第五十二話 1914.11.1-1914.11.15 皇軍渡仏す
準備を進めていた皇軍が仏蘭西へと渡りました。
1914年9月中旬辺りから始まった、所謂〝海への競争〟という戦線の塹壕化を招いた、英仏軍とドイツ軍双方共に側面攻撃を狙った迂回競争は、10月19日頃より始まったベルギーの都市イーペルを巡る攻防戦へと帰着した。
開放された北部イーペルでドイツ軍は、前哨戦のランゲマルクの戦いで同戦区を担当する英軍に対し、予備戦力まで投入した攻勢をかけたが、数万人の損害を出しながら何もなせなかった。
それに続くイーペルのベルギー、フランス軍に対するドイツ軍の攻勢も、イーペルの街を無残な姿に変えるほどの攻防が行われたが、結果としてドイツ軍の攻勢は頓挫した。
結果、イーペルでの戦いは史実以上の英軍の健闘はあったものの、英軍の兵力は大勢を覆すほどの規模ではなく、また英軍の担当戦区はイーペルの一部という事もあり、その善戦の影響は限定的なものに留まった。
つまり、史実の様に攻勢を支えきれず撤退に追い込まれる事も無かったが、たとえ一戦区だけが優勢だとしても攻勢に出られるわけもなく、結局英軍は前線を維持しただけだが、撤退がなかった為、史実で起きた反攻による奪還戦もなかった。
しかし、この奪還戦で本来失われたはずの数万にも及ぶ夥しい英軍熟練兵の損失が最低限に抑えられた意義は、独仏軍、そしてベルギー軍の大損失を考えれば、戦果以上に大きいのかもしれない。
イーペル会戦の後、ドイツ軍は連合軍の反攻に備えて西部戦線で強固な塹壕陣地を掘り進めた為、戦闘は泥沼の塹壕戦へと移行した。
また攻勢に頓挫した独軍は、西部戦線では再編成のために守勢に入ったが、同時にこの後史実と同様に発生するだろう東部戦線での攻勢のために、西部戦線の主要軍団からの戦力抽出を行ったのだろうと思われる。
いずれにせよ、次の戦いの準備の為に、両陣営ともに膨大に消費した補給物資の充足と、損傷し疲弊しきった部隊の為に再編成の時間が必要だった。
ここまでは、史実の流れと大して変わらない。
11月に入り、我が皇国欧州派遣軍の先遣部隊が、イギリスの港より船でフランスへと渡っていった。
そして現地での受け入れ体制を整えると、続いて第一、第二の両混成旅団が二週間程でフランスへと渡り、作戦参加の為の準備に入ったらしい。
それに伴い親父殿ら欧州派遣軍の司令部も、連絡のための将校や後方部隊を駐屯地に残して全員がフランスへと移動した。
フランスに渡る際に親父殿を見送りに行ったが、やはり親父殿は軍服が似合うな。
我が皇国欧州派遣軍は英国の要請により参戦した為、英軍の助勢という立場であり、皇軍の司令部も英軍の司令部内に置かれており、作戦行動も英軍の要請に基づいて行う、という事になるだろう。
一方皇国派遣軍の海軍部隊は、任務に応じていくつかの部隊に分けられ、それぞれの任務へと就いた。
金剛と比叡の二隻の巡洋戦艦は、ドイツ海軍との決戦に備えて英海軍と行動を共にする。
出撃準備を急ピッチで進めていた我軍初の強襲揚陸艦は、防護巡洋艦と駆逐艦一戦隊、そして輸送艦など補助艦艇を従えて、欧州派遣軍への海上からの支援任務に就いた。
当面は北部戦線の為に偵察機を飛ばしたり、必要があれば火力支援を行ったり、あるいは物資を運んだりといった任務を行うようだな。
ちなみに、強襲揚陸艦の名前は『神州』。つまりは日本。今後の我軍の象徴に相応しい艦名と言えるだろう。
それはさておき、まさか史実の特殊船神州丸と同じ名前をあててくるとは思わなかったぞ。偶然なのか、あるいは必然なのか…。深く考え無いことにしよう。
また本国で装甲巡洋艦伊吹を旗艦とする新たな特務艦隊が編制され、インド洋での哨戒任務に当たっていると伝え聞いた。
おそらくエムデンだろうドイツの巡洋艦が、インド洋で我が皇国の商船を含む連合軍の商船に対し通商破壊作戦を行っているらしい。
この辺りも史実通りではある。
11月も初旬の頃、米国のオールズから近況が届いた。
ビジネスパートナーでもあるオールズとは頻繁に電報でやり取りをしながら、一、二ヶ月に一度、長文の手紙でのやり取りをしている。
今回オールズから届いた分厚い封筒には、今や俺も出資者の一人になっているREO自動車の経営報告などの他、オールズに運営を任せている米国航空機製造会社の経営報告が写真とともに入っていた。
どうやらマーティン、そしてロッキード兄弟達は、営業的にもニーズの多い商業用の飛行艇の方に本格的に軸足を移したようで、彼らの作った最新の飛行艇の写真が入っていた。
史実でもマーティンは水上機や飛行艇をいくつも手掛けていたから、もともと好きなのかもしれないな。
北米のボートメーカーが手掛けたらしい、カヌーを思わせる機体に大きな二枚の翼を持つ双発の複葉飛行艇は、コックピットはオープンタイプでこの時代ならではだが、積載量などはよくわからないな。
