第四十五話 1914.8.29-1914.9.1 新装備
主人公が趣味丸出しに揃えた装備のお披露目です。
1914年も早や9月。BEFは史実通り8月22日のモンスから始まる、後に〝フロンティアの戦い〟と呼ばれる戦いに巻き込まれ、やはりフランス軍に足を引っ張られて少なからぬ犠牲を出したようだ。
正直少しは期待したのだが、やはり軽機関銃を装備した位では大して戦局には影響を与えられなかった様だな…。
戦闘の詳細が伝わるのは、恐らくもう少し後になるだろう。
ところで我が皇国軍の先遣隊が、来月には英国に到着する。
皇国の欧州派遣軍を率いるのは、俺が推薦した通り元帥府に列せられた我が親父殿だ。
親父殿自身が幕僚と共に派遣艦隊で到着するのはもう少し先になるが、今は統合軍の元帥とはいえ、陸軍の将官が海軍艦艇で欧州までやってくるなど、前世の世界では考えられなかったことだな。
さて今日は、皇国軍の装備する軍装の最終確認を行う。
といっても、調達した装備を一通り着用して不具合などが無いか見るだけなのだが…。
英軍の関係者も関心があるのか見学にやって来た。
うちの会社も手掛けている品目の範囲が広くなり、英軍の装備にもかなりかかわっている事を考えれば、無関心というわけにもいかないだろう。
今日は牟田口がモデル役を務める。
まず最初に牟田口が着用したのは戦闘服、それにヘルメットだ。
戦闘服は所謂BDU的なデザインで、迷彩パターンはマルチカム。勿論、後の世の様にコンピューターデザインしたモノではないから、なんちゃってマルチカムだ。
しかしこの戦闘服は、この時代の軍服の標準からはかなり外れていて、この時代の人間の感覚では地味で安っぽく、作らせた服飾デザイナーの言葉を借りるなら『ダサい』だ。
ヘルメットはフリッツタイプで、生産性と性能を考慮して前世でいうところの東ドイツ軍が使用していたM56ヘルメットに似たスマートなヘルメットデザインにした。
材質は出来ればケブラーの類が良かったのだが、現時点でそんなものがあるわけもないので、米軍のM1ヘルメットと同じ高マンガン鋼を採用した。
勿論、内部構造もM1ヘルメットを踏襲してプラスチック製のライナーを持つ二重構造になっている。
第一次世界大戦の緒戦では兵士のほとんどが軍帽の類だけを被って戦ったので、簡単に頭部に損傷を受けて夥しい数の兵士たちが死傷してしまったので慌ててヘルメットを着用し始めたわけだが、我が皇軍には最初からヘルメットを着用して貰うことにしたわけだ。
「牟田口少尉、着心地はどうだ」
「はっ、鉄帽が少々重く感じます」
「それが兵士たち自身の頭を守るのだから、慣れて貰うしかないな。
金属で作る以上、しっかり作ればその分重くなる。
勿論、重さに限度はあるがな」
「恐らく訓練の時から被っていれば、直に慣れるとは思います」
「うむ。こればかりは慣れてもらうしかない。
重さに関しては、同等以上の耐久性がある、より軽い素材があればよかったんだがな。
戦闘服の方はどうだ」
「大佐殿、出過ぎた事を申し上げますが、軍装とは誇りある将兵が戦に着ていく服。
ともすれば死に装束になるものであります。
何故、誇りある皇国の将兵にこの様な作業服を汚した様な汚い柄の服を着せようとなさるのですか。
小官には理解できかねます」
そこまで言うか…。
前世の感覚の俺からすれば、カッコ良い戦闘服を用意したつもりだったんだがな。
この時代の当たり前からするとやはりそういう反応なのか…。
周りを見渡すと、立ち会っている連中全員が、英軍の担当者も含めて同じくうんうんと頷いているのが見えた。
こうなると、論より証拠だろう。
「その疑問には後で答える。
装備の確認を続けるぞ。
次に、ハーネスとベルトを装着してくれ」
ピリキンが作った、当初は全て革製で重かったモデルから強度を担保しながら可能な範囲で布の部分を増やしたハーネスを、スタッフが牟田口に装着していく。
これにベルトも装着すると、それっぽくなっていくな。
やはり、戦闘服だけよりハーネスなどの装備を付けた方が、よりそれっぽく見える。
ハーネスに、弾倉や装備品を入れるポケットが付いているタクティカルベストを装備させ、
更にレッグホルスター、ニーパッド等を装備させる。
ここまで来ると、前世の兵士の最新装備と変わらなく見える。
「よし、良いな。
では、弾倉、自動拳銃、コンバットナイフ、手榴弾を装備してくれ」
「はっ」
牟田口がテーブルの上に並べられた装備品を身に着けていく。
一通り装着し終わったところで、アサルトライフルを手渡す。
「これで、一先ず全部装備したな。
最後に君、これを牟田口に着せてやってくれ」
俺はポンチョをスタッフに手渡すと、彼が牟田口に着せる。
「それはポンチョという外套みたいなものだが、カンバス地で雨風を防ぐ。
それに、装備品に入っているロッドや木の棒を使えばテントにもなる優れモノだ」
ポンチョはリバーシブルで片面がカーキ、裏面が迷彩柄だ。
「よし、ではなぜ牟田口が言うところの、作業服を汚した様な汚い柄の服を着させるのか、という問いに答えてやろう。
場所を移すぞ」
そういうと俺は、工場敷地の片隅に残る雑木林まで関係者を車に乗せて走らせる。
到着すると、牟田口を雑木林に向かわせた。
「よし、牟田口。
そこの雑木林まで駆け足。
雑木林に入ったら、こっちを向け」
「はっ」
生真面目な牟田口らしく、敬礼すると直ちに雑木林まで走っていった。
そして、雑木林に分け入ったところで、立ち合いの関係者がどよめき声をあげる。
「これが、我が皇国が装備する戦闘服です」
牟田口が居る雑木林迄僅か300m程で、彼が雑木林に入るところまではそれなりに見えていたが、今は外からの視認が困難になっているのだ。
雑木林の中に入った牟田口が、この距離でも既にどこにいるのか、わからなくなっていた。
特に英軍関係者が目を皿のようにして探していたので、双眼鏡を渡してやった。
「これをどうぞ」
「ありがとう」
早速と双眼鏡を覗き探して、やっと見つけた様だ。
「ああ、あそこ。
彼の顔が見えます」
指をさして関係者同士で話し合う。
「よし!
