第四十八話 1914.10.1-1914.10.10 迫撃砲
フランスでは史実通り戦争が繰り広げられています。
1914年10月上旬、ヘイグ将軍率いるBEF第一軍は、ここ迄ほぼ史実通りの戦いに参加している様だが、損害が史実よりもかなり少ない。だが、あくまでも英軍は仏軍に対する助勢に過ぎず軍隊の規模も小規模なため、戦術的には優位に戦況を進めても戦略レベルの優位性を保つ事は叶わず、大勢には影響ないまま史実通りの状態に留まっているみたいだな。
BEFは、史実でもその後の歴史を決定付けた言われている〝マルヌの奇跡〟と言われた勝利の後、撤退するドイツ軍を追撃し、エーヌ川沿いに作られたドイツ軍の塹壕陣地攻略にも参加した様だ。
史実ではここで、塹壕戦を考慮しておらず訓練もしていない英軍が初めて対塹壕戦を経験して夥しい損害を被ってしまい、ヘイグをして〝戦線は膠着した〟と言わしめた状態に陥る訳だ。
エーヌ川の渓谷の先の高原に陣取るドイツ軍は、幾つもの機銃陣地を含む塹壕に籠っている上に重砲による支援も得られるという、戦闘準備が整っている状況にもかかわらず、BEFはまともな重砲支援も無いままに騎馬隊が運用する騎馬砲、つまり軽砲による支援のみで仏軍の様に銃剣突撃を試みたのだ。
当然ながら、兵の士気や練度的優位を全く活かす事が出来ず、夥しい損害を出してしまった。
史実では、英軍はモンスから始まった防衛戦で四倍以上のドイツの大部隊相手に善戦を続け、貴重なベテラン兵士を消耗しつつも、それでもこのエーヌ川での塹壕戦が始まるまではまだ損害を低めに抑えていたが、ここに来て夥しい損害を受け続け、1914年が終わる頃にはすっかりベテラン兵士が払底してしまったのだ。
ところがこの世界のBEFは、各分隊に軽機関銃が行き渡り、特にヘイグ将軍麾下の第一軍の全歩兵師団には、各中隊に2インチ軽迫撃砲、そして各大隊に3インチ迫撃砲が更に配備されていて大幅に火力が増強されている為、ドイツ軍にとっては非常に厄介な相手となっている筈だ。
ただBEFがいきなりモンスに投入された時に、迫撃砲の配備が間に合っていなかったのが惜しまれるが、過ぎた事は仕方がない。
エーヌ川の対塹壕戦に関していえば、ドイツ軍も色々と準備していたのかもしれないが、この世界の英軍も演習や訓練を重ねてかなり準備していたと言えるだろう。
俺が九月下旬に軍関係者から聞いた話では、BEFはエーヌ川の渓谷を通り抜け、高原に陣地を構えるドイツ軍に対して攻撃を敢行して突破に成功したらしい。
BEFはその戦いで初めて、騎兵旅団の装甲車や自走迫撃砲、バンガロール爆薬筒装備の工兵車両を投入したそうで、ドイツ軍側もまさか煙幕の中から銃弾の雨をものともしない装甲車両が飛び出してくるとは想像もしていなかったようで、ドイツ軍兵士は恐慌状態に陥ったらしい。
迫撃砲で煙幕を張りつつ近接支援を行い、更には機銃陣地も想定通り装甲車の12.7mm機関銃で黙らせたし、危惧していた鉄条網もバンガロール爆薬筒で上手く処理できたようだ。
ちなみにバンガロール爆薬筒は、実は1912年にイギリス軍の将校が開発した工兵装備で、彼はボーア戦争で地雷処理に関わり、日露戦争を観戦してそれらの経験を活かしてこの爆薬筒を作り出したそうだ。筒を繋げつつ繰り出す装置を装甲車に取り付ける事自体は、それほど難しくは無かったぞ。
ところが、機械化歩兵を随伴させておらず大隊規模に満たない装甲車部隊が、ロマックス将軍指揮下の第一歩兵師団第二旅団の支援を得て高原を抜き、短機関銃装備の英突撃部隊が独軍陣地を制圧したは良いが、仏軍担当の戦線の方で仏軍は完全に独軍を攻めあぐねてしまい、史実通り双方が塹壕を掘り出してしまって膠着状態になった。
BEFだけで戦果を拡大するには全くの戦力不足で、数の上では数倍するドイツ軍が混乱から回復して反撃して来た場合、孤立してしまう可能性が高い為、泣く泣く撤収したとの事だ。
史実と異なり損害は軽微。改めて実戦で、装甲戦力の威力や対塹壕戦用の突撃部隊の能力を試すことが出来て良かった、という事の様だ。
とはいえ、ドイツ軍に手の内を見せてしまった以上、次も同じ様に上手くいくとは限らないだろうな…。
南部大佐に頼んでいた自動迫撃砲の試作品が完成した。
しかし広いとはいえ、工場の敷地内では流石に火砲の試射は出来ない為、いつもの様に英軍の演習地を借りて実弾試射をする事になった。
俺のアイディアを元に皇国で開発した迫撃砲から得たデータを使って、うちの会社でも開発した迫撃砲を英軍は既に採用しており、今回の試射にも関係者が立ち合いに訪れている。
戦時中という事もあって強力な兵器ならば何でも欲しい英軍としては、試験結果が良ければすぐに採用を検討するとの事だ。
普段は英軍が火砲の射撃訓練などにも使う演習地に、うちの会社から持ち込まれた自動迫撃砲を設置する。
迫撃砲というと、俺のイメージは土台に直立する筒というあの独特の形態を想像するが、前世のロシア製自動迫撃砲を参考にしたこの迫撃砲は、仰角45度以下でも砲撃が可能なため、野砲の様にも見える。
