻勢に加わる。カナダ軍にとって遠く離れた地で本格的な戦争に参加する事は初めての筈だ。
今回英国に派兵されたカナダ軍は、戦争慣れした英国軍に比較すると素人同然の部隊であり、ヌーヴシャペルの戦いでいきなり実戦の洗礼を受けることになる。この戦い以降カナダ軍は、激戦続きの実戦で質実共に鍛えられ、欧州大戦が終わる頃には一線級の軍へと変貌を遂げる。
その経験もあり、二度目の欧州大戦では連合軍の強力な一翼を担う迄になった。
これは、この世界で欧州大戦に参戦するかどうかは今の時点では未知数だが、史実の米軍にとっても同じことが言え、もし一度目の欧州大戦に米軍が参戦していなければ、二度目の世界大戦を戦った時の米陸軍の将帥達は誕生し得ず、また戦車など新しい兵器やそれらを駆使した新戦術に対する理解も格段に遅れただろう。
一方我が皇国軍はと言えば、幕末から今に至るまで日清、日露と幾度もの戦役での数々の実戦で近代戦の経験を積み重ねて鍛えられており、欧州の主要な軍に劣るものではない筈だ。
ただ、俺が用意した本来この一度目の欧州大戦には存在しなかった筈の新装備が、独軍に対する強力な武器になるか裏目に出るかは、正直今の時点ではわからない。
史実においてもドイツ帝国の開発力、工業力は決して侮る事が出来ず、俺が送り出した戦車を早ければ来月見る事になる独軍が、その後最初に繰り出してくる戦車が史実と同じ〝A7V〟である保証はどこにもない。もしかすると遥かに優秀な戦車が出現する可能性もある。
更には軽機関銃や突撃銃などの装備なら、戦地で鹵獲すれば同等の兵器を半年も経ずに実戦投入してくる可能性すらあるのだから。
理想を言えば史実通り1918年まで戦い続けるのではなく、それこそ今年中に終戦まで持ち込めば、俺達は戦後も軍事的優位を保ち続けることが出来るかもしれないが、この世界でも1918年まで戦争が続いたならば、史実とはまるで異なる戦場が世界のそこかしこに誕生している可能性すらある。
ところで3月のヌーヴシャペルの戦いの後、問題になったのが砲弾不足。この世界の3月の攻勢は史実とは異なったものになるだろうが、砲弾不足は恐らく起きるだろう。
我が皇国軍は英軍から弾薬や砲弾の供給を受けられることになっているが、当然ながら自国軍をおざなりにしてまで我々が供給を受けられるとは思わない方が良いだろう。
だから英軍経由とは別に我が欧州派遣軍にうちから供給している弾薬は、スウェーデンにあるノルマ社に発注している。ノルマ社は高品質の弾薬を作るメーカーなのだが、この時代のノルマ社はスウェーデン国内向けに狩猟銃用の弾薬を主に製造販売している小さなメーカーに過ぎなかった。
ノルマ社が本格的に軍用途も含め幅広い弾薬製造に進出し、前世の時代の大手メーカーに至るのは二十世紀半ば、つまりは第二次大戦後だ。
当然、現在のノルマ社にはうちの会社の求める膨大な需要に対応できるだけの設備も資本も無かったので、うちの会社からの容赦のない出資攻勢を受けた結果、漸く大戦直前には必要な需要を満たすだけの製造能力を獲得するに至った。
お陰でノルマ社はすっかりうちの会社の系列会社になってしまったのだが、戦争での更なる需要増に応えるため、ノルマ社の英国工場を作らせた。
ノルマ社はエース格のエンジニアであるカール・ワンを送り込んで来て新工場立ち上げに従事させるという本気度をもって対応してくれたのは有難い事だ。
しかし、このまま行くとノルマ社は創業者であるエンガー三兄弟が退任したら、完全にうちの子会社になってしまうな…。
そんなノルマ社に対する投資に絡んで、幾度かスウェーデンまで出向いて現地の事情を知った事でわかったのだが、この時期のスウェーデンという国は、毎年のように外国に移民を出さなければならない程貧しい国だったのが、工業化に伴って急速に力を付けていき、二度の世界大戦を経て力強い成長を遂げるのだが、その丁度入口の時期であるという事だった。
つまり、後の世界レベルの有力企業がこの時代のスウェーデンではまだ黎明期だったり、それ程の規模の企業では無かったりして、投資先として有望な企業がゴロゴロと転がっている状況なのだ。
そこで俺は将来投資の意味もあり、ノルマ社以外にも幾つもの企業に投資したのだが、その中の一つがかの有名なボフォース社だ。この時代は戦艦の艦砲なんかを作っていて、後のヒット商品である37mm対戦車砲や20mm機関砲、前世の俺が生きていた時代でも未だ使われている40mm機関砲などは影も形もない。
俺の会社では現時点で機関砲の開発はデグチャレフにさせているが、元々彼はガンスミスで大砲屋という訳では無い。本人は割と選り好みせずにどんな仕事でも喜んでやっているが、彼には彼にしか出来ない仕事をやって貰いたいからな。
だからボフォース社に出資して、皇軍向けの装備として機関砲や対戦車砲などの装備を開発させようかと考えている。史実でも実績のあるメーカーだけに、投資先としても兵器メーカーとしても十分期待に応えてくれるだろう。
1915年、2月も終わりの頃、米国のオールズからまた手紙が届いた。
内容はいつもの経営面での報告書や近況などが書かれた手紙だが、文中に〝君が探してくれと頼んでいた少年を見つけたよ〟との一文があった。
少年の名前はプレストン・タッカー。後の米国の起業家であり発明家。優秀な技術者でもあり、一流の自動車セールスマンでもある。その才能は史実でも自動車だけに留まらず航空機の開発に関しても、結局この分野では病に倒れた為アイデアの域から出る事ができなかったが、優れた資質を見せていただけに、不遇なまま人生を終えたのが残念な人物だ。
彼は幼少の頃に父親を亡くし、教師をやっていた母親一人に育てられその暮らしぶりは決して豊かとはいえず、学業を棒に振ってでも常に働き続けていたのは母親の為だろう。
タッカーは子供の頃から車に魅せられていた少年で、それこそ10代前半の頃から車に関わっていた。
だが彼はその知識のほぼすべてを独学で学び、工科大どころか工業高校すら卒業していない。
そんな将来有望な少年の〝あしながおじさん〟を俺がやってやろうという訳だ。勿論青田買いの為にだが…。
折り返しの手紙でオールズに〝タッカー少年の面倒を見てやってくれ〟と頼んだ。
理由に関しては、今は英国に居る鉄道技師だった少年の父親の友人の友人に頼まれた、としておいた。
勿論嘘だが、オールズが深く詮索してくることもないだろう。
オールズにはこの件のお礼にタッカー繋がりだが、ハロルド・ミラーという自動車技術者を紹介しておいた。
ミラーはアルミニウム合金に知見があり、アルミニウムピストンを使ったエンジンなんかを開発した事もあり、ちょうど今の時分は自動車部品を販売していたような気がする。
この辺りは、前世でタッカーを題材にした映画を見て色々調べた時の知識が活きているな。
ちなみにミラーは大学出立ての頃、オールズの前の会社であるオールズモービルで働いていたから、もしかすると面識があるかもしれない。
オールズは自動車関係の技術者の間では所謂カリスマだから、声を掛けたら案外直ぐに雇えるんじゃないか。
ミラーはと言うと、当時はレースで知名度があった人物だ。
今回我が社の航空機の採用が不調な事で思ったんだが、知名度を獲得する為にもレースとかには金が多少掛かっても参加すべきだな。
今後の課題だ。
今回のオールズの手紙にも最新のマーチンの飛行艇の写真が同封されていたが、その姿はこの時点ですでに完成度が高すぎて、セールスが伸びている、というコメントにさもありなんと思わず頷いてしまったぞ。
いよいよ月が明けると攻勢が始まります。