牟田口良いぞ、一度戻って来てくれ!」
「はっ!」
俺の声に答えた牟田口が再び駆け足で戻ってくる。
「ご苦労だった。
どうだ、装備の方の具合はどうだ?」
「はっ、想像していたより動きやすいかと思います」
「そうか、それは良かった」
勿論、開発担当者や俺自身が事前に何度も装着しては問題点を洗い出していて、それらはすでに改修済みだ。
今この時点で、大きな問題はないはずだ。
「戻って来てもらったのに悪いが、更に装備を追加してもう一度雑木林に行ってもらいたい。
先ずは、少し顔を汚させてもらうぞ」
牟田口はギョッとした表情を浮かべるが、直ぐに表情を戻す。
「はっ」
俺は、ピエロ用かと言われながら化粧品メーカーに作らせたコンバットメイクキットを取り出すと、牟田口の顔に塗っていく。
本当は喉や生え際迄きっちり塗るんだが、今日は良いだろう。
それなりの顔つきにメイクアップが終わると、牟田口に声をかける。
「よし良いぞ。
一応、自分でも見てみろ」
携帯手鏡を取り出すと牟田口の顔をうつしてやる。
一瞬、うっという声を上げたが、流石陸軍将校、すぐに意味を理解した。
「これは…、顔が視認できません」
「うむ、そういう効果がある。
すべての兵士が常時つけると言う訳にはいかないだろうがな…。
よし、最後にこれを被れ」
そういうと、牟田口に偽装ネットをかぶせる。
これで、完璧に隠れられるだろう。
「では、度々すまないが牟田口。
雑木林迄駆け足。
到着したら隠れて見せろ」
「はっ!」
牟田口は敬礼すると直ちに再び雑木林迄駆けていく。
そして林に入ると、直ぐに姿がわからなくなってしまった。
双眼鏡を渡したままの立ち合いの英軍将校に声をかける。
「どうです、今度は隠れてもらってますが、わかりますか?」
彼らは双眼鏡を回しあって、必死で探すが見つからなかった。
首を振って俺に双眼鏡を戻してくる。
俺も双眼鏡で覗いてみたがどこにいるのかさっぱりわからなかった。
「では、林まで行ってみましょうか」
そういうと、全員で牟田口が潜伏している雑木林迄歩いて行った。
そして雑木林に入っても、結局牟田口がどこにいるのか見つけることは出来なかった。
「牟田口、立ち上がって手を振ってくれ。場所がわからない」
「はっ!」
直ぐ近くでがさりと音がすると牟田口が立ち上がり、こちらに手を振る。
英軍関係者は絶句。
そして、ややして今回の感想を述べる。
「これは…。
この新しい日本軍の装備は、実に素晴らしい。
戦争の在り方を変えてしまうのではないかと思えるほどに」
別の将校が話を継ぐ。
「実は我々英軍も、装備の改良について検討が始まっているのです。
既にベルギーで戦闘があったのはご存知だとは思いますが、現地から実戦に即した装備の改良要請が幾つも上がってきているのです」
「そうでしたか」
「ええ、今日見せて頂いた情報も持ち帰って我が軍の方でも検討し、後日あなたの会社にまた相談させてもらうことになると思います」
「了解しました」
こうして、新装備は一先ずの評価を得たと思う。
モデル役の牟田口も、実際どんなふうになっているのか自分の目で見てみたいとの事で、我が軍の関係者で再び集まって今度は石原をモデル役にして見せてやった。
すると、気持ちの上ではやはり納得できないものがある様だが、必要な物だという事は十二分に理解した様だ。
片や石原に至っては最初からこの新装備に狂喜乱舞で、此方が見えないならこの消音銃を使えば更に面白いことができそうだと、悪い顔をして語り出す始末だった。
迷彩万歳。