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第四話 1909.7-1909.10 マドンナ

主人公は公用でドイツへ行きます。





1909年初夏、俺はベルリンに来た。


本国から帝国大学で教えられる理学の先生は居ないかと照会があったのだ。


丁度、どうするか検討を始めていた人物が居たのでスカウトに訪れたという訳だ。


その先生は直接関わったわけでは無いが、日本に落とされた核兵器に関わるキーパーソンだ。その先生が史実のレールから外れれば核兵器の実用化が遅れるはずだ。


その人物とはリーゼ・マイトナー。核分裂の発見者だ。

彼女は優れた物理学者であったにもかかわらず、ユダヤ系であること、そして女性であることの二つで随分と冷遇され苦労した人物だ。


しかも、その業績を男性の共同研究者であるオットー・ハーンにかなりネコババされている。


特に、この時期はハーンとの共同研究が始まった時期ではあるが、ここに至るまでも苦労しているし、今現在も日陰者扱いだ。


だから、俺が掻っ攫う事にする。



予め彼女の行動パターンは調べてある。


この時間、大学の一角にある校庭のこのベンチで過ごしている事が多い。

暫し待つと、いつも通り一人でやってくるとベンチに座り本を読み始めた。


前世の時代風に言えば地味子って言葉がぴったり来るような、地味な感じの女性だ。

顔つきは日本人好みしそうな彫の深そうな整った顔をしているな。



「失礼、フロイライン。

 少しよろしいですか」

 

マイトナーは声を掛けられることを想像もしていなかったのか驚いた様子で振り向いた。

「は、はひっ?」


日本語風に書くといかにもこんな感じの慌てっぷりで返事をして、辺りを見回して自分しかいない事に気が付くと目を泳がせる。


「わ、私ですか?」


「ええ、貴女だ。フロイライン。

 リーゼ・マイトナー博士ですね?」

 

「え?

 ええ、マイトナーは私ですが…」

 

恥ずかしそうに目を伏せて地面に視線を這わせる。


「私は日本から来た乃木という留学生です。

 といっても、本国では役人でイギリスに留学しているのですが」


「そ、そうなんですの。

 日本とは、また随分遠いところから来られたのですね。

 そ、それで、日本のお役人が私にどのようなご用でしょうか」


「本国から、理学を教えられる先生を探してほしいと命令が来ました。

 若く才能のある人材を我が国は求めている。

 そう、貴女の様な」

 

「私ですか…」


「我が国の最高学府で教えて頂きたい。

 貴女がウィーンでかのボルツマンに学んだ物理学を我が国の若者達に伝えてほしい。

 

 契約期間は定めないが年俸で400マルク。最低三年は勤めてほしい。

 大学で教鞭を取りながら、最初は研究員として同じボルツマンに学んだ我が国の物理学者である長岡教授の仕事を手伝ってほしい。

 しかし、将来的には自分で研究室を持って貴女の研究テーマを研究をしてもらって構いません」



「私にとっては、過分なほどの待遇です…。正直信じられない気分です。

 しかし、私は最近この大学でパートナーと研究を始めたばかり…。

 彼に不義理になってしまいます」


「ハーン博士でしょう。

 彼は貴女を踏み台にすることに躊躇しない人物に見えるが」


マイトナーは俺の言葉にギョッとした表情を浮かべる。


「我が国に来れば、貴女は貴女の名前で研究者として仕事が出来る。

 隠れるように裏口から地下の実験室に行く必要はない」


「あなたの申し出は大変うれしく思います。

 しかし、すぐに返事は出来ません」

 

「わかりました。

 あなたの返事を待ちましょう」

 


その後、中々マイトナーは返事を寄こさなかった。

明確に断るでもなく、しかし返事もせず。


結局三度目に会った時、ベルリン大学は我が国と同じ待遇であなたを雇うのか、と彼女に問うた。

勿論俺は彼女が殆ど無給に近く、カフェの女給程度の個人的に支払われる給与しか受け取っていないことを知っている。


そう問われると、彼女は俯いたまま返事をしなかった。


「フロイラインマイトナー、貴女は聡明でそして美しい。

 我が国に来れば、きっと研究室の男たちは貴女を崇拝するだろう。

 

 貴女にはそれだけの価値がある」


初心で内気な夢見る乙女。話していてそんな印象を受けた。

だからあえて搦め手で攻めてみたのだ。


恥ずかし気に顔を朱に染め顔を上げる。


「わ、私、自分に自信が持てなくて…。

 そんな事言われたの生まれて初めてです…」


「ならば、踏み出すべきです。

 美しい人、貴女は舞台に上がるべきだ」


マイトナーは顔を真っ赤にして顔を手で覆って恥ずかしがる。

そして、おずおずと返事をした。


「わ、解りました。

 ここまで求められて無下には出来ません。

 あなたの話、お受けします…」

 


そして、彼女の事をプロフィールなどを添えて駐ドイツ大使館の職員に引き継ぐ。

伊藤公と、そして長岡教授への推薦状も併せて添えた。


彼女は約束通り皇国へと渡り、東京帝大で長岡教授の元、物理学の講師となった。

本場仕込みの物理学の知見は多くの人の認めるところとなり、共同研究した土星型原子モデルは長岡モデルとして世界に広まることになる。

そして、現実にその美貌と優れた学識は多くの研究者や学生達を魅了し、理学部のマドンナとして理系女学生へ門戸を開くきっかけにもなった。

日本に渡り数年後、人種や国籍の違いをものともせず、彼女を熱愛し口説き落とした研究室の同僚と結婚。日本に帰化する。


その後、日本で大学教授を務める高名な叔母を頼ってオットー・フリッシュが来日したり、ナチス政権成立後はユダヤ系の学者がナチを逃れ日本に移り住んできたりと思わぬ副産物があるが、それはまた別の話。






これで核兵器の実用化の時期が大きく動きました。

とはいえ、本作ではそこまでは扱いません。

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