一先ず初飛行は成功しており、順調に改良を進めながら現在セールスを始めているらしい。
史実だとそろそろ米軍から米国内の航空機メーカーに米軍向けの航空機の開発の話が来る頃だと思うが、この世界だとどうなんだろうな。
オールズからの手紙が届いてから少しして、今度はフランスにいる筈のロマックス少将から手紙が届いた。
時期的に、書かれたのはイーペルの戦いが一段落した辺りだろうか。
ロマックス少将からの手紙は、例の野戦装甲指揮車の使用レポートだった。
読んでみると概ね好評の様で、夏の間の車中の暑さには少々辟易とするところがあったが、大型の換気扇のお陰で仕事に差し障る程では無かった、との事だ。
他にも、キャンピングカーよろしく行く先々で時間を掛けること無く直ぐに司令部を開設して仕事に取り掛かれることや、移動の際もこれまでとは比較にならない程の短時間で司令部を閉じて移動出来るのが素晴らしい、等々。
随分と重宝している、と書かれていた。
また使用レポートとは別に、10月末頃、イーペルの戦いの最中の事だろうけど、共に守備に当たる第2師団のモンロ少将と会合を開いた時の事が書かれていた。
勿論軍機に触れる様な事は書かれていなかったのだが、当初は担当戦区にあるモンロ少将の司令部が置かれているシャトーで会合を開く予定だったのだが、モンロ少将からの、同僚たちの間で話題になっているロマックス少将の野戦装甲指揮車を是非見てみたい、という強い要望で、急遽ロマックス少将の司令部で会合することになった。
会合自体は問題なく終了したのだが、実は会合に参加するモンロ少将の師団の指揮官達は、一先ずシャトーにある司令部へ出頭し、そこからロマックス少将の司令部へ移動するという段取りを取ったのだが、それが悪かったのか、指揮官達の車両がシャトーに集まっているのを運悪くドイツ軍の偵察機に見られていた様で、シャトーが砲撃されたそうだ。
幸い、シャトーを廃墟にするほどの砲撃では無かった事と、着弾したのが主に中庭だった事で、死者は出なかったのだが、それでも付近に居たものに重傷者が出たらしい。
もし予定通りモンロ少将のシャトーで会合が行われていたら、ロマックスとモンロ両首脳部が砲撃に遭っただろうことは確実で、運良くそれを回避することができた、と書かれてあった。
司令部への砲撃と言えば、ロマックス少将が戦地で使ってみて実際にその効果が有用だと報告されたことで英軍が採用し配備が始まった欺瞞用の迷彩ネットだが、これを活用しだしてから司令部などが砲撃を受けることが明らかに減ったそうだ。野戦装甲指揮車と一緒に欺瞞用迷彩ネットをロマックス少将に提供した甲斐があったと云うものだ。
そんなわけで、俺の会社の英軍向けの装備のセールスは拡大の一途を辿っており、最近では他社から傘下に加わりたいと申し込みがあったり、英国政府から買収を斡旋されたりと、会社の規模は拡大を続けている。
そんな最近傘下に収めた企業の中に、英国政府の斡旋で買収したBSAと言う企業があった。
BSAとはBirminghamSmallArmsの事であり、自転車やバイクなんかで知られたメーカーだ。
元々は英軍に小銃なんかを供給するのが仕事の会社だ。
傘下に収めたと言っても、BSA全部を傘下に収めたわけではなく、買収したのは銃器製造部門だけだ。
この世界ではBSAの主力商品の一つとなった筈のルイス機関銃は英軍に採用されず、また英歩兵の代名詞とも言えるリー・エンフィールドライフルは第一次世界大戦勃発により平時とは比較にならない数のオーダーが入っているが、うちが開発したアサルトライフルを英軍が採用しているので、史実ほど大量生産されるかどうかはわからない。
現在英本土で編制中の機械化部隊を中心にアサルトライフルの配備が始まっているし、それに対応する為に俺の工場でアサルトライフルの大量生産が始まっているからな。
だから俺の工場は既にフル稼働状態で、更に生産量を増すには工場を増やすしか無いが、新工場を一から建設するのはかなりの手間と期間と金がかかるから、既存の工場を傘下に収めるほうが圧倒的に早く済む。
結果、BSAは自動車、バイク部門とスポーツ銃部門はそのまま従来のBSAとして存続するが、銃器製造部門のかなりの部分がうちの傘下に加わった。
これで銃器の製造能力が増強されると思ったんだが…。話はそう簡単にいかず、貴重な熟練工員たちが手に入ったが、設備がかなり古かった。
お陰でプレス機など色々と新規に設備投資をする必要が出てきて、買収費用も含めてかなりの出費となった。
それも含めて今動かしている金額は戦時特需で儲かって無ければ正直非常にやばい額で、戦後に帳尻を合わせたときに一体どうなるのか、考えるとゾッとする話だ。
勿論、戦後に大量の失業者を出さないように、会社が破綻しない様に、未来知識をフル活用して民生品を製造できるように今から準備を進めているのだが…。
皇軍が本格参戦に向けて粛々と動いている裏で、主人公も色々と苦労しているようです。