この迫撃砲は、従来型の迫撃砲の様に砲口から砲弾を装填して射撃する事も可能であるが、真価を発揮するのは、クリップで纏められた四発の81mm迫撃砲弾を砲の後部側面から装填して連射する事によって極めて短時間のうちに砲弾を広範囲に着弾させることが出来るので、120mm重迫撃砲と互角の火力を有する点にある。
この砲を複数使用する事で広い地域を効率よく制圧射撃する事が可能であり、前世でもアフガンで使用されムジャヒディンに恐れられていたらしい。
またこの迫撃砲のもう一つの特徴として、低い仰角を取れるため直接照準による射撃が可能であり、歩兵砲の様な運用が可能である。
更には今の段階では用意していないがHEAT弾の射撃を行う事も可能であり、必要があれば強力な対戦車火器としても使う事が出来るのだ。
南部大佐の指揮でうちの会社の職員が発射準備を始める。
この自動迫撃砲は車両での牽引運用も考慮して作られて居るので、ゴムタイヤが装備されている。輸送時は跳ね上げてある迫撃砲の土台に当たる大型の固定脚を地面に向けて固定し、後はジャッキの要領で砲架を持ち上げて固定する。
射撃する時は開脚式砲架を開いて据え付ける。
そして、照準装置を使ってハンドルで狙いを定めて射撃準備完了だ。
俺が射撃許可を出すと南部大佐がうちの社員に装弾を指示し、クリップで纏められた迫撃砲弾が装填される。そして射撃レバーが引かれると、直ちに四連射される。
今の射撃モードは一気に四連射される連射モードで、射撃モードを変更すれば普通の火砲の様に一発ずつ任意のタイミングで射撃する事も可能だ。
連射速度も任意に変化させることが出来る。
クリップが押し込まれると、バンバンバンバンと迫撃砲が四連射され、空のクリップが反対側から吐き出される。
更に右側からクリップを挿入すると、バンバンバンバンとまた迫撃砲弾が四連射され、目標の辺りに土煙がバッと舞い上がり、着弾したのが分る。
この時点で立ち会っていた関係者はおおっと歓声を上げるが、この自動迫撃砲の真価は、勿論こんな物では無い。
射撃速度を上げて射撃すると、今度はババババンとまるでマシンガンの様に四連射され、目標の辺りでまるで重砲弾が着弾した様な土煙が盛大に立ち上る。
関係者は暫し無言。そして一人が何気なく手を叩くと周りもつられたのかパラパラと拍手した。
もう欲しくなったのか、英軍の関係者が値段を聞いてくる。
この自動迫撃砲は、英軍が中隊レベルにまで装備したくなる程安価な通常の迫撃砲ほど安くは無いが、18ポンド野砲よりは遥かに安価に、しかも大量生産が出来る事を話すと、この自動迫撃砲で支援砲撃中隊を編成して大隊装備にするから直ぐに採用の検討に入る、と言い出した。
この迫撃砲をうまく使えば塹壕戦を戦うのも更に楽になるかもしれないが、戦場でドイツ側に鹵獲されると確実にコピーされるだろうな…。
その後、直接射撃での歩兵砲的な運用の試験も行い、こちらの方も大体想定通りの性能を発揮することが出来た。
ちなみに英軍の主力野砲の18ポンド砲は約1300kgだが、この自動迫撃砲は約650kgとおよそ半分の重さで、しかもゴムタイヤ装備なので移動しやすく、短距離であれば運用に必要な四人の兵士でも動かす事が可能だ。
この事は急いで陣地を変更する事が可能という事を意味し、取り回しの良さはかなりの物だろう。
勿論、汎用車両であれば迫撃砲弾共々牽引運用が可能であり、将来的に開発を予定しているハンビークラスの装輪車両での運用すら可能だろう。
後日、この自動迫撃砲は〝3インチ自動迫撃砲〟として英軍に正式採用となった。
ちなみに〝3インチ〟と言ってるが、既に採用されている迫撃砲と同じで76.2mmでは無く、実際は81mmだからな。
勿論の事、皇国軍でも採用する事になった。
しかし、ふとネームプレートを見たら〝南部式自動迫撃砲〟という名称がついていたのだが、図面やデータを提供した俺としては少し複雑な気分だぞ。
この自動迫撃砲は直接射撃をする事が出来るのも特徴の一つだから、戦車の車体を利用してオープン型の砲塔に自動迫撃砲を搭載する自走砲も作る事にした。
自動迫撃砲の開発は終わったので、南部大佐には次の仕事として120mm迫撃砲の開発に取り掛かって貰う。
120mm迫撃砲といってもロシア製の120mm迫撃砲ではなく、前世の自衛隊も採用していたフランス製120mm迫撃砲RT、所謂ヘヴィモーターというやつだ。
例によって俺が図面と仕様を書き、南部大佐に開発してもう。
案外この世界では迫撃砲というとストークスでは無く、南部大佐が有名になるのかもしれん。
俺は迫撃砲に関しては、低コストでありつつも信頼性と生産性を重視した作りにしてあるし、ストークスみたいに法外な特許料は取ってないから、大量配備や運用がしやすいだろう。
だから悪いとは思うが、この世界のストークスは儲けるチャンスを逃がしたという事だろうな。
結局は小規模なイギリス軍の活躍では戦術レベルで勝てても戦略レベルでは大勢を覆すまではいかないという